第41話 第四幕 魔宴 ③

〈クロイア視点〉

 

(先手必勝、畳み掛けるっスよお!)


 滑るように地面を駆ける少女が手で印を組むと、足元から伸びる影に身体が包まれ、弾けた。


 影は空中で四体の人型を形どり、地面に着地するなり、疾走を継続。


 勢いそのままに疾駆する影人間は東方流の魔法、〈影分身〉の術で生み出された幻惑魔法であり、本体はそのうちの一つに紛れている。そしてライヅ流における隠密術、『林』の型を修めた少女を外見から、真贋を看破するのは不可能だった。


(チェストおおおおっ!)


「……ウッ……ギ、ギアアアアッ!」


 短刀を構え無音で迫る四体の影人間に対して、闇を纏う騎士は大地に手を当てて、咆哮。


 瞬時に足元から無数の尖岩が隆起して、

 次々と高速で連続射出。


 基礎的な土塊魔法の〈尖岩矢ストーンアロー〉であるが、

 生成速度と密度が尋常ではない。


 一面を埋め尽くすほどの岩槍が、四体の影人間に叩きつけられ――


「ちぇすとおおおおっ!」


 ――る寸前で、岩礫の嵐の正面に飛び出たのは、若草色のクセ毛を揺らす男装少女だ。


 ライヅ流における『山』型を修めた鬼人が、空中で円を描くように、突出していた岩を幾つか弾き飛ばすと、方向を逸らされた岩が他の岩に当たり、その岩がさらに他の岩に当たってと、過密した岩弾のなかで、反応が連鎖していく。


 すると数箇所ほど、

 弾幕に空白地帯が生まれた。


 すかさず影人間が飛び込んで、

 岩石の嵐を潜り抜ける。


「グウウウウがアアアアアああッ!」


 岩弾幕を抜けたクロイアを待ち受けたのは、

 魔法で巨大な岩棍棒を生成した黒騎士だ。


 躊躇うことなく距離を詰めてくる影人間に、

 黒騎士は頭上に掲げた鈍器を振り下ろす。


 二メートルを超える巨躯から繰り出される一撃が影人間のうち一体を捉え、爆散させて勢いそのままに地面を陥没させるが、残る三体が肉薄して、闇色の鎧に無数の斬撃を加えた。


(くっ……かったあ……っ! わかっちゃいたっスけど、見た目通りにゴリゴリの超重量高密度タイプっスね! 最近ヒキが悪過ぎっス!)


 初手にて相性の悪さを悟るや否や、三体の影人形が高速で手印を組み替えていく。


 束縛魔法〈影縛り〉の術。


 叩き潰された影人形の欠片がドロドロと溶けて岩棍棒にまとわりつき、大地と繋がって、その場に縛り付ける。


 一瞬の硬直。


 若草色の風が追いついた。


「ん、よいしょーおっ!」


 間の抜けた声とともに、流拳士の掌底が、

 黒騎士の胴体に叩き込まれる。


 バギギギギイッ……!


 尋常ではない炸裂音がして、

 三百キロはあろう全身鎧が宙を舞った。


「く、た、ばるっスよおッ!」


 すかさず影人間の擬態を解いたクロイアが手印を組み、残る二体の影人間を触媒として、多重の〈影縛り〉を発動。


 融解した影が無数の蛇と化して空中の黒騎士に殺到し、噛みつき巻きつき締め付けることで、身動きを封じる。


 受け身も取れず地面に墜落した巨体に、

 追撃の少女が飛びかかった。


「とうっ……うりゃりゃりゃりゃりゃーあ!」


 ズドドドドドッ……!


 緊迫感を欠いた声音とは裏腹に、繰り出される拳は一撃一撃が岩盤を貫き、大楯を砕き、鉄板を穿つほどの破壊力を秘めている。


 爆裂魔法じみた拳の絨毯爆撃を受ければ、

 危険度Sランクの魔獣でさえ無事では済まない。


 事実、度重なる殴打によって黒騎士の魔鋼鎧とて悲鳴をあげるが、歴戦の闘士である少女は、その場から大きく飛び退いた。


「……ッ、うわっと危ないっ!」


 ドオオオオンッと、凄まじい衝撃波が、黒騎士を中心として発生する。


 背にした大地を陥没させる全方位爆撃。

 

