第42話 第四幕 魔宴 ④

〈ミルクト視点〉

 

「オラオラあ、かかってこいや魔獣ども! アルくんには指一本、触れさせねえぞ!」


「ちょ、トール! こんな時に惚気はやめるのにゃ! 隊長がそんな有様だと、団員たちの士気が――」


「弟よ、しかと見よ! これが戦う姉の勇姿だ!」「アンタのために死ねるなら、アタイは本望だよ!」「愛してるぜ、ダーリン!」「エルクリフくんに近寄るな、穢らわしい魔獣ども!」「美少年を守るために、ウチは騎士になったんだああああっ!」「うおおおお! 男子の視線を背中に感じりゅうううう!」


「――ウチの団員、馬鹿ばっかにゃ!」


 そのように砕けた遣り取りができる程には。


 巨大魔生樹の根本から、

 やや距離を開けた後方。


 闇に閉ざされた世界にありながら、

 地表を覆う楕円形に切り取られた光の中で。


 四方から迫り来る魔獣たちを獣人騎士たちが意気軒昂に、あるものは手に馴染んだ愛用の武器で、あるものは敵から鹵獲した武器で、あるものは裂帛の気合いと徒手空拳で、それぞれ撃破し続けていた。


「それにしても、さすが美少年! 凄まじい結界だな!」


「そこはお世辞でも、神樹教徒って言うべきにゃ!」


 騎士たちの頭上を覆う、光の天幕。

 結界の影響もあるのだろう。


 躁状態になっている仲間にツッコみ続けるネルコだけは、やや疲労の色が伺えるものの、それでも騎士たちの指揮は異様に高い。それがこの結界の効果であることを、すぐ近くの戦場で手斧を振るっていた騎士見習いの少女もまた、強く実感していた。


「んもおおおおおおおおっ!」


 ここ数日間に渡って闇ギルドに監禁されていたために、万全の体調とは言い難いが、それでも人間種族においてもっとも頑健な肉体を創造主から授かったとされる、獣人ライカンである。


 戦う力が残されている以上、

 泣き言など言ってられない。


「しつ、こい、ですのおおおおおおっ!」


『ギャウッ!?』


 奴隷用の貫頭衣のまま手斧を振るうミルクトはまた一体、黒き魔獣の頭蓋を叩き割った。


「はあ、はあ、はあ、はあ……」


 見習い騎士の少女は額の汗を拭い、

 闇を祓う光の紗幕を見上げて、

 目を細める。


(それにしても本当に、凄まじい結界ですの。これが辺境領地オリガミエで鍛えられた、神官の力……)


 実姉たちも評価しているように、この場に残った唯一の辺境領地一派、神樹教の神官服を見にまとう絶世の美少年が行使する結界魔法は、彼女たちがそれまで見てきたものが児戯だと思えるほどに、桁外れの範囲と効果を有していた。


 そもそも本来、一人ではなく複数人での多重詠唱による発動が一般的とされる結界魔法は、障壁魔法と異なり、結界の表面で外部からの衝撃を防ぐ効果に加えて、内部に侵入した敵への魔力減衰デバフ効果と、内部で活動する味方への魔力支援バフ効果を併せ持っている。


 此度においてそれらは、黒魔獣の弱体化と、騎士たちの疲労回復という形で現れていた。


(さすがあの、常識が壊れた一味の回復担当ヒーラーですわ。手にしている魔杖だって、本来のものではないはずなのに……)


 ミルクトが視線を向けた、背後。

 騎士団が奮闘する戦線の、中心には。


 怯えて身を寄せ合う平民や、負傷して一時撤退した騎士たちを、庇うように、守るように、慈しむようにして、神々しく頭上に魔杖を掲げた、黄金稲穂のツインテールを靡かせる白皙はくせきの少年の姿があった。


 彼が手にする魔杖もまた、本来の神樹教由来のものではなく、現地で森精人ドルイドの遺体から鹵獲したもの。


 手に馴染まない魔道具を用いて、それでもこれほどの強度と精度で大規模魔法を発動させているのは、彼が右目に擁する魔力操作に長けた〈妖精魔眼〉――『浄眼』もさることながら、やはり当人自身の、生まれ持った尋常ならざる才覚が大きいのだろう。


 だがきっと、それだけではない。

 それだけではあのいただきには届かない。


 自分などでは想像もできない、後天的な努力と、工夫と、研鑽が、積み上げられているはずだ。


(……すごい、ですの)

 

 すでに凡弱であることを自覚してしまった少女に、その輝きは、あまりに眩しすぎた。


(どうして……ミルは、こんなに弱いんですの?)


 そしてこんな状況下でも、そのような卑屈な感情を抱いてしまう己の弱さに、つい目元が潤んでしまう。


(あの人たちとミルとで、いったい何が違うんですの?)


