第二話 いざ、儀式へ

 数時間後。大地だいちたちは若菜屋わかなやの一室に集まっていた。先ほどまでとは違い、全員がはかま姿である。袴は通常のものより丈を短くしたもので、動きやすいようになっているようだ。

 白い上衣じょうい松葉色まつばいろの袴。その出で立ちは、彼らにとって正装のようなものであった。


「やっぱ、袴っちゅうのはこう……しっくりくるわ。背筋が伸びる感じがしてな」


 腰に手を当てながら、芹田せりたが笑う。それに対して、大地も賛同するように言った。


「ええ、分かります。なんかこう……気持ちが引き締まるんですよね」

「お、鈴城すずしろ君も分かるか! やっぱええよな、袴のこの感じは」


 芹田が嬉しそうに言う。その隣で、奈沙なずなも大きくうなづいていた。彼女の髪は、鮮やかな浅葱色あさぎいろの紐で一つにまとめられている。


「うんうん! この格好になると、なんか気合が入るんだよね〜!」

「奈沙さんはそんなに変わらない気がするんですけど……」

「もう、大地くんったら! 私だって、ちゃんと気合入れてるんだから! こう、ビシッと!」


 奈沙がそう言ってポーズを取る。その仕草に、葉子ようこが笑う。鶸色ひわいろの星形の髪留めが、彼女の笑顔を引き立てた。


「あははっ、奈沙ちゃんおもしろ〜い」

「もう、葉子ちゃんまで! ひどいっ!」


 そう言いつつ、奈沙も楽しそうに笑う。そんな彼女たちの様子を、鈴菜すずなは少し離れたところから見つめていた。


草本くさもとさんは、どう? 袴の着心地とか」


 鈴菜の側に歩み寄った大地が声をかける。鈴菜はハッとした様子で顔を上げた後、控えめに頷いた。ポニーテールの髪型はそのままに、常盤色ときわいろの紐が目を引く。


「はい、大丈夫です。私は、部活で着慣れていますので……」

「あ、そっか。草本さん弓道部だったよね」

「はい」

「俺は柔道部だからなあ……。道着なら着慣れてるんだけど……。そっか、だから似合ってるのか」

「……ぇ」

「ん? どうかした?」

「……い、いえ。なんでも……」


 鈴菜はうつむきがちに首を振った。その頰は少し赤くなっているように見える。大地が首をかしげていると、後ろから声をかけられた。


「大地さん、鈴菜さん! 春枝はるえさんたちが来ましたよ!」


 葉子の呼びかけに、二人は慌てて姿勢を正す。そして部屋へ入ってきた春枝へと向き直った。


「お待たせいたしました。皆さんお揃いですね」


 春枝は穏やかな笑みを浮かべ、大地たちを見回す。その隣には田平たひらの姿もあった。二人もまた、正装に身を包んでいる。


「それでは早速、儀式の段取りについて説明いたします。皆さんご存知かとは思いますが、改めておさらいしましょう」


 春枝の言葉に、五人はそろって頷く。それを見た春枝は満足げに微笑んだ後、言葉を続けた。


「儀式は、ここから少し離れたところにあります『七守山ななもりやま』で行います。市井しせいの皆さんには決して気付かれないよう、細心の注意を払って事を進めなければなりません」

「町の人たちを、不安にさせちゃいけませんもんね」


 大地が頷きながら言う。春枝は「その通りです」と返すと、さらに説明を続けた。


「病魔は既に、七守山に集まっています。儀式を行い、それらを浄化するのが、私たち『若草のまもり手』の役目です」

「ま、要は『病魔退治』っちゅうことやな。いつも通りや」


 芹田が言うと、春枝は「はい」と言って頷いた。


「皆さんには、それぞれの道具で病魔を浄化していただきます。方法はそれぞれ異なりますが、基本的にやることは同じです」

「はい! 質問いいですか?」


 葉子が元気よく手を挙げる。春枝は笑顔で頷いた。


「どうぞ」

「今年も、ペアと配置は同じですか?」

「ええ、その通りです。馴染みの方と組んだ方が連携も取りやすいでしょうから」

「やった! また田平さんと一緒だ!」


 葉子は嬉しそうに言うと、隣にいる田平の方を見る。田平もまた、穏やかな笑みを返した。


「今年もよろしくね、葉子ちゃん」

「はい! こちらこそ!」


 そんな二人のやり取りを微笑ましそうに見つつ、春枝は話を戻す。


「さて、最後に一つ……注意事項があります。今回も、儀式中は互いを『若名わかな』で呼び合うようにしてください。それが、病魔から身を守るための、いわば『まじない』のようなものとなります」

「若名……ですね。分かりました」


 鈴菜が返事をすると、春枝は満足げに微笑む。そして再び全員を見回してから言った。


「それでは、参りましょう。病魔をはらうため……そして、この一年を無事に乗り越えるために」


 春枝の言葉に、全員が力強く頷く。こうして彼らは儀式の地・七守山へと向かうのだった。



 若菜屋を出発した一行は、七守山へと続く山道を登っていた。先頭に立つのは春枝だ。その後に続くようにして、大地たちは歩いていく。途中何度も分かれ道があったが、春枝は迷う素振りもなく進んでいく。

 やがて、一行は開けた場所に出た。そこは山の中腹にぽっかりと空いた平地で、辺り一面に雪が積もっているためか、空気はひんやりとしている。


「さて、皆さん。まずは準備をしましょう」


 春枝はそう言うと、ふところから小さな袋を取り出した。中には白い粉が入っているようだ。


「この『きよめの塩』を体に振りかけ、身を清めてください」


 春枝の言葉に、大地たちはそれぞれ塩を手に取る。そしてそれを体全体に振りかけた。すると不思議なことに、彼らの中からすっと寒気が消えたような感覚があった。


「これで準備は整いました。それでは始めましょう」


 春枝がそう言って手をかざすと、周囲の空気が一変した。まるで空気の流れが変わったかのように、周囲の木々がざわめき始める。


「皆さん、気をつけてください」


 春枝の口調が真剣なものに変わる。そして次の瞬間、大地たちの目の前に、黒いもやのようなものが現れた。それは徐々に大きくなり、やがて分裂し始める。それらは四方へ散っていくと、その一つ一つが様々に形を変え始めた。黒いきりのようなもの、腐敗した生物のようなもの、獣のような形をしたもの、あるいは人の形をしたもの。形は違えど、そのどれもが悪意に満ちていた。


「出たな、病魔ども……!」


 芹田が身構えながら叫ぶ。その隣では、奈沙もまた険しい表情を浮かべていた。


「さあ、皆さん。それぞれ配置についてください」


 春枝の指示に従い、大地たちは配置につく。彼らはそれぞれ東西南北の方角に立つと、それぞれの道具を構えた。


「それでは、儀式を始めます。皆さん……ご武運を!」


 春枝の言葉を合図に、大地たちは一斉に動き出した。

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