 宙に飛んだハルジオが巻き込まれ、

 吹き飛ばされてしまう。


「あ、あわわわっ!」


『シャアアアッ!』


 そのまま空高くに打ち上げらるかと思われた大鬼人を、地表から跳ね上がってきた黒大蛇が咥えて、下方向へと引き寄せた。


 ハルジオを大地に帰還させた巨大な黒蛇はとぐろを巻いており、中心では、爆風から身を守ったクロイアが呆れた表情を浮かべている。


「だあーかあーらあー、ハルはいつも、ちゃんと後のことを考えて行動しろって叱られるんっスよ。力を逃す場のない空中に逃げるとか、死にたいんスか? あ? お館サマに言い付けるっスよ?」


「う、うう、ごめんなさい、クロちゃあ〜んっ!」


「まあそのおかげでひとつ、敵の手札を見られたのはお手柄っスけどね。プラマイゼロっス」


「ん、んんん、ふえ? じゃ、じゃあなんでボク、怒られたの?」


「ハルだから?」


「クロちゃんひどいっ!」


「でもまあ今の張り手で、あちらさんもバッチリ目が覚めちゃったみたいっスから、やっぱりマイナス査定っスね」


 黒大蛇による防護壁を解いたクロイアと、押し問答を交えつつも腰を降ろして構えるハルジオの見つめる先には、放射状にひび割れた大地の中心にて、ゆっくりと身を起こす巨躯の姿があった。


 しかし先ほどまでの、ただ外部刺激に対する反射とは異なり、その動きには、視線には、微かな意思を感じ取れた。


「コ、コこハ……我ハ……何故……」


 ギリ、ギッ、ギリ、と。


 錆びた歯車を回すように。


 黒騎士はぎこちない動作で身体を動かし、己が存在を確かめて、最後に手のひらを、自分の胸元に当てて、呟いた。


「こレハ……違ウ……コれハ……我の、認めタ……器でハ……ナイ」


 金属が軋むような声音には、

 哀切が含まれていた。

 

 誰かを想い、喪失を惜しむ、

 魔人の悲嘆であった。

 

「ソうカ……我の、勇者ハ……喪ワれテ、シまっタ、のだナ……」


「そうっスよ、魔人の抜け殻サン。今のアンタは、かつての残骸。魔石に宿っていた残滓が魔生樹の異常活性によって、一時的に復元されただけっス」


「……デ、あれバ」


 ギ、ギギと、錆びついた音を響かせて。

 

 仮初の魂を宿した黒騎士は、

 魂の赴くままに問いかける。


「強キ……人の子、ヨ。汝は……我に、福音ヲ、齎す者カ……?」


「当おー然っスよ、魔人サン! その首級、ライヅ一門の蛇影士、クロイアちゃんが貰い受けるっス! いくよ、クーちゃん!」


『シャアアアッ!』


 数ある〈妖精魔眼グラムサイト〉において、精霊との親和性に長けた『霊眼』を有する少女が、影の精霊である大影蛇クチナワを伴って、黒騎士の元へ疾駆する。


「あ、ま、待ってよクロちゃん! らら、ライヅ一門が流拳士、ハルジオ・ライヅ、参りますっ! いくよお、金角! 銀角!」


『……ギシシッ! 宴ジャ宴ジャ、喰ラウゾ、妹ヨ!』


『応トモ、姉者! 戦場コソ、我ラ姉妹ノ、花舞台!』


 一拍遅れて、左右の腕を覆う魔籠手、吸魔金角と放魔銀角に宿る魂を〈解放魂魄オーバーギア〉した鬼人が、少女と一匹の後に続いて飛び出した。


 種族魔法に反応してビキビキと変形した漆黒の魔籠手からは、鬼の形相が露出。


 かつて名を馳せた双子の魔人が、

 戦場の高揚に歓喜する。


「覚者ガ、二人……相手ニとっテ、不足、ナシッ! 〈銀〉の眷属、メダリオンが……汝らニ、試練ヲ、与えル! 我ニッ……魂の、輝きヲ示セッ!」


 迫る両名と一匹を迎えるように、名乗りをあげた黒騎士が、再び生成した岩棍棒を両手に構え、暴風の如く乱舞させた。


「「 うおおおおおおおおおッ! 」」


「ガアアアアアアアッ――!」

 

 天を覆う巨大樹のもと。

 狂月の瞳に照覧されて。


 黄昏より蘇った仮初の魔人と、雷家紋を背負う少女たちが、激突する。



【作者の呟き】


 たぶん誰も気にしていない設定シリーズ。


 故メダリオンさんは、水晶や鉱物系の肉体を有する魔人を率いた〈銀〉の魔王の眷属です。

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