第12話 第一幕 城塞都市 ④

〈ライヤ視点〉


 裂傷や火傷といった、外的損傷と異なり、魔力災害に分類される風土病は、肉体の治癒能力を促進させる回復魔法では、治療が不十分だとされている。


 根本的にそれを完治させるためには、その土地柄に詳しい博識者と、その土地に循環する魔力で育った薬草などが不可欠。


 熟練の回癒士であれば魔力による力押しで病巣を完治させることも可能ではあるが、それはあまりに非効率で、何より当時の自分たちには、そうした人材がいなかった。


「……ごほごほっ」「あ、あついよお……みず……」「ううううううっ……」「ら、ライヤにいさん、そこにいますか……?」


「……ッ!」


 よって数日間のうちに次々と倒れ伏していく少年たちを前にしても、戦うことしかできないライヤには、為す術がなかったのである。


「だ、大丈夫です、兄さん! ぼ、僕が、なんとかしますから!」


 幸いなことに、脱走奴隷には貴重な回復魔法の素養を持つ、エルクリフがいた。


 そのため今のところ、死人は出ていない。


 しかしそうした治癒は病状の現状維持に留まり、快癒には至らない。つまりはジリ貧。回復役ヒーラー白精人エルクリフが力尽きてしまえばそこで終わる、薄氷の上に、ライヤたちは立たされていた。


(……時間がない。妙案はない。援軍もない)


 なればこそ。


 こんなとき、常に指針となるのは、

 聡明にして慈悲深き主君の玉言だ。


 ――おい馬鹿ライヤ。たまには人を頼れ。

 ――ぜんぶを自分でやろうとするな。

 ――人を信じる、頼るってのは、それはそれで大変なことなんだよ。

 ――なんでもかんでも自分で片付けようなんて、それはサボりの口実だ。


 そうして思い浮かんだのは……


 つい先日、この森で助けたとある人物。


(そうだ、彼らなら、あるいは……っ!)


 ライヤの日課である森の哨戒中。


 争いの気配を察して駆けつけてみれば、野党に襲われている馬車と、護衛たちを発見した。事情は定かでないが、義を見て捨て置くは勇なき也。転生したとはいえ、ライヅのサムライは迷うことなく助太刀に入り、これを撃退。


 窮地を救われた者たちは驚きつつも、感謝の意を述べ、とくに貴人らしき人物からは「何かあれば僕を頼ってください」という言質までを頂戴した。


(だが本当に、彼らを信じて良いのだろうか……?)


 たとえどのような理由があろうと、

 王国の法に則るなら、自分たちは罪人。

 主人に危害を与え、逃走を図った、脱走奴隷だ。


 多少の恩義があるとはいえ、そのような犯罪者に肩入れしてくれる人間が、はたしてどれだけいるものか……


(……わからぬ。わからぬ、が)


