若草の護り手たち

夜桜くらは

第一話 護り手は集う

 正月明け。新春ムードが薄まって、通常運行に戻りつつある頃。

 閑散とした、しかしどこか穏やかな雰囲気の旅館街。その道を、一人の青年が歩いていた。

 動きやすそうなダウンジャケットにジーンズ、スニーカーというラフな出で立ちで、大きめのリュックを背負っている。


「ふう、やっぱ遠いな……」


 旅行者というよりは地元民のような雰囲気の青年は、そう呟きつつ額の汗を拭う。

 彼の名前は、鈴城すずしろ 大地だいち。この温泉街のある、七守町ななもりまちに住む高校二年生だ。


「さてと、そろそろか……」


 ポケットからスマホを取り出し、時間を確認する大地。約束の時間まで、あと三十分ほどだった。


「ちょっと早く来すぎたかな……。まあいいか」


 大地は一人呟くと、再び歩き出した。そして十分ほど歩き、目的地である旅館に辿り着く。

若菜屋わかなや』と看板がかかげられたその旅館は、年季を感じさせる落ち着いたたたずまいをしている。

 大地はその玄関に足を踏み入れ、フロントの女性従業員に話しかけた。


「あの、すいません」

「いらっしゃいませ、ようこそ若菜屋へ。本日はご宿泊ですか?」

「あ、いえ。ちょっと人と会う約束をしてまして……。えーと、名前は『御形ごぎょう』さんという方です」


 大地が名前を伝えると、女性従業員は「ああ」とうなづいた。


「鈴城様ですね。お待ちしておりました。すぐにご案内いたします」

「あ、はい。お願いします」


 それから大地は女性従業員の先導に従って、旅館の長い廊下を渡っていく。

 そして、とある部屋の前まで案内されたところで、彼女が振り返った。


「こちらでございます。既にお客様がお見えになっておりますので、どうぞお入りください」

「はい、分かりました」


 女性従業員が去っていくのを見送った後、大地はふすまに手をかけた。


「失礼します」


 大地が入室すると、中にいた二人の男女がこちらを向いた。


「お、鈴城君やないか。久しぶりやな」


 最初に大地に声をかけたのは、男性の方だった。年齢は三十前後だろうか、少し癖のある黒茶の髪と、ツリ目がちの瞳。人懐っこそうな雰囲気をまとう彼は、大地に向かってひらひらと手を振る。


「お久しぶりです、芹田せりたさん」

「おう。……またデカなったんとちゃうか?」

「そうすか……? ちょっと背が伸びただけですよ」

「せやろか。なんや、一年前より大人びた気ぃするけどなあ」


 芹田と呼ばれた男性……芹田 清治せいじは、そう言ってカラカラと笑う。


「大地くん、久しぶりね〜!」


 続いて大地に声をかけたのは、芹田の隣に座っていた女性だ。年齢は芹田と同年代くらいだろうか。ゆるくウェーブのかかった栗色のセミロングの髪と、たれ気味の目元が印象的な彼女は、大地へパッと笑顔を向けた。


「お久しぶりです、若木わかぎさん」

「あ〜っ、またそんな他人行儀な呼び方する〜! 名前で呼んでって、前も言ったでしょ〜?」

「い、いや、それはちょっと……」

「ほら、『奈沙なずなちゃん』って呼んでみてよ、大地く〜ん?」

「ほ、ほんと勘弁してください……」


 悪戯いたずらっぽく笑う女性……若木 奈沙に迫られ、大地は困り顔で後ずさる。助け舟を出そうかと芹田が口を開きかけたその時、部屋の襖が開き、一人の女性が顔をのぞかせた。


「失礼しま……」

「あっ、鈴菜すずなちゃんだ! やっほ〜!」


 大地に詰め寄っていた奈沙は、勢いよくその身をひるがえす。そしてそのまま、鈴菜と呼ばれた女性の元へと駆け寄り、その両手をとった。


「久しぶりね〜! 元気にしてた?」

「あ、はい。おかげさまで……」


 奈沙の勢いにやや押されながら、女性……草本くさもと 鈴菜は頷く。艶のある黒髪をポニーテールにまとめた彼女は、涼やかな目元が印象的だった。


「鈴菜ちゃん、また綺麗になったんじゃない?」

「いえ、そんな……」

「もう、謙遜けんそんしなくてもいいのに〜。ねえ、大地くん?」

「えっ……俺っすか?」

「そうよ、大地くんよ。ねえ、そう思わない?」

「え、ええ……まあ……」

「まあまあ、その辺にしいや。だいたい鈴城君と草本ちゃんは同じ学校に通っとんのやろ? なら、よう知っとるはずやないか」


 芹田がそうさとすと、奈沙は「そうだった」と舌を出し、鈴菜の手を離した。


「ごめんね〜、二人とも。私ったらつい嬉しくって……」

「いえ……大丈夫です」

「は、はい。私も……」


 大地は苦笑しながら、鈴菜はおずおずと頷く。奈沙はそんな二人を見て、「やっぱり堅いよ〜」と笑う。


「さて、後は……」


 芹田が部屋を見回していると、その外から何やら声が聞こえてきた。


『あ、もう来てるよ! お父さん、それじゃ後でね!』

『ああ、しっかりな』

『はーい!』


 足音と共に近づいてくる声。そして、勢いよく襖が開かれた。


「皆さん、あけおめです!」


 そう言って部屋に入ってきたのは、一人の少女だった。年齢は大地よりも下、中学一年生くらいに見える。ショートボブの黒髪に、ぱっちりとした大きな瞳。どこか小動物的な雰囲気を纏う彼女は、大地たちの顔を見回すと、嬉しそうに笑った。


