第12話

 それから十年の歳月が流れた。道子は六十三歳になっていた。

 息子の正一は、二十八歳となり、この年の春に、同じトミタ自動車の総務課の社員と結婚したのである。半年後には、子供が生まれる予定であった。

 咲子は来月八十八歳の米寿を迎える。元気だった。来月の誕生日には、家族で咲子の米寿を祝って、熊本の黒川温泉に一泊二日の家族旅行を楽しむ計画であった。

 正一と道子は、そのために有給休暇を取っていたのである。正一の妻の順子は、現在、産休に入っていた。正一たち夫婦は現在、トミタ自動車の社宅に入っていた。社宅は宮若市にあって、通勤には近くて便利ではあったが、買い物が、少々不便だった。


 築上町での例年の田植えと秋の収穫期の柳井家の会は、今も続いていた。農業も、ドンドン機械化が進み、農作業は随分と楽になったが、その分、費用がかさむと一郎さんはボヤいていた。

 魚市場の定年は、六十五歳である。道子は定年まで働こうと思っていた。その後は、母の咲子とつつましく、年金生活をしようと考えている。

 思い起こせば、あの事故の日、家族の将来の為と思って罪深いことをしてしまった。でも、今は、これで良かったと思っている。

 山田マツコさんは、あの時、既に死んでいたのは事実だと確信している。しかし、それを自分が、警察が納得する様に証明できたかは疑問であった。


 道子は更地になった築上町の健司の実家の土地に、小さなほこらを建立して、宅地の周囲に桜の苗木を二十本植えたのである。そして、年に二度、柳井家の会に出席する際に、線香を焚き、お花を供えて、お参りすることにしている。土地は、柳井家一族の駐車場に使用して貰う事にしたのだった。

 本家の一郎さんは、何のために道子が祠を立てたかは訊かずに

「みっちゃんの建てた祠は、俺たちの氏神様として、柳井家一族で守り続けて行くから」と竣工式の日に約束してくれたのである。

 将来、この祠のある場所が、桜の名所となり、毎年、春には、花見大会が出来るようになる事を願ったのである。それが、山田マツコさんへの道子の懺悔ざんげであった。

 道子は、夫の健司が生まれ育った、この土地を一郎に託して宗像に帰って行った。




                                   完

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消えた老女 本庄 楠 (ほんじょう くすのき) @39retorochan

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