消えた老女

本庄 楠 (ほんじょう くすのき)

第1話

 柳井道子やないみちこは、今日もいつも通りに自宅を四時半に出た。

 彼女は魚市場に勤めていた。今年五十二歳である。彼女は、魚市場を一度退職して結婚した。そして、宗像市で鮮魚店を夫と営んでいたのだった。

 夫の健司も魚市場で働いていた。そこで、知り合って二人は結婚したのである。

 夫の健司は、自分の店を持つのが夢だった。その為に魚市場に就職したのだった。 道子と健司は二人で、コツコツと開店資金を貯めていたのである。そして、結婚してから、ふたりの貯金を出し合って、鮮魚店を開店したのである。

 場所は、宗像市の赤間駅前の市場の一角であった。二人は、朝から晩まで良く働いた。店は活気があり、夫婦の愛想も良く、健司が目利きだったので、魚も新鮮だった。しかも、お客さんの要望を極力聞いて、対応してあげたので、店は繁盛していた。

 結婚二年目には、長男も誕生した。親子三人で、まさに順風満帆じゅんぷうまんぱんの船出であったのである。

 長男の昭一しょういちが三歳になった時であった。七五三のお祝いに、香椎宮に親子三人でお参りに行って、帰宅した直後に、健司が自宅で倒れたのである。急遽、救急車で宗像医師会病院に搬送された。診断は、急性心筋梗塞だった。緊急オペで対応したのだったが、不幸にして、搬送してから四時間後に死亡したのである。

 実に呆気あっけなかった。享年三十七歳であった。

 夫の健司が亡くなった後、道子は実家の母の咲子を呼んで店を手伝って貰っていたのだが、道子一人で、仕入れ、販売、経理等をこなすのは無理であった。その結果、店は止む無く閉店したのである。後を引き受けてくれる魚屋も見つけ出せなかったのである。

 そして、再び以前の魚市場に就職したのだった。道子の父親は、鐘崎かねざきの漁師だった。道子が中学二年生の時に、漁に出ていて、嵐に巻き込まれて、海で遭難して亡くなったのである。以来、道子は母の手一つで育てられ、地元の宗像むなかた高校を卒業して、魚市場に就職したのである。

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