第2話

 魚市場は門司港にあった。宗像の自宅からは車で二時間程かかった。でも、永年通った道であり、慣れていたし、朝早いので道路は混んでいなかった。

 この日も、いつもと変わらなかった。

 外はまだ、真っ暗であった。ライトを点けて、CDで音楽を聴きながら走っていた。曲は、大好きな桑田佳祐のサザンオールスタ-ズだった。車は両サイドが木立が鬱蒼うっそうそびえた山道に入って行った。すると、突然、ゴツンと何かが車に当たったのである。

 道子は車を止めて、車の周囲を見て回った。でも、何も見えなかった。気になって車の前方迄歩いて行ってみた。すると、車のフロントから二メ-トル半くらいの所に、何かがうずくまっているのが見えたのだった。

 彼女は恐る恐る近付いて、しゃがんで覗き込んだ。そして、それを見て驚愕したのである。そこには、人が仰向けになって転んでいたのである。よくよく目を凝らして見ると、女の人の様であった。それも、かなり小柄で年寄の様だった。

 辺りは、道路の両側は、檜や杉の木が高く聳え、鬱蒼としていて暗かった。時刻は五時頃で、この時間に、この場所を通る車や人は誰もいない。永年、この道を通勤していた道子の過去の経験からしても、この場所で、この時間に人や車に出くわした記憶は一度もなかった。

 彼女は焦った。すぐに救急車を呼んで、警察にも連絡しなければと、携帯電話を取り出した。しかし、その前に老女の容態を確認しなければと気が付いて、

「もし、もし、大丈夫ですか?」と身体をゆすって、耳元で呼びかけたのである。しかし、何の反応も無かった。頸動脈に指を当ててみたが拍動は触れなかった。

 即死だったのだろうか?目は閉じられていた。体温は冷たかった。

 道子には医学的な知識はなかったが、彼女は咄嗟とっさに『死んでいる!』と思ったのであった。そして、愕然がくぜんと膝をつき、携帯電話の番号を押す事を断念したのだった。

 道子は老女を抱き起して、車の後部座席に寝かしたのである。兎に角、車のエンジンを掛けて走ることにした。十五、六分走って、今迄走って来た県道の脇道から国道に入る手前のコンビニの駐車場に車を入れた。いつも、ここで、缶コーヒ-を買って、音楽を聴き、コ-ヒ-を飲みながら国道に入り、その後、高速に乗って門司港に向かっていたのだった。

 この日は土曜日だった。道子は市場の主任に電話を入れて、体調不良で、午後から出勤する旨の連絡をして、午前中は休ませてもらう事にしたのである。この日の彼女の勤務時間は八時から十六時までであった。通常は門司港レトロで一休みしていた。そして、二十四時間営業のファミレスで、七時ちょい過ぎ頃に、モーニングサービスセットを食べてから、市場の仕事にいていたのだった。いつも早めに家を出ているのは、現場に着いてから、余裕を持って、朝食を摂り、一休みしてから、着替えて仕事に就くためであった。永年そうして来たのである。それは、彼女の几帳面な性格の一面でもあった。そのような誠実な彼女の行動の為、職場での信頼も厚かったのである。

 市場の営業時間は、九時から二十時である。そして、彼女の休みは日曜日だった。

 市場の高橋主任は

「道子さん、大丈夫ですか?なんだったら今日一日休んでも、こちらは大丈夫ですよ」と心配そうに応えたのである。

「いえ。大丈夫です。午後から行って、今日は最後まで頑張ります」と、元気そうに無理して、応えたのである。

「そうですか。じゃあ、無理をしないでね!ダメそうだったら連絡してください」と高橋主任は、どこまでも優しかったのである。

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