第三話 北・大地と鈴菜

 北の方角に向かって走るのは大地だいちだ。彼は盾を片手に、病魔に向かって突進する。


「うおおおっ!」


 気合とともに、大地は病魔に向かって拳を繰り出した。しかし、黒いきりのような病魔は、霧散するようにしてその攻撃をかわす。


「くそっ、駄目か……!」


 大地は毒づきながらも、諦めずに再び攻撃を仕掛けた。今度は盾を前面に押し出し、タックルの要領で突撃する。しかしそれもまた躱されてしまい、大地は勢い余って転倒してしまった。


「くっ……!」


 大地は素早く起き上がると、再び構え直す。そんな彼の視界に、別の人影が映った。鈴菜すずなだ。彼女は弓を構えると、病魔に向かって矢を放った。


「はっ!」


 放たれた矢は真っ直ぐに飛んでいき、しかし病魔は広がってそれを躱す。鈴菜は続けて二発、三発と矢を放つが、それもすべて避けられてしまった。


「……っ!」

「『スズナ』! 危ない!!」


 自分の『若名わかな』を呼ばれ、鈴菜はハッとする。いつの間にか、病魔は彼女の側まで接近していたのだ。


「くっ……!」


 鈴菜は咄嗟とっさに弓を引くが、間に合わない。病魔の黒い霧のような体が、彼女の体に触れようとした瞬間……


「させるかあっ!!」


 大地が間に割って入り、盾を病魔に向かって突き出す。するとその盾にぶつかった病魔の一部が、光と化して消滅した。


「……! 『スズシロ』さん!」

「大丈夫だった?」

「は、はい……ありがとうございます……」


 礼を言う鈴菜に笑いかけつつ、大地は再び盾を構え直した。そして再び、目の前の敵を見据える。黒い霧のような病魔は、大地たちを取り囲むように広がっていた。


「どうしたら……」


 鈴菜が呟く。大地もまた、思案を巡らせていた。

 病魔を浄化するには、こちらの攻撃を命中させる必要がある。しかし、相手は形を持たず、変幻自在。攻撃を当てるのは至難の業だった。


「ギリギリまで引き付ければ、行けるか……?」

「……いえ、それは危険かと」


 大地の呟きに、鈴菜が反応する。彼女は静かに首を振った。


「確かにスズシロさんなら、病魔の攻撃を受け止め、反撃することも可能でしょう。……しかし、その反撃が外れてしまえば、スズシロさん自身が危険に晒されます。……いえ、最悪の場合……」