「お、来たか。おめでとさん」

「あけましておめでとう」

「あけましておめでとうございます」


 芹田、大地、鈴菜の三人がそれぞれ新年の挨拶を口にする。そして最後に奈沙が、少女……蓬野よもぎの 葉子ようこに声をかける。


「葉子ちゃん、元気だった?」

「はい! 奈沙ちゃん、久しぶりです!」

「あ〜ん、葉子ちゃんだけよ〜。私のことそう呼んでくれるの〜」

「きゃ〜っ! 奈沙ちゃん、くすぐったいよ〜!」


 奈沙は葉子に抱きつくと、そのまま頬擦りを始めた。そんな二人の様子を、芹田はどこか呆れた様子で眺めている。


「やれやれ、相変わらずやなあ……」

「はは……。でもまあ、若木さんらしいですよ」


 芹田のぼやきに大地が答えると、芹田は「確かになあ」と笑った。

 それから数分後。葉子が奈沙の抱擁ほうようから解放されたところで、芹田が口を開いた。


「さて……皆そろったことやし、そろそろ挨拶に行こか」

「そうですね」


 芹田の言葉に、大地が頷く。そして彼らは部屋を出た。

 旅館の廊下を歩くこと数分。一行はある部屋の前で立ち止まった。部屋の前に置かれた看板には、『若菜の間』と書かれている。


「あ、ここやな。……失礼します、芹田です。御形さん、いらっしゃいますか?」


 芹田が襖越しに声をかけると、すぐに「はい」と返事があった。


「こっちは五人とも揃っとります。入ってもええですか?」

「もちろんです。どうぞお入りください」


 襖を開き、部屋に入る五人。中は広々とした和室で、中央には大きな座卓が据えられていた。そして、その座卓のかたわらに、一人の老齢の女性が座っている。


「皆さん、よくお越しくださいました」


 女性は穏やかな声でそう言うと、座ったまま頭を下げた。年の頃は六十代半ばくらいだろうか。白髪しらが混じりの髪を綺麗に纏め、上品に着物を着こなした彼女は、大地たちに柔らかな笑みを向けた。


「御形さん、あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします」


 芹田が代表して挨拶を返す。他の四人もそれに続いた。


「ええ、こちらこそ。今年もよろしくお願いしますね」


 女性……御形 春枝はるえはそう答えると、「どうぞお座りください」と座卓の方に手をやった。

 五人はそれぞれ、春枝に向かい合うように腰を下ろす。そして全員が座ったのを確認した後、春枝は部屋の外へと呼びかけた。


「……田平たひら、あなたもお入りなさい」

「はい、ただいま」


 春枝の声に応じて入ってきたのは、作務衣姿の一人の男性だった。年齢は五十代くらいだろうか。ふくよかな体型に、柔和な笑みを浮かべた男性……田平 法之助ほうのすけは、「失礼いたします」と会釈をし、大地たちの元へやってくる。


「皆さん、あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします」


 そう言って頭を下げる田平に、大地たちも挨拶を返す。それから田平は春枝の隣に座った。


「改めまして皆さん、あけましておめでとうございます。今年もこうして皆さんと新年を迎えられ、私としても嬉しく思います」


 春枝はそう言うと、静かに微笑んだ。その笑みにつられるようにして、五人も表情を緩める。


「さて、挨拶も済んだところで……早速ですが、本題に入りましょうか」


 笑みを収めた春枝がそう言うと、五人の表情が真剣なものに変わった。


「本日お集まりいただいたのは、他でもありません。今年の『儀式』についてのお話です」


 その言葉に、部屋の空気が張り詰めたものになる。大地たち五人は、無言のまま次に続く言葉を待った。


「昨年行った『病魔びょうまを晴らす』によって、病魔は一時的に退けられました。しかし、完全に消滅したわけではありません」


 春枝の言葉に全員が頷く。それは大地たちにとっても周知のことだった。


「せやな。去年の末あたりから、また疫病が流行り出しとる。……奴らがまた、力をつけ始めた証拠や」

「まったくよ。毎年毎年、本当にしつこいんだから……」


 芹田と奈沙が口々に言う。その口調には怒りの色が含まれていた。


「ええ、その通りです。病魔はこれからも再び勢力を拡大させるでしょう」


 春枝はそう言うと、五人の顔を見回すように視線を巡らせた。そして、ゆっくりと口を開く。


「そこで、皆さんには改めてお願いしたいのです。……今年も、私どもと儀式をり行ってはいただけないでしょうか」


 春枝の言葉に、五人は顔を見合わせる。そして全員が頷き合うと、芹田が口を開いた。


「もちろんや。そのために俺らも来たんやからな」

「はい、喜んでやらせていただきます」


 芹田に続いて大地がそう言うと、他の三人もそれに続いて頷く。春枝はそんな五人の顔を見回すと、安心したように微笑んだ。


「……ありがとうございます。そう言っていただけて、本当に安心しました」

「そんな大層なことやないですよ。なあ?」


 芹田が大地たちに視線を向けると、彼らは揃って頷く。それを見た春枝は、さらに表情をほころばせた。


「……それでは、早速準備に取り掛かりましょうか。みなさん、ご協力をお願いいたします」


 春枝の言葉に、五人は力強く頷いた。そして彼らは立ち上がり、部屋を後にするのだった。

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