 そもそも人の機微に疎いライヤに、

 他人の真意は見抜けない。


 加えて戦士の直感が、

 最早これしかないと告げていた。


「……良し、決めた」


 ライヅの兵子は拙早を尊ぶ。

 決断は早ければ早いほど良い。


「エルよ、しばし皆を頼む」


「に、兄さん!?」


 懸命に少年たちの治療をしていたエルクリフに声をかけると、翡翠の瞳が揺れ、涙が溢れた。 


「ど、どこへ行かれるおつもりですか? 捨てるならちゃんと、僕たちを斬り捨てていってください!」


「どこにも行かぬわ。拙者は必ず、医師を連れて参る」


 そうしてライヤは単身で森を抜け、

 城塞都市に向かった。


 そして実に半年ぶりに、

 門扉を叩いたのだった。


 その後は運良く、森の遭遇にて知己を得ていた馬車の護衛、ブルタンク領の兵士と顔を繋げることが叶い、少年たちの救援要請を、貴人の元まで届け願うことに成功する。


 それが今からおよそ十五年前……ライヤたちがこのブルタンク領を離れ、魔獣の巣窟とも揶揄される開拓都市、オリガミエ領へと居を移した、原因でもあった。


        ⚫︎


「……え、そ、それで、皆さんは、ご無事だったのですか? 誰も、な、亡くなったりは、していませんよね?」


「落ち着きない、ハルジオさん。貴方も開拓都市あちらでは、度々『皆』と顔を合わせているでしょう? つまり、そういうことです」


「……え? あ、で、ですよねえ!」


 城塞都市の四方を囲う外壁の、

 東西南北に設けられた通行門のひとつ。


 入門には番兵らによる簡単な検査があるため、それを待つ長蛇の列の中に、ライヤたちの姿があった。


「はふう〜。よ、よかったあ……」


 時間を潰すための昔日語せきじつがたりもいよいよ佳境。


 キリのいいタイミングで一休みを挟むと、話に入れ込んでいた長身の和装少女などは、あからさまな安堵の表情を浮かべた。


「ははっ、やっぱりハルは、ビビりっスね〜。ムダにデカいのは、図体ずうたいと胸だけっス」


 すっかり気を抜いた様子の大鬼人オーガに、彼女の胸下程度しか背丈のない闇精人ダークエルフが、右頬の白蛇を歪ませて、悪戯童女の笑みを向ける。


「そもそも、ライヅの徒妹とまいたるもの、いつ何処で誰が死んでも動じないよう、常在戦場の心構えは必須っスよ? そんなことじゃ安心して、戦場で背中を預けられないっスね〜」


「う、うう、クロちゃんの、イジわるう〜っ! ちぇすと、ちぇすとお〜っ!」


 つれない物言いに頬を膨らませるハルジオだが、ビュンビュンと鋭く風を切る拳は、ヒュンヒュンと残像を残すほどの速度で回避運動をとるクロイアには当たらない。


 たまたまそれを目の当たりにした冒険者らしき一向が唖然とする、無駄に高度な、攻防であった。


「こら、ハルジオさん。落ち着きなさい。皆さんの迷惑ですよ」


「あ、はあい! ごめんなさい、エル兄様……」


 エルクリフに諭されて、肩を落とす男装少女。

 結われたクセ毛が、尻尾のように垂れている。


「でも、意外といえば意外っすね。お館様のサマ話にここまで食いつくなんて」


 そんなハルジオを気遣ったわけではないが、

 元凶であるクロイアが再び水先を向けた。

 

「ハルは今まで、聞いたことなかったんスか?」


「それは確かに。僕も少々、意外でした」


 こうしてライヤ自身が語る機会こそなかったとはいえ、少しでも彼を知ることに余念のない義家族の中では、それらは共有された情報である。知ろうと思えば、いくらでも知りようはあったはずだ。


「……あ、う、うん。そうですけど……」


 白と黒。二人の精人アルヴの怪訝な視線を受けて、もとより気弱そうな少女の太眉が、八の字に垂れ下がる。


「……な、何か、変でしょうか?」


「いえ、貴方も一門の末席に加わってから、それなりに月日は経っていますし……気には、ならなかったのかと」


「べつに隠しているわけでもないから、古参に聞けば、すぐに教えてもらえたと思うんスけどねえ……?」


「え? でも、だ、だって、そんな昔のこと知らなくても、ライ兄様は、ライ兄様ですし」


 しかして口にしたのは、自信無さげではあるものの、迷いのない返答。 


「だったらべつに、わざわざ聞いて回る必要もないかな〜って、えへへ」


「「 …… 」」


 二人の精人が無言で、妹分に暴行を加えた。

 

「あ、いたいいたい、痛いですクロちゃん! エル兄様! おっぱいとかお尻を、叩かないで! 蹴らないでえ! ライ兄様、助けてえ〜っ!」


「はは、たっぷりと可愛がってもらえ」


「う、うみゃ〜っ!」


 気の抜ける悲鳴をあげて義家族の『可愛がり』から身を守るハルジオであるが、本気の抵抗ではないので、まあ、そういうことなのだろう。


 相変わらず他人の機微に疎いライヤだが、経験から、それが是非であるかどうかくらいの判断はできる。


(そういえば拙者にも、可愛がりを受けていた時期があったものよ)


 ちなみにライヤの回想する前世においての『可愛がり』とは、その天凛に嫉妬した同門らによる本格的な闇討ちであったりするのだが、その悉くを無傷で撃退してきた当人においては、当時の記憶はそのように分類されていた。


 誰しも藪蛇を好んで突きたいはずもなく、

 関係者は皆揃って口を噤んでいたため、

 真実を告げる者はいない。


 知らぬが花、というやつである。


「……お、なんだいなんだい、ドえらいカワイコちゃんが、いるじゃないか」


「ねえねえそちらのお坊ちゃん。よければウチらと、メシでもどーよ? いい店奢るよ〜?」


 などと、ライヤが的外れな感傷に浸っていれば。

 

 番兵による検問は間も無くだが、

 退屈していたのだろう。


 近場に並ぶ、あきらかに風体のよろしくない女たちが、無粋に声をかけてきたのであった。



【作者の呟き】


〈次回〉異世界テンプレ、ファイッ!

 

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