第32話:其の名は――無限
それが戦士であるはず。彼らは隠さない。隠す意味がない。
隠すのは、
「ふい~、ようやっと温まってきたのォ。セリュには感謝せねばならぬな。よォ、あのガラクタをここまで仕上げた。おかげで、気分がアガるのォ!」
自分たちのような者のやることである。
「久方ぶりじゃ。嗚呼、いつぶりかのぉ。本気で、心行くまで剣を振るったのは。結界使いはありがたい。おかげで、周りに気遣う必要がないしの」
「……」
無尽蔵のエネルギーによる無限の兵士たち。完成した至高の結界を、眼前の男は試し切りの相手、好き放題暴れられる場所としか思っていない。
「これがわしじゃよ、蛇よ。ぬしには理解できまい。ぬしとわしは違う。わしらとぬしらは違うのじゃ!」
「……調子に、乗るな!」
無限の兵士がクソの役にも立たないのはわかった。
ならば、無尽蔵を無限に、自分に集約する。圧倒的な力で打ち滅ぼす。
その眼を、その言葉を、自分に向けたことを後悔させてやる。その壁は超えたのだ。この力を得た時点で。
「何怒っとるんじゃ?」
「僕を舐めるな。僕を侮るな。僕を、認めさせてやる!」
「……?」
人の形を捨て、無数の頭を持つ蛇と化すエイン、インガルナ、弱き過去と決別し、超越した無敵の魔族。
それがアハトへ襲い来る。
「二の太刀・残空。かかれィ!」
「!?」
それを迎撃するは、すでに雑兵掃除の際にばら撒いていた斬撃であった。
残した刃が微塵に断つ。
が、
「残念でしたァ!」
その程度で滅ぶ身体ではない。
幾度切られようが、どれだけ断たれようが、『エリン』を内包する自分にとってはかすり傷にもならない。全てが元通りとなる。
「なんも残念じゃないわい。何度切ってもええなら、お得じゃろうが」
「強がるなよ、人間!」
「まだわからんか……ぬしの眼にはわしが人間に映っとるんか? 節穴か? そろそろ理解せえ。わしらは戦いが好きじゃ。強者と競い合うのが好きじゃ。殺し合うのが好きじゃ。闘争が、戦争そのものが好きなんじゃ。その途上で果てるもよし。存分に戦い、存分に暴れ、駆け抜けられたならそれこそ本望ッ!」
踊るように切り裂き、幾度再生しようとも幾度も断ち切られる。
剣はなお冴え、むしろその切れ味を増すばかり。
笑みは深まり、もはや人の貌には見えない。
「それが鬼じゃア!」
何故まだ恐れが溢れる。何故、拭えない。
「鬼とは生き方、在り様なのだ。人種、種族、関係ない! 斬る快楽に、闘争の愉悦に、心囚われて離れられぬ。拭えぬ業を背負い、剣を、牙を振り回す者こそが鬼である。ぬしは違う。わしらは戦いたいから力を欲する。戦いそのものを愛しておる。それゆえ、営みの中に居場所もない。平和の世に立つ瀬がない」
何故そちら側の者が、そんな貌をするのだ。
「ぬしらが羨ましい。ずっと、そちら側に焦がれとった。じゃが、時折ふと、何かを切りたい欲求が溢れ出る。身体が反射で動き出しそうになる。加減も難しい。しかも、この手は血濡れとる。べっとりと、拭い難く……新たな人生を得て、学び舎に通おうとも、どれだけ自らを律しようと、根は鬼のまま」
何故そんな眼を――
「鬼などつまらぬよ。頂点には……何もなかった」
乾いた、老いた、全てを悟り絶望した者の貌。
武もそう。どれだけ才能があろうとも、あの二人のように経験を積み、場数を踏まねば、『エリン』を得る前の自分にすら及ばない。そうなのだ、そもそもがあの歳で彼は強過ぎる。武が熟し過ぎている。
才能では片付けられない。
