第四話 西・芹田と奈沙

 時を同じくして、西の方角では奈沙なずなが奮闘していた。彼女は薙刀なぎなたを手に、襲い来る病魔たちを次々と薙ぎ払っていく。


「はあっ!」


 気合いと共に振るわれた薙刀が、腐敗した生物のような病魔を両断する。するとその部分から光が溢れ出し、やがて消滅していった。


「よし! 次っ!」


 奈沙は次の敵に向かって駆け出す。そんな彼女の背後から迫る影が一つあったのだが……彼女はそれに気づかなかった。


「っ、どけぇ! 『ナズナ』ぁ!」


 奈沙に向かって襲いかかる病魔。その攻撃を防いだのは、芹田せりただった。彼は奈沙と病魔の間合いに割って入ると、手にした刀で病魔を斬り払う。


「『セリ』っ、ごめん!」

「ったく……油断すんなや!」


 奈沙に注意しつつ、芹田は刀を構え直す。そしてそのまま、病魔に向かって斬りかかった。


「ラアッ!」


 芹田の振るった刀が、病魔を斬り裂く。その一撃によって、病魔は光となって消滅した。


「よし、次や!」


 芹田は次の敵に向かって駆け出す。そんな彼の後を追おうとした奈沙だったが……不意に背後に気配を感じた。振り返るとそこには、別の病魔が迫っていた。


「! このっ!」


 奈沙は咄嗟とっさに薙刀を振るい、病魔の攻撃を受け止める。そしてそのまま薙ぎ払った。だが、払われた病魔は、運悪く芹田のいる方向へと飛んでいってしまう。


「あっ、やばい……!」

「……ハアッ!」


 奈沙が焦る中、芹田は冷静に対処していた。彼は飛んできた病魔を刀で両断する。するとその部分から光が溢れ出し、やがて消滅した。


「ご、ごめん! 大丈夫だった!?」

「ああ、俺は平気や。それより……」


 芹田は呆れたようにため息をつく。そして……


「あんた、鈍ったんとちゃうか?」


 呆れ顔から一転、芹田はニヤリと笑みを浮かべる。まるで奈沙を挑発するかのように。


「なっ……!」


 奈沙は頰を引きつらせる。普段の笑顔はどこへやら、彼女は怒りの形相を浮かべていた。


「ふーん……言ってくれるじゃん」


 奈沙の目がわる。その様子を見て、芹田はますます笑みを深くした。


「なあに、ほんまのことやないか。さすがの『ナズナ』も、歳には勝てへんっちゅうことか?」

「……っ、なによ。アンタこそ、さっきは危なかったじゃない。私が助けなかったら、今頃はあの病魔どもの餌食えじきだったわ!」

「おお怖ぁ。ふっ飛ばしてきたのはそっちやのに、よう言えるわぁ」

「あら、それは悪かったわね。……でも、後ろは気にした方がいいんじゃない? 基本も基本よ?」


 奈沙と芹田が言い争う間も、病魔は容赦なく襲いかかってくる。しかし二人は、それをものともせずに撃退していった。……第一、この病魔たちは動きが鈍い。かわすこと自体は容易なのだ。


