第13話 第一幕 番兵 ①

〈ライヤ視点〉

 

 声をかけてきた女は二人組。

 ともに二十代中頃の只人ヒューマである。


(冒険者……否、傭兵崩れといったところか)

 

 一瞥にてライヤは、絡んできた女たちの装備や風体から、彼女らをそのようにを分析した。

 

 一方で女たちに声をかけられた当人は、

 視線を合わせることすらしない。


「消えなさい、下郎」


 薄く形の良い唇から吐き出されるのは、身内に対するそれとはまるで違う、人の情を感じさせない無機質な声音。


 だが相手も手慣れたもので、冷たい対応に怯むことなく、なおも獲物エルクリフに絡んでくる。


「うわ、おっかねえ! おねーさんたち傷付いちゃったよお!」


「あー、これは重症ですわ。要治療ですわ。具体的にはお坊ちゃんに、酒場でエールでも注いでもらっちゃおうかな〜?」


「……」


「あ、怒らせちゃった? ごめんねごめんね!」


「でも怒った顔も超可愛いよ! 超美人! マジマジ、こんな美男子、今まで見たことないから!」


 エルクリフの塩対応にもめげず、

 ナンパを続ける女二人組。

 

 見れば見るほどに上等な獲物に、

 情欲を高ぶらせてすらいるようだ。


(……ぬう、埒が開かぬな)

 

 女たちの背後にて。


 蚊帳の外に追い出されたライヤは、

 腕を組んで一考する。


(間も無く検問の順番が回ってくる。時間も惜しい。どれ、手短に済ませるか)


 脳裏の主君も「テンプレキター!」と、何故かはしゃいで邪魔者の露払いを下賜していたので、成り行きを静観していたライヤは、行動に移った。


「すまないが御仁ら。我らは先を急ぐ故、失礼する」


「あ? なんだよテメエ……っておい、よく見りゃアンタ、男か!?」


「でっけえなあ! 鬼人オーガン……いや、只人ヒューマか!?」


 ようやくこちらに顔を向毛た女たちは、まず驚きに目を見開き、次いでその瞳に、悪意の色を浮かべた。

 

「おいおいオジサン、いったい何食ったらそんな、女見てえな身体つきになんだよ!? マジ笑えるんですけど」


「そう、それな! それにオジサン、なにその仮面。超カッコいいね!」


「でもそういうのを被ってはしゃぐなら、あと二十歳は若くないと、キツいかな〜って」


「おいおい、ホントのこと言ってやるなよ。オジサン可哀想じゃん!」


「ぎゃははははっ!」


 ナンパの邪魔をされて不快だったのだろう。


 この世界では奇異とされる風体の大男を囲み、嘲笑する女たち。


 そうした悪意に晒されつつも、当のライヤには、さしたる感情の起伏はなかった。前世でも今世でも、有象無象に対する心象に変化はない。心底どうでもいい。ただ淡々と、効率的に、事態の解決を図るのみ。


「すまぬが、こう見えても我らは城塞都市ブルタンクの御領主殿に招かれた、客人である。我らに手出しすることは、その顔に泥を塗る行為であるが、よろしいか?」


「……ぷっ。ぎゃ、ぎゃはははは! おいおいなんだよこのオジサン、おっもしれーじゃねえか! そんな見え透いたウソ、今どきスラムのガキだって信じねえぞ!」


「ひ、ひい、ひい、ハラ痛い……っ」


「だ、だいたい、あのアタマお花畑の馬鹿領主が、テメエみたいなブサイクをわざわざ招くわけねえだろ! いっぺん鏡みてこいオラ!」


「い、いや、案外わかんねーよ? あの色ボケ領主、とうとう旦那に愛想尽かされたのかも……」


「おう、だったらあの筋肉ダルマの相手をするには、これぐらいの体格は必要だわな。いやごめんニーチャンな、うちらが悪かった、謝るわ。精々その股座のご立派なナニで、ご領主さまを慰めてやっておくれよ」


「ぎゃはははははっ!」 


「……そうか」

  

 次の瞬間、ライヤの両腕が高速で動いた。


「「 ……っ!? 」」


 一拍遅れて、全身を貫く『殺気』に、女たちが絶句する。


 見開かれた瞳に映るのは、大男が左右の手でそれぞれ掴む、二本の腕の先……それぞれが正拳突きと貫手の姿勢で停止する、少女たちである。


「ら、ライ兄様? て、手を、離してください。そいつらをちぇすと、できません……っ!」


「……おい腐れババアども、目ん玉、腐ってるんスよね? だったらそんな目、いらないっスよね? ね?」


「ハルもクロも、落ち着けい」


 たしなめて、それぞれの腕を手離すと、瞳から光彩を欠いた大鬼人オーガ闇精人ダークエルフの少女たちは、渋々ながら鉄拳と貫手を引き戻した。


「……それとエルも。この場は納めよ」


「……はい、兄さん」


 背後の白精人エルフも構えていた魔法杖を下ろすが、その美貌に宿る陰は消えはしない。


 淡々と、底冷えした声音で告げる。


「では二人とも、首を差し出しなさい」


「「 ……は? 」」


 意図を汲めないのか、

 ポカンと口を開ける女たち。

 

