第37話 第三幕 悪食姉妹 ⑥

〈クロイア視点〉


 流石にそこいらで拾った小枝では、ライヤの超絶技量を以てしても、まとめて一刀両断とまではいかなかったようだ。


 それでも王都を騒がせた悪食姉妹の一人である『骨喰み』を両断し、もう一人の『皮剥ぎ』を瀕死にまで追いやった和装の大男が、手にした炭の欠片を捨てて、威風堂々と告げる。


「まだ、続けるかね?」


 瞬間、固唾を飲んでいた騎士たちが沸いた。


「……う、うおおお! すっげえええええっ!」


「にゃー! マジにゃ!? マジにゃのにゃ!?」


「一撃!」「たった一撃で、あの二人を倒したぞ!」「さすが蛮ぞ――領主様の食客だ!」「人間技じゃねえ!」「濡れた!」「いやあんなの、誰でも惚れちゃうでしょうが!?」


 獣人騎士たちが勝鬨をあげる一方で、

 闇ギルドの構成員らは動揺を隠せない。


「はっ!?」「え、嘘だろ、そんな……」「あのゴルディさんが、やられるなんて……っ」「ベロアさんもヤバいぞ、アレ!」「おいおい、どういうことだよこりゃ!?」「話が違うじゃねえか!」「あ、こいつら……くそっ、離しやがれっ!」


 精神の乱れによって、

 減衰魔法の影響が緩んだのか。


 僅かながら力を取り戻した騎士たちは、

 奪われた武器の奪還を試みる。


 身の危険を感じ取った悪党どもは早々に抵抗を諦め、大人しく強奪した武器を投げ捨てたあとは、遠巻きに騎士団を取り囲むに留まっていた。


 たった一振り。


 ライヤの放った一太刀によって、

 場の流れが転じている。


(うっはあ……お館サマ、サイコーかよ……)


 外様そとさまの者でさえ、そうした有様なのだ。


 身内であるクロイアは当然ながら、

 内股で下着を湿らせていた。


(もうムリっ。ムリムリムリっ、濡れるっ! 抱きてえっ! しゅき……っ!)


 蕩けた瞳には、

 ハートマークが浮かんでいた。

 

「うっ……あっ、やめっ、ちか、ちかづくなあ……っ!」


 そうしたクロイアの煩悩に、

 負け犬の遠吠えが水を差す。


(うっわあ……しぶとお。虫ケラ並みの生命力っスねえ……)


 流石は英雄の鎧と言うべきか。


 身体を半ば以上も両断されているのに、装甲はジュウジュウと蒸気を放ちながら自己修復して、鎧に覆われた内側の肉体も再生しているようだ。


 とはいえ、まともに動くことなどできるはずもなく、惨めに地面を這って後退する『皮剥ぎ』に、腕を組んだライヤが悠々と詰め寄る。


「待て、逃げるな。負けを認めるなら約定を果たせ」


「ふ、ふざけるな、バケモノ! 姉さんから離れろ!」


 瀕死の姉に代わって吠えたのは、両断された姉妹から物理的に距離をとっていたため難を逃れた、悪食姉妹の次女である。


 三角帽子を被った魔女は先ほどまでの余裕を捨て去って、必死の剣幕で唾を飛ばす。


「これを見なさい! 人質が、どうなってもいいんですかっ!?」


 深緑の外套から飛び出た森精人ドルイドの片腕は、抵抗を封じられた白精人エルフの首元に回されており、反対側の手で、魔杖の先端を突きつけていた。


「……やめておけ」


 ライヤは落ちていた木刀を拾い上げ、二十メートル以上も離れた『肉削ぎ』たちに、切先を向ける。


「この間合いであれば、それより早くに拙者の刃が届く」


「……っ!」


 常識で考えれば、

 一笑に伏してしまう発言だ。


 けれど先の一撃を目の当たりにした後では、

 言葉の重みがまるで違う。


 荷馬車の側に控える魔女と悪党らが、

 ゴクリと生唾を飲み込んだ。


「だ、だったら……これを、見ろお!」


 すると『肉削ぎ』はクルリと杖先を旋回させて、近くにいた牛人の胸元に引っ掛け、ビリビリと服を引き裂いた。


 慌てて周囲の闇ギルド構成員たちも同じ行動をとると、晒された人質の胸元には、種族や性別を問わず、拳ほどの呪印が刻まれている。


「おら、隠すな!」「ちゃんと立て!」「ひい! こっち見た!」


「だから狼狽えるなよ、腰抜けども! この呪印がある限り、アイツらはぼくたちに手出しなんてできないんだから!」


「……っ!」


 魔女の叱責を肯定するかのように。


 ライヤの足が、止まった。


(……あ。これマズいヤツっス!)