「やっぱ、あんたみたいなオバハンにはキツいんちゃうか?」

「っ、誰がよ! アンタだって一つしか違わないじゃない!」

「はん、俺のが若いですう」

「変わんないわよ! この、オ・ジ・サ・ン!」

「はは……よう言う……。って、なんやと!?」


 奈沙の一言に芹田の表情が変わる。飄々ひょうひょうとした態度は鳴りを潜め、彼は怒りの形相で奈沙をにらみつけた。


「誰がオジサンじゃコラァ!」

「アンタよ!」

「っざけんなや! まだオジサンちゃうわ!!」

「あ〜ら、それはごめんなさい。私をオバサン呼ばわりするくせに、自分は若いつもりでいるなんて……とんだお笑いぐさね!」

「っぐ……!」


 芹田はギリ、と歯をみしめる。しかし、次の瞬間には不敵な笑みを浮かべていた。


「……ええやろ、そこまで言うんやったら……見せたるわ。俺の本気ちゅうやつをなぁ!」


 芹田はそう叫ぶと、病魔の群れの中に突っ込んでいく。そして目にも留まらぬ速さで刀を振るった。その一撃はすさまじく、なんとたった一撃で周囲の病魔を一掃してしまった。


「どうや! これが俺の実力や!」

「ふん、やるじゃない。……でも」


 奈沙はニヤリと笑みを浮かべると、薙刀を構える。そして……


「私もまだ、本気を出してなかったのよね!」


 彼女はそう言って駆け出すと、病魔に向かって斬りかかった。その一撃もまた凄まじく、辺り一面が光で溢れかえる。

 どちらもさすがは選ばれし『若草わかくさまもり手』。その実力は互角だった。


「ハアッ!」「セヤァッ!」


 奈沙の薙刀が、芹田の剣技が病魔を斬り裂いていく。二人の周囲には次々と光が弾け飛んでいった。……だが。


「ちょっと! いくらなんでも多すぎでしょ!」


 奈沙が叫ぶ。彼女の言う通り、病魔の数は一向に減らない。むしろ増えているようにすら感じられた。


「知らんわ! 文句はコイツらに言え!」


 芹田も叫び返す。確かに、病魔の数がここまで増えるなど、通常では考えられないことだった。


「これ……どこかに親玉がいるんじゃないの!?」

「かもな! せやけど……今はそれどころちゃうやろ!」


 芹田はそう言いつつ、再び病魔を斬り裂く。しかし、それでもなお数は増え続けていた。


「くっ、キリがないわね……」


 奈沙は薙刀を振るいつつ、周囲を見回す。そして……ある一点に視線が止まった。それは、病魔たちの群れの一番奥。そこに一際大きな影があることに気づいたのだ。


「……! あれは」


 奈沙がその影に目を凝らす。すると、そこには一回りも二回りも大きな病魔がいた。その体は黒く変色し、腐敗が進んでいるように見える。そして、その病魔が体の一部を切り離すと、そこから新しい病魔が生まれ出た。


「! あいつが親玉ってわけね……! ……セリ!」


 奈沙は芹田に呼びかける。しかし彼は病魔を斬り裂くのに手一杯で、奈沙の声には気づいていない様子だった。


「……っ、もう! 清治せいじぃ!」

「なあっ……アホか! 名前で呼ぶなや!」

「うるさいっ! それよりあれ! あのでかいのが親玉みたい!」


 奈沙が指差す方向を見て、芹田もその存在に気づく。そして彼はニヤリと笑みを浮かべた。


「なるほどな……アレを倒せばええんやな」

「そういうこと! でも……」

「……ああ、分かってる。あのデカブツを倒すんは骨が折れそうやな」


 芹田はそう言って肩をすくめると、再び刀を構えた。その視線の先には親玉の病魔がいる。


「ま、俺とあんたならなんとかなるやろ」

「ええ……そうね。行くわよ、セリ!」

「おう、任しときぃ!」


 二人は同時に駆け出し、親玉の病魔に向かって行った。その姿を見たのか、他の病魔たちも二人に襲いかかってくる。しかし、二人の勢いを止めることはできないようだった。


「ハアッ!」「ヤァッ!」


 芹田の剣技と奈沙の薙刀が合わさり、次々と病魔を斬り裂いていく。そしてついに……親玉の目の前にたどり着いた。


「行くで……!」

「ええ!」


 二人は同時に刀を構える。そして……。


「これでっ……!」

「終わりやあっ!!」


 二人が繰り出した渾身の一撃は、親玉の病魔に命中した。その瞬間、眩い光が辺りを包む。それはまるで夜明けのようで……気づけば、その場にいたすべての病魔が消滅していた。


「はぁ……っ、なんとかなったわね……」


 奈沙が肩で息をしながら言う。そんな彼女の隣では、芹田もまた呼吸を整えていた。


「ああ……そうやな」


 二人は顔を見合わせると、どちらからともなく笑い出す。そしてそのまま、拳を付き合わせたのだった。

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