 即座に動いたハルジオとクロイオが、

 抵抗する間も無く女たちを組み伏せた。


「……っ! 痛い痛い、離せ、テメエ!」


「ぐっ……なんだよ!? 身体が、動かせないっ!?」

 

 片や剛力にて。

 片や関節を極められて。


 無理やりに座らせ、

 こうべを下げさせられる女たち。


 それはライヤの前世における、『斬首』の姿勢であった。

 

「テメエら、正気か!? 一体、何をする気だよ!?」


「ウチらをどこの組織の人間か、知ってケンカ売ってんのかよ!? ええ!?」 


「僕たちは正気ですし、貴方たちがどこの誰だかは存じませんが……」


 酷薄に見下す神官服の少年の言葉に、温度はない。


 路傍の蟻を踏み潰すような、無機質な殺意に晒されて、事ここに至りようやく、女たちは理解する。


「……ライヅ一門の、家長を侮辱したのです。ならばその首を以て非礼を詫びるのが、貴方たちにできる、唯一の償いです。受け入れなさい」


 自分たちは決して、手を出してはいけないものに触れてしまったのだ――と。


「……え? は? じょ、冗談、だよな? 冗談、ですよ、ね……?」


「ダイジョーブダイジョーブ、お館サマって超絶テクニシャンだから、全然痛くないっスよ? たぶん」


「っ!? いやっ、離して! 許してくださいっ!」


「う、動かないで、ください。動くと血が散って、ふ、服が、汚れてしまいますので……」


 にわかに迫る『死』を察して、

 女たちが激しく暴れる。


 抵抗を試みるものの、その身を制圧する少女たちに慈悲はない。どころか「さっさと終わってくれないかな」という、余りにも人の命を軽んじた感性がヒシヒシと伝わって、一層に恐慌する。


「く、狂ってる! アンタら狂ってるよ!」


「この人斬り! 人殺し! 人でなし!」


「うむ、よく言われる」


 もはや聞き飽きた罵倒を受け流すライヤであるが、

 いささかその顔には、疑問の色が浮かんでいた。


「しかしエルよ。斬首はちと、やりすぎではないか? 別にあの程度の戯言、相手にする価値も無し」


「ですが兄さん。この者たちは、この街のご領主の顔にも泥を塗りました。招かれた者としては、それを見逃すのことは義に反する行為かと。貴族の不敬罪は死刑と相場が決まっておりますので、あちらの手間を、省くだけです」


「ぬう……そのようなものかのう……」


「ええ。きっと兄さんの『主君さま』も、その土地の法は守るべしと仰るのでは?」


「……」


 たしかにライヤの胸の金言には、そのような言葉も刻まれている。以前どこかで口にしたそれを、覚えていたエルクリフが引用したのであろう。ならばこれ以上、迷う道理はない。


「……良し、斬るか」


「ひ、ひいいっ!」


「お、おたっ、おたすけて……っ!」


 漏らした呟きに、股下を湿らした女たちが滂沱するが、もはやその言葉は大男の耳には届かない。


 意思を定め、腰に佩いた木刀を抜く。


 芯に鉄を仕込んだ、丈夫さだけが取り柄である訓練用の木刀であるが、ライヤの技量を以てすれば、人の骨肉を断つことは容易い。


「観念せい」


 頭上に木刀を掲げ、落とすべき首筋の斬線を見極めたところで……バタバタと。


 人垣を掻き分けて駆け寄ってくる、

 忙しない足音が聞こえてきた。


「お、お前たち、そこで一体何をしている!?」


「今すぐその木刀を降ろしなさい!」


「両手を挙げて、投降しろ!」


「抵抗はするな、大人しく武器を捨てるんだ!」


 声を張り上げて叫ぶのは、

 外壁門に駐留する番兵のようである。


 ライヤはその中に、

 見覚えのある顔を発見した。


「……おお。これはこれは、ウール殿では御座いませぬか!」


「……ん、んん?」


 まさか名を呼ばれるとは思わなかったのだろう。

 

 ライヤの呼びかけに、妙齢の女番兵が、

 じつに奇妙な表情を浮かべた。



【作者の呟き】


 ライヤくんはライヤくんのルールの中で生きています。


 

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