第六話 南・春枝と荘一

 六人がそれぞれの戦いを続ける中、南の方角では春枝はるえが一人、病魔の大群と戦っていた。彼女は手にした杖を振り回し、病魔たちをぎ払う。


「はっ!」


 杖が振るわれる度、強い風が巻き起こる。それはまるで嵐のように、病魔たちを吹き飛ばしていった。人型の病魔も、獣のような姿の病魔も、等しく風に吹き飛ばされていく。彼女の力は強く、病魔の攻撃はかすりもしない。


「……散れ」


 春枝がそう呟くと、杖の先からまばゆい光が放たれた。その光を浴びた病魔たちは、一瞬にして浄化され、消滅していく。


「……ふぅ」


 春枝は一息つくと、周囲を見渡す。彼女の周囲には、もう病魔の姿はなかった。だが、春枝は警戒を解くことなく、周囲を見回している。


「……まだいるな」


 春枝はそう呟くと、再び杖を構えた。そして目を閉じ、意識を集中させる。すると、彼女の周囲に黒いきりのような病魔が現れ始めた。


「ふっ……!」


 春枝が目を見開き、杖を振るう。その瞬間、光が溢れ出し、黒い霧を包み込んだ。そして、その霧は徐々に小さくなっていき……やがて完全に消滅した。


「これで全部か……?」


 春枝はそう呟くと、大きく息を吐いた。そして、改めて周囲を見回す。彼女の元に病魔たちが再び現れる気配はない。どうやら無事に撃退できたようだ。


「……他の者たちも無事だろうか」


 春枝は小さく呟くと、きびすを返して歩き始めた。……しかしその時、彼女は背後に気配を感じた。


「っ、誰だ!」


 春枝は素早く振り返ると同時に杖を構える。するとそこには……一人の男性の姿があった。


「わ、わぁっ! ……ぼ、僕ですよ!」

「……っ……なぜ、お前がここに、いるのですか」


 春枝は目の前にいる男に、驚きと困惑が入り混じったような視線を向ける。すると、男……蓬野よもぎの 荘一そういちは困ったように笑った。


「いやあ、はる……おっと、『ゴギョウ』さんが心配だったもんで、来ちゃいました」

「……何を、馬鹿なことを」


 春枝はため息をつくと、再び荘一に向き直る。荘一は相変わらず笑みを浮かべたままだ。


「大丈夫ですよ。ああでも、僕の出る幕はなかったみたいですね。さすがです、お師匠」

「私に弟子をとった覚えはありません。……それよりも、早く戻りなさい」


 春枝は荘一に向かって、厳しい口調で言う。しかし荘一は動じる様子もなく、ただニコニコと微笑んでいた。


「いえ。僕も手伝いますよ」

「……戻りなさい。お前は『若草わかくさまもり手』ではない」

「でも、娘が頑張っているのに、父親が何もしない訳にはいきませんよ」

「……ハコベラはタビラコに任せています。お前は何も心配する必要はない」


 春枝が言うように、荘一はハコベラ……葉子ようこの父親だ。しかし彼は『若草の護り手』ではない。ただの一般人である。……だが、荘一は首を横に振った。


「ありがとうございます、ゴギョウさん。でも僕は戻りません。あなたと一緒に戦います」

「……っ、なぜですか」

「だって、僕はあなたの弟子ですから。……それに、あなたはいつも、一人になりたがるでしょう」

「……」


 荘一の言葉に、春枝は黙り込んでしまった。そんな彼女を見て、荘一は微笑む。


「やっぱり、変わっていませんね。お師匠は昔からそうだ。一人で何でも背負い込もうとする」

「私はただ……最も正しいと思ったことをしているだけです」


 春枝は荘一の方を向くことなく答える。そんな彼女を見て、荘一は再び苦笑した。


「ええ、知っていますよ。あなたはそういう人です。でも……」


 荘一はそこで言葉を止めると、真剣な表情を浮かべる。そしてゆっくりと口を開いた。


「でも、たまには誰かを頼ってもいいんじゃないでしょうか」

「……」


 荘一の言葉に春枝は何も答えなかった。ただ黙って、前を向いている。そんな彼女を見て、荘一は小さくため息をついた。そして……静かに言葉を続ける。


