第3話

 道子は駐車場で今後どうするか計画をっていた。彼女は、自分の計画に自分自身がおののいていた。

 道子の計画とは、事故を隠蔽いんぺいすることだったのである。

『わたしは車で、人を跳ねてしまった。被害者は、もう死んでしまっている。私は

救急車も呼ばず、警察にも連絡していない。それは何故か。今、自分が居なくなったら、息子と母親の今後の人生をも奪ってしまう事になる。自分だけなら、どんな辛いことでも、甘受かんじゅするが、息子と母にはそれはさせられない。此処は一番、賭けをしてみよう。もし、この事故が発覚せずに、明るみに出なければ、黙っていよう』と決心したのである。

 実に浅はかで、利己的で、卑怯で、非人道的行為で、恐ろしい決断であった。彼女自身が一番そう思っていた。しかし、その一方で、『老女は本当に死んでいたのだろうか?警察に連絡して、事情聴取されたら、有りの儘を話して、現場検証が行われ、もしかしたら罰金刑と免許停止で済むかも知れない。また、相手の被害者にも過失があったかも知れない。罰金にしても保険会社が払ってくれるかも知れない。現場に留まって、警察に報告することがベストではないのだろうか?』と心中で激しい葛藤かっとうがあった。

 そして、最後の最後に、頬被ほおかぶりする方に、僅かばかりに決断の針が振れたので、事故現場から走り去ってきたのである。


 道子は、直方市にあるホ-ムセンターに向かった。彼女は、直方には結構詳しかった。高校時代、バレーボール部にいて、直方高校には良く試合に来ていたのである。直方高校の女子バレーボール部は、福岡県でも強豪だったのである。道子には、直方高校の友人も何人も居て、良く、直方には遊びに来ていたのだった。その為、コンビニから一番近くて都合の良いホ-ムセンターのコフナを思い出したのだった。

 コフナは遠賀川沿いにあった。

 彼女は、そこで丸型で蓋つきの七十型のペールと、ごみ袋の七十号を購入したのである。ペールはグレイ、ゴミ袋は黒であった。ペールは七十五リットル、ゴミ袋は六十リットルの容量を収納できる分である。これ等を車に積んで、遠賀川の河川敷の駐車場に向かった。

 直方市役所の裏側の土手の下の河川敷の駐車場は無料だった。道子は、この辺りの地理や市の施設等の事情は熟知していたのである。

 彼女の車は車高の高いボックス型なので、ペールは立てたまま置くことが出来た。

 時刻は、午前十時半過ぎだった。此処の駐車場は、イベント等が無い日は、管理人も居ない所だった。管理は直方市が行っていたが、ほぼ無人状態だった。この日は土曜日ではあったが、イベント等は何も開催されていなかったのである。

 河川敷には既に二十台以上の車が駐車していた。直方市に職場があって、しかも車で通勤する者にとっては、大変有難い駐車場であった。ただ、遠賀川が氾濫する時には注意が必要であった。大雨が降って、川が増水して、車が水に浸かる事もあるからだ。

 道子は周囲を見回したが、人影は全く無かった。もっとも、人が居たとしても、他人の車に関心を持つ者はいないだろう。高級車をここに駐車しっぱなしにする者は、まず居なかった。そんな車は有料駐車場に入っている。

 道子は車に乗り込んで、まずは、ごみ袋の口を開いて、後部座席に寝かせていた老女の足から袋の中に入れ込んだ。小柄な女性で、多分、身長も150cm無いであろう。体重も40kg以下であろう。大変軽かった。全身がごみ袋の中にすっぽりと入ったのである。ごみ袋の口をしっかりと結んで、さらに、二重、三重と三枚のゴミ袋で包んだ。

 遺体は、膝を曲げ、腰も曲がっていたので、難なくペールの中に抱えて入れ込むことが出来た。身体が小さいので、ペールの上部とサイドにかなりの隙間が出来た。この隙間に、駅前の食品スーパーから買って来た氷を残ったゴミ袋に入れて隙間を塞いで、ペールの蓋をしっかりと閉めたのである。六月の初旬ではあったが、天気の良い日は車の中なので、温度が上がる為、少しでも腐敗を遅らせる為だった。

 魚の鮮度維持に氷を使用するのと同じ目的であった

 道子が、この一連の作業をしている間には、駐車場には、人も車も全く出入りはなかった。作業が終わった後に、道子は直方駅前の和食店で、昼食をすませて、職場の魚市場に向かったのだった。

 門司港では、日光のあたりにくい場所を探して、車を駐車した。彼女は、この日は、十五時から二十時迄五時間働いたのである。その間、二回の十五分休憩があった。また、二回トイレに行った。。その度に売り場の魚介類に氷をくついでに、バケツに氷を詰めて、車の中のペールに氷を補充したのである。この行動は、誰からもいぶかしいとは思われなかったのである。古くなった氷を捨てに行っていると思われていたのだった。実際にその様な作業もあったからである。

 彼女は、いつも通りに、元気よく声を出しながら、その日は仕事をこなしたのだった。体調を心配して呉れていた高橋主任も

「道子さん、元気になって良かったですね。明日の休みはゆっくりと身体を労わって下さい」と微笑みながら声を掛けて呉れたのだった。道子も笑顔で、

「心配かけて済みませんでした。そうします。有難うございます」と応えたのだった。彼女が、最後の片付けを終わって、市場を出たのは二十一時少し前だった。帰る前に売り場に残っていた氷をバケツ三杯ほど捨てに行き、そのすべての氷をペールの中に入れ込んだのである。

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