 すかさずクロイアの足元から、

 影の一部が飛び出す。


 地表で蠢くそれは蛇の形となって地を滑り、注意を欠いていた悪女の影へと、潜り込んでいった。


「……っ! よ、よしよし、でかしたよロロお! さすがアタイの、自慢の妹だあ!」


 直後に、状況の機微を嗅ぎ取ったのか。


 叫べる程度には回復した『皮剥ぎ』が、地べたに腰を置いたまま、好機を逃すまいと息を巻く。

 

「おいテメエらあ! ご存知の通り、うちのロロの腕前は一級品さあ! なんの訓練も受けていない男や子どもがあ、耐えられるシロモノだとは思わないこったねえ!」


 苦し紛れに放たれる悪女の恫喝でるが、

 皮肉にもその内容は、正鵠を射ている。

 

 なにせ呪印とは、術者が対象に施す目印マーキングだ。


 ゆえにそれが存在する限り、被術者は術者の影響から、完全に逃れることができない。


 この場合においては、仮にライヤが瞬きのうちに魔女を含んだ悪党どもの首を刎ねたとしても、死に際して撒き散らされた森精人の害意ある魔力が、人質に刻まれた呪印にどんな影響を与えるのかわからないのだ。


 少なくとも人質の安全を案じるなら、

 呪印の解呪は必須。


 とはいえ、一度刻印された呪印を解呪するには、それがどのような魔法による呪印なのかという解析と、それを解呪できるだけの力量を持つ術者の確保が必要となる。


 格上には干渉系の魔法が通用しない……おそらく人質のなかでエルクリフだけ胸元を剥かれていないのは、彼の魔力が魔女のそれを上回っているためだ……ように、格下では上位者の魔法に抗えないし、そもそも数ある魔法から呪印だけで正体を看破するには、膨大な知識が必要となってくる。


 それらが用意ができないのならば、もっとも確実な方法は、術者本人に呪印を解呪させること。


 それが敵に残された最後の生命線であり、

 こちらにとってのアキレス腱であった。

 

「お、おい、ふざけるな!」


「そうにゃ! 約束が違うのにゃ!」


 激昂する牛人騎士隊長猫人騎士副隊長に、武器を取り戻して後方から合流してきた他の獣人騎士らも追随する。


「卑怯だぞ!」「恥を知れ!」「貴様らに誇りはないのか!?」「今すぐ弟を――人質を、解放しろ!」「エルクリフくんを離せ!」


 憤懣を露わに怒鳴り散らす騎士たちを、遠巻きに牽制する闇ギルド構成員もまた、必死の形相で唾を飛ばした。


「う、うるせえよ馬鹿野郎!」「あんな口約束なんざ、守るわけねーだろ!」「それよりも動くな!」「あいつらの命が欲しけりゃ、妙なマネすんじゃねーぞ!」「大人しくしやがれ!」


 怒声を張って罵り合う両陣営であるが、ともに、先ほどまでのような一方的な余裕はない。


 薄氷のように危うい均衡を理解して、何とか主導権を手繰り寄せようと必死である。


(うっわあ……カンベンしてくださいよ、マジで)


 そのように、混沌と化した戦場において。


 クロイアだけはただ一人、人質の安否とは異なる事柄で、思考を埋め尽くされていた。


(あの馬鹿女どもピンポイントで、こっちの急所を刺してきやがった!)

 

 少女の紅瞳は先ほどから、

 沈黙する大男の背中に注がれている。


(マズいマズいマズい、この展開はめちゃくちゃマズいっス!)


【作者の呟き】


 只人種、〈祝福ギフト保持者ホルダー、『皮剥ぎ』ベロア。


 変身をしない本体は中肉中背の紫髪で、さして美しくはない己の容姿に劣等感コンプレックスを持っている。そのため他者の美醜に執着する傾向あり。


 悪食姉妹の次女曰く、機嫌が良いときは頼れる姉御肌だが、悪いときは簡単に仲間の命を捨てる外道、とのこと。

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