「……僕はね、お師匠。あなたの隣を歩きたかったんです。ずっと、あなたの背中を見てきたから」

「……」

「確かにお師匠は強いです。一人でも、十分戦えるでしょう。……僕なんかがいなくても、大丈夫でしょう」


 荘一はそこで言葉を切ると、再び微笑んだ。その笑顔にはどこか寂しさがにじんでいるように見える。しかし彼はすぐに表情を引き締めると、真っ直ぐに春枝を見つめた。


「でも、僕はあなたと一緒に戦いたいんです。だから……お願いします、お師匠。僕の我儘わがままを叶えさせてください」


 荘一はそう言うと、深々と頭を下げる。春枝はそんな荘一をしばらく見つめていたが……やがて小さく息をつくと、静かに言った。


「……わかりました。ですが、くれぐれも無茶な行動はしないように」

「……! ありがとうございます!!」


 荘一は顔を上げると、満面の笑みを浮かべた。その笑顔を見た春枝の表情も、ほんの少しだけ和らぐ。……しかし、それも束の間のことだった。


「……っ」

「お師匠?」

「……気づきませんか?」


 春枝の言葉に、荘一は周囲を見渡した。すると……いつの間にか周囲に病魔の気配が漂っていることに気がつく。


「これは……!」

「ええ。どうやら囲まれてしまったようですね」

「……っ、どうして……」


 荘一は困惑した表情を浮かべる。病魔たちは彼の気配に釣られてきたのだろう。しかし、春枝は冷静に杖を構えた。


「……あなたは今から『ヨモギ』です。若名わかなほどではありませんが、いくらか病魔から身を守れます」

「お師匠……」


 荘一は春枝の言葉を聞き、決意を固めた表情でうなづいた。


「ありがとうございます」

「礼は後です。今はこの状況を乗り切ることを考えなさい」

「はい!」


 荘一は力強く答えると、春枝の隣に立つ。そして背負っていた木刀を構えた。


「……ヨモギ、それは……」

「はい! 僕に出来るのは、これくらいですから!」


 荘一の言葉に、春枝はため息をつく。そしてふところから小さな袋を取り出し、荘一に投げて寄越よこす。


「これは……?」

「清めの塩です。体と道具に振りかけるように」

「ありがとうございます、お師匠!」


 荘一は嬉しそうに笑う。そして春枝から受け取った塩を自分の体と道具に振りかけた。


「よし……これで準備万端ですね」


 荘一は改めて木刀を構えると、迫り来る病魔たちを見えた。そして勢いよく駆け出していく。


「はっ!」


 荘一が振るった木刀は、病魔たちを次々と打ち払っていく。彼の剣術の腕前は、春枝から見てもかなりの腕前であった。……彼女が剣の道を離れた後も、彼はずっと鍛錬を続けていたのだろう。気まぐれに剣術を指南しなんしたこともあったが……まさか、それがここまで上達するとは。


「……成長したのですね」


 荘一の戦いぶりを見ながら、春枝は思わず呟いた。そして再び杖を構え直すと、目を閉じ、意識を集中させる。


「……はっ!」


 春枝が杖を振るうと、そこから眩い光が溢れ出す。その光は瞬く間に病魔たちを包み込み、浄化していった。


「すごい……」


 荘一は思わず感嘆の声を上げる。春枝の力は圧倒的だった。病魔たちは次々と姿を消していき、残るは一体だけとなる。


「……ヨモギ」


 春枝の言葉に荘一は静かに頷くと、木刀を構える。そして最後の一体に向かって走り出した。


「やあああぁっ!」


 荘一の一撃が炸裂し、最後の一体も消滅した。荘一は大きく息を吐き出すと、春枝の元へ駆け寄る。


「お師匠、お疲れ様です!」

「いえ……あなたこそ、見事な腕前ですね」

「ありがとうございます! お師匠に褒められるなんて光栄です」


 荘一は満面の笑顔で答える。そんな彼を見て、春枝も薄く微笑んだ。


「……さて、皆さんと合流しましょう」

「はい!」


 春枝の言葉に荘一は大きく頷き、二人は共に歩き始めた。その表情は、どこか晴れやかだった。

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