 才能。努力。鍛錬。性根。


 自分に欠けている様々な要素が思い浮かんで、そのどれもが正しいとは思いつつ、しかし根本的なズレを感じる。


 違う。そうじゃない。

 逃げるな。目を背けるな。


 自分はすでに、その答えを目の当たりにしているはずだ。


 考えるな。感じろ。

 自分の直感を信じるのだ。


(ミルと、あの人たちとの違い……)


 彼らと接して、異質に感じたもの。

 もっとも魅力的に思えたもの。

 それは……


(……覚悟)


 たとえどんな状況であろうとも、決して折れず、曲がらず、曇らない、狂気にも似た鋼刃の精神。


 それが彼らの根幹であるように思えた。


 であるならば、


(ミルも……それを手に入れられれば、立派な騎士に、なれますの?)


 トクンっと、戦いの動悸ではない鼓動が。

 

 少女の大きな胸の中で、

 確かに刻まれた。


        ⚫︎


〈クロイア視点〉

 

「いい加減に、く、た、ば、れえええええっス!」


 反転しながら宙を舞うクロイアが、回転の最中に手印を組み、着地と同時に東方魔法である忍法を発動。


 不自然に広がった足元の影から、無数の影槍が飛び出して、岩棍棒を振りかぶった黒騎士へと襲い掛かる。


「ガアアアアアッ!」


 ズガガガガッ、と影槍の大半が目的へと到達するものの、突進を阻むには至らない。


 全身に被弾しつつも、構わず駆け寄ってきた黒騎士が岩棍棒を振るうと、〈尖岩矢ストーンアロー〉によって生成された岩礫が無数の飛来。


 岩の弾丸が黒精人を容赦なく撃ち抜くが、ドロリと溶けたそれは、影槍を目眩しとして入れ替わった影人間であった。


 忍法〈身代わり〉の術によって生じた影人間が溶けると同時に、死角から飛び出したクロイアは背に、牙を剥く大黒蛇を従えている。


『シャアアアアッ!』


「今っスよクーちゃん、足止めヨロ!」


「オオオオオオオオッ!」


 背後から急襲したクロイアを、巨躯からは想像もできない超反応にて振るわれた、黒騎士の一撃が襲った。


 暴風を引き裂いて迫る豪腕の打撃。だが少女は、振るわれた岩棍棒を足場とすることで、重力を感じさせない軽技を以て、悠々とそれを飛び越えた。


『シッ!』


 契約したあるじが上への注視を惹いた隙に、使役される影精霊の大蛇が、下から這い寄って黒騎士の足元から胴体へと絡みつく。


 下半身から胴体の身動きを封じられた黒騎士が、黒大蛇に対処するよりも早くに、左右の腕に金色と銀色の練精魔力ソールを纏わせた男装少女が駆け寄ってきた。


「ちぇすとおおおおお!」


 勢いを乗せたハルジオの一撃が、

 迎え討とうとした黒騎士の片腕を、

 岩棍棒ごと爆砕。


『ヤレ殺レヤレエ!』


『ブッ壊セエッ!』


 両手に装備する鬼籠手からの声援に応えるように、続いて繰り出された二撃めが、防御しようとした反対側の腕を粉砕した。


「グオオオオオオオオ――ッ!」


「チャーンス! ハル、今度こそ決めるっスよ!」


「うりゃりゃりゃりゃりゃりゃあーっ!」


 両腕が喪失したのを確認して、黒大蛇が拘束を解き、無腕の黒騎士が解放される。


 即座に組み打ちに入ったハルジオは抵抗できない黒騎士を打ち、蹴り、払い、投げ、踏みつけ、叩きのめすが、怒涛の連撃による亀裂が重装鎧に広がりきる前に……ヴ、ヴヴヴッと、全身が、高速振動を刻み始めた。


 悲鳴のようにも、歓喜のようにも聞こえる不気味な鳴動は、見る間に増幅されていく。


「……ッ! ごめんクロちゃん、またダメだった!」


「もおおおおお! ハルの役立たず! ノロマ! デカパイ!」


「さ、最後のは関係なくないっ!?」


『シャーッ!』


 何故か黒大蛇にも威嚇されつつ、

 ハルジオはその場から大きく後退。


 その横に、闇精霊の背に乗ったクロイアが並走した。


「……ガッ……ガガッ……ガアアアアアアアア――ッ!」


「く、くるよ、クロちゃん!」


「急げ急げ、クーちゃんファイトっ!」


『シャアアアアアッ!』


 じきに黒騎士が放つ鳴動が最高潮に達し、その身体から、莫大な衝撃波が解き放たれた。


 全方位に放出されるそれは見境なく大地を、空を、周囲にいた黒魔獣を呑み込み、削り、刻んで、その全てをズタズタに蹂躙。粉砕。


 間一髪、射程圏内から逃れることができた二人と一匹は、肩で大きく息をする。


「あっ……ぶなー。いやあ今のはマジで危なかったっス。なんかアイツ、徐々に放出のタイミングが短くなってきてないっスか?」


「う、うん、たぶん……だけど、魂力が? 段々と、激しく活性化しているような?」


 生物とは基本的に『肉体』と『魔力』と『魂魄』の三要素で構成されており、魂力との親和性が高い鬼人オーガンであるハルジオには、黒騎士のなかで燃え盛る魂の圧力を、感じ取ることができていたようだ。


