第11話

 山田夫婦の遺体は、司法解剖の結果、二人とも死後十三時間から八時間と推定されたのであった。検視官の推定どおりだった。警察は、家の中の捜索を始めた。山本刑事はトミ子の自宅を訪ねて、山田夫婦の身内の存在を訊いたのである。そして、息子が東京のタイヤメ-カ-に勤務しているのを訊きだしたのだった。今年の春の異動で、大阪支店から藤和とうわタイヤの東京本店に転勤したとのことだった。彼は、息子に電話して、両親の死亡を連絡したのである。

 息子の山田智弘はびっくりして帰って来たのだった。それは、遺体が発見された翌日の朝だった。彼は直方署に直行したのだった。そして、その日の昼前に、遺書が仏壇の引き出しから発見されたのである。般若心経の教本に挟まれていたのである。筆跡を調べた結果、五郎の字であることが解明されたのだった。宛名はなかった。几帳面な字であった。発見したのは、山本刑事の相棒の中村刑事であった。それによると


【私たちは、母の介護に疲れ切っていました。このままの状態が、これからも続く事に耐えられなくなりました。ふたりで相談して、母に多量の睡眠導入剤をジュースに混入して飲ませ、眠っている母を車で運び、県道に遺棄しました。そのまま放置しておけば、車に跳ねられて死ぬだろうと考えたのです。ボケ老人が車に跳ねられての事故死にしょうとしたのです。家に戻って、時間の経つのを待っていました。いつ、パトカ-のサイレンが鳴るか落ち着きませんでした。でも、五時になり、六時、七時が過ぎて、八時になりましたがサイレンは鳴らず、テレビやラジオのニュースでも、事件や、交通事故の報道はありませんでした。私たちは、もしかしたら、母が目を覚まして、山の中でも徘徊しているのではと心配になりました。それで、遺棄した周辺を捜しました。三時間くらい探しましたが発見できませんでした。私たちは諦めました。しかし、母の捜索願いを出すことは出来ません。私たちは、罪の意識にさいなまれました。それで、自分たちも死んで、母に詫びようと決意しました。母さんごめんなさい。私たちは、地獄で裁きを受けます】

 これが、山田五郎の遺書の全文だった。

 一方、山本刑事は直方署で、東京から駆け付けた息子の智弘ともひろに訊いたのである。五郎がトミ子に言ったというマツコの入院先について

「おばあさんのマツコさんは、どこの病院に入院しているのですか?」智弘は怪訝な顔をして

「えっ、ばあちゃんは、今は、入院なんかしていませんよ」

「でも、家にはいないですよ!」と山本刑事が応えると、智弘は

「じゃあ、また、何処かを徘徊しているのでは!」と心配顔で叫んだのだった。

 その時に、現場で、捜索していた相棒の中村刑事から山本刑事に電話が入った。

 山本刑事は、一旦、席を外して、「ああ、そうか。解った」と応えて、戻ってきた。そして、彼は、父親の五郎の遺書が発見されたことを智弘に告げたのだった。

 遺書の内容も説明したのである。

 それを聞いて、智弘は声を出して泣き出した。

 五郎夫婦は、ふたりとも、マツコの見張り、看護、介護に疲れ果てて、もはや限界だったのである。それで、母に詫びると共に、自分たちも死を選んで楽になりたかったのである。老々介護の悲惨な、そして、だれでもが遭遇するかも知れない現代の悲劇であった。

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