「……うん、分かってる」


 大地は鈴菜の言葉を遮るように答えた。その口調には、どこか覚悟のようなものが感じられる。


「でも、やるしかないんだ」


 大地はそう言って手袋を嵌め直す。そして盾を手にし、一歩前に踏み出した。


「……スズナ、俺がおとりになる。その隙を狙って攻撃してみてくれ」

「え……そ、そんな! 危険すぎます!」


 鈴菜は驚いて声を上げる。しかし、大地は首を横に振った。


「いや、これが最善の策だよ。……あいつらは、攻撃の時に実体化する。だからそこを狙って攻撃すれば、確実に当てられるはずだ」

「で、ですが……」


 なおも食い下がろうとする鈴菜。しかし、その間も病魔は二人に迫る。


「……っ、俺は大丈夫だから、心配しないで」


 大地はそう言うと、病魔に向かって走り出した。すると黒い霧のような病魔たちは、大地を取り込もうと広がり始めた。


「くっ……!」


 大地は懸命に盾を構え、体へ触れようとしてくる病魔たちを防ぐ。……しかし、数が多すぎて全てを防ぎ切ることはできなかった。

 病魔の一部が、大地の体を掠める。すると、その箇所にわずかな痛みが走った。


「っ!」


 大地は思わず顔をしかめる。しかし、それでも彼は逃げなかった。


「スズシロさんっ……!」「スズナ!」


 二人の声が重なる。続く鈴菜の言葉を遮って、大地は叫んだ。


「矢を、放て!!」

「っ……」


 大地の策は、鈴菜にも理解できた。しかし、それでも躊躇とまどってしまう。……もし失敗すれば、大地がどうなるか分からない。


「……スズナ!」


 再び大地が叫ぶ。その声には強い意志が込められているように感じられた。


「頼む……! 俺を……信じてくれ!」

「……!」


 大地の言葉に、鈴菜の心が揺れる。彼の、スズシロの、大地の……大切な仲間の、真摯しんしな願い。

 彼女は弓を構えた。その目は真っ直ぐに病魔を捉えている。


「……行きます!」


 鈴菜が叫ぶ。そして彼女は、矢を放った。


「はぁっ!」


 放たれた矢は、真っ直ぐに飛び……大地の元へ。そして、彼の盾にまとわりついていた病魔に命中した。直後、光の粒子が弾け飛ぶ。


「……!……やった」


 大地は歓喜の声を上げる。これで、ようやく反撃に転じられるのだ。彼は盾を構え直し、鈴菜に叫んだ。


「スズナ! 今だ!」

「……はいっ!」


 鈴菜はうなづき、弓を構える。そして矢を放った。その矢もまた病魔を貫き、再び光の粒子が舞う。


「もう一発!」


 大地の声に応えるように、鈴菜は二発目を放つ。……しかし、病魔もただやられるだけではない。放たれた矢を躱すと、今度は標的を鈴菜に定め、彼女に向かって広がり始めた。


「……っ、待て! くそっ……俺が、相手だぁ!!」


 大地は盾を構え、病魔に向かって突撃する。そしてそのまま体当たりし、鈴菜に襲い掛かろうとした病魔を吹き飛ばした。


「っ!」


 鈴菜はその隙に距離を取ると、再び弓を構える。そして三発目の矢を放った。


「はっ……!」


 鈴菜が放った矢により、病魔は再び消滅する。これで、残るは二体だ。


「スズナ、下がって! 俺が引き付ける!」


 大地はそう言うと、盾を構えて前に出る。そして鈴菜から離れるように、病魔たちを引き付け始めた。


「ぐっ……!」


 しかし、病魔の攻撃は大地の体をかすめる。彼は痛みに顔を歪めながらも、必死に走り続けた。弓矢で攻撃する鈴菜にとって、病魔に寄られることは、的を自ら用意してしまうようなものだ。だからこそ、大地は走る。鈴菜が矢を放てるように。鈴菜の、大切な仲間の盾になる為に。


「スズナ! 今だ!!」


 大地が叫ぶ。その声に応えるように、鈴菜は矢を放った。放たれた矢は、病魔を貫く。残り、一体。


「これで……終わりだ!」


 大地は最後の力を振り絞り、病魔に向かって突進する。そしてそのまま振りかぶり、渾身こんしんの一撃をお見舞いした。


「はぁあああ!!」


 大地の拳を受けた病魔は、その衝撃で霧散する。そして光の粒子となって消滅し、辺りに静寂が訪れた。


「……やった」


 大地はそう呟いて、その場にへたり込んだ。鈴菜が慌てて駆け寄ってくる。


「スズシロさん! 大丈夫ですか?」

「うん、大丈夫……ちょっと気が抜けちゃって」


 大地は苦笑しながら答える。そんな彼の様子に、鈴菜も安堵の表情を浮かべた。


「良かった……」

「うん。ありがとう、スズナ」

「そんな……スズシロさんがいなかったら、私は何もできませんでした。こちらこそ……ありがとうございます」


 鈴菜はそう言って控えめに微笑むと、大地に向かって手を差し出した。彼はその手を取って立ち上がる。


「……ありがとう。やっぱり、スズナと組めて良かったよ」


 大地はそう言うと、鈴菜に向かって微笑んだ。その笑顔に、鈴菜は顔を赤くする。


「……っ、そ、その……わ、私も……」


 鈴菜はそこまで言うと、うつむいてしまう。しかしすぐに顔を上げ、大地の目を見つめた。


「私も……スズシロさんと組めて、良かったです」


 鈴菜はそう言うと、恥ずかしそうに微笑む。大地はそんな彼女の様子を見て、再び微笑んだ。


「うん。これからも、よろしく」

「はい……よろしくお願いします」


 二人は互いに握手を交わす。その二人の間には、確かな絆が感じられた。

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