「えー、つまりアレっスか、消える前の蝋燭的な?」


「そ、そうそう、そんな感じ!」


「あークソ、マジっスか。ただでさえクソ面倒なのに、時間制限付きとかホンットヤになるっスねえ!」


『シャーッ!』


 ここまでの交戦で、

 黒騎士の戦術と能力は把握している。


 基本的にあの魔人モドキは自らの高い防御力と再生能力を盾に距離を詰め、土塊魔法で逃げ場を潰して、岩棍棒でのトドメを狙ってくる。


 自分とハルジオの技量であれば、そうした黒騎士の攻撃を掻い潜って、先ほどのように攻撃を重ねていくことは、そう難しい話ではない。


 問題なのは、見境ない全方位攻撃。


 黒騎士は自らのうちに『受けた衝撃』を蓄積しているようであり、それが一定量まで溜まると、自らの魔力を上乗せして解放してくるのだ。


「ううう……あ、あれが、もっと純度の高い魔法なら、ボクの金角で食べちゃえるのに……」


 本来であればああした範囲攻撃を用いる相手は、右手で魔力を吸収し、左手で放出することのできる魔道具を有した、ハルジオの担当である。


 しかし黒騎士の放つ衝撃波は起点こそ魔力を用いるものの、衝撃波そのものは物理なので、魔力干渉の薄いあの攻撃においては十分に役割を果たすことができないでいた。


『フンッ、アンナ薄ッペライ飯ナンテ、マッピラ御免ダヨ!』


『ソノ通リ! 姉様ニ、貧相ナ食事ハ相応シクアリマセン!』


「なあーに魔道具風情が、一丁前にグルメ気取ってるんっスか。その点うちのクーちゃんは悪食だから、選り好みなんてしないっスもんねー? どんなゲテモノでも指示通り、呑み込んでくれますもんねー? ちったあ見習ってほしいっス」


『シャ、シャアアア……』


 若干不満げな大黒蛇の頭を、

 グリグリと撫で回しつつも。


 実のところ、ハルジオの魔道具が機能してくれないのは、クロイアにとっての痛手であった。


 何せハルジオは攻撃もできるとはいえ、その身に修めたライヅ流『山』式は、防御を主体に置いたもの。クロイアの『林』式も隠密性を重視したものなので、攻撃に比重を置いた『火』式などに比べると、絶対的に最大火力が足りない。


 それでも時間をかければ、搦手で、幾つかの攻略法を思いつくのだが、仮初の黄泉返りで命を削っている黒騎士にそれを行うのは、ライヅ流の教えに反するものだ。


 強敵には、相応しい倒し方というものがある。

 

 それが強者に対する礼儀であるが故。


 それに、


「……あー。こっちのほうも、時間切れみたいっスね〜」


 ズウン……ズッ……ズズズッ……


 クロイアが見つめる視線の先では、巨大樹が地響きを立てて、全身を揺らしながら『縮小』していた。


 幹が圧縮し、枝葉が先端から枯れ落ちて、中途半端に生成された魔獣が揺籠ごと地に堕ちて、無惨な黒華を咲かせている。


 母樹の異変に呼応して子獣たちも猛り狂い、闇に覆われた森の広場を、狂乱と混乱が埋め尽くす。


「な、何事だ!?」「ああもう嫌だあ! この世の終わりだあ!」「今度は何だ! なんなんだよお!?」「……許してください……神樹さま……っ」


 天変地異じみたその光景に、ただでさえ黒魔獣に襲われ疲弊していた闇ギルドの構成員らは、絶望の表情を浮かべて滂沱していた。


「っ、隊員、退け退けえ!」「エルクリフくんの元に集まるのにゃ!」「防御陣形、整列っ!」「絶対に、これより後ろに行かせるなよ!」「死守だ死守! 女を魅せろおおおおっ!」「っ、や、やってやる! こうなったらもうヤケですわあああああっ!」


 一方でエルクリフによる結界の加護下にいた獣人騎士たちは、まだ冷静に、防御陣形を敷いているようだ。


 これならば放っておいても、

 問題はあるまい。


 クロイアは視線を巨大魔生樹に戻す。


(信じていますよ、お館サマ)

 

 自然と、掌を組み合わせて。


 思い描く男の背中に、

 祈りを捧げる。


(――その哀れな魔人の魂を、どうか、導いてやってくださいっ!)




【作者の呟き】


 おや……

 ロリ巨乳の様子が……?

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