さらに鬼の一面をあらわにした今、其処に立つは実年齢はともかく自分よりも遥かに世を知り、積み重ねた者のそれ。
「……誰だ、君は」
今一度、超越者エインは問う。
「ただの鬼じゃが、まあええ。例え探りであったとしても、わしはあの言葉に救われた。本当は同類以外、名乗る気はないんじゃがな」
アハトは、否、
「此処とは異なる世界にて、ただひたすらに鬼を斬ること80年余り。何も生まず、何も成せず、鬼を斬りて鬼となり、その果てに無双へ至る」
その一匹の鬼、在り様を名乗るのならば正しくはこちら、
「鬼切、無限じゃ」
名をただ無限と呼ぶ。元々は名無し、自らが殺した友より名をもらい幾星霜、数え切れぬほどの鬼を斬り、自らもまた鬼として生きた。
彼の不幸は一つ、いずれは滅ぶ生き方でありながら、強過ぎたから死ねなかった。誰も殺せなかった。時以外、誰も彼を阻めなかった。
「信じられぬのなら笑い飛ばせ。わしもそうしとる」
母にのみ伝えた真実。
誰もが信じられぬそれを信じてもらおうとは思っていない。
だが――
「……アハト・オーテヤーデの年齢は、今年で十三。そうか、そういう、ことか。はは、儀式、成功してんじゃねえか!」
エインは信じた。信じるに足る情報を持っていたから。
「……何の話じゃ?」
何という因果か。
友が古の文献より掘り起こし、それを磨き上げた儀式、魔界転生(まかいてんしょう)。冥府の底より最強の魂を引き寄せ、それを生贄の身体へ転生させるもの。
儀式は成功した。だが、何故かはわからないが魂はアハトの肉体に引っ張られ、友は成功を観測できぬまま今日に至る。失敗と認識して。
それでも彼が、アハトの肉体に定着した無限が、自らの欲望に忠実な戦士であればもっと早く気づくことが出来た。
しかし彼は鬼の生き方の果てに辿り着き、その空虚さに絶望していた。日々の瞑想により己を律する術も会得していた。
ゆえ、誰も気づけなかった。
そして、
(僕が、彼をファリアスへ引き寄せた。あの時、何故僕は採点を甘くした。加点してしまった。それさえなければ、彼は此処にいなかった)
エインが彼をこちらへ呼び寄せた。
加点し、作文の講評を他の先生と行っている時にも、彼の実直な文面を称え、具体性に欠けると言った先生を退け、通した。
教師として面白そう、と思ってしまったから。
因果である。
その結果、
「だからどうした! 僕は依然として無敵だ! 君の力は認めよう。防壁が意味をなさぬ剣に、底知れぬ気力、体力、素晴らしい! だが、それでも有限だ。今の僕は無限、敵が有限である限り、必ず僕が勝利する。必ずだ!」
最大の敵を招いてしまった。
されど、変わらない。『エリン』を手にした時点で、先代魔王だろうが七大貴族だろうが、英雄ミーシャであろうが関係ない。
自分が最強で、無敵なのだから。
巨大で、無尽蔵の蛇が結界中をのたうち回る。この世界そのものが自分であり、自分が死なぬ限り結界は消えない。結界を切ろうとも、自分同様再生する。
無限対有限、勝負は端からついている。
「すまぬのぉ。実は、ぬしと似た手合いとはすでに交戦したことがある。そして、わしは生きて、天寿を全うした。つまり、わしが勝ったと言うことじゃ」
「ハハ、どうやってだァ?」
「今、見せよう」
アハトは先ほどまでとは打って変わり、ゆったりと、音もなく気配もなく剣を下段へ垂らす。厳かな立ち姿である。
時が止まって見えた。
全てが静止している。自分すら。
「わしの剣は十ある。様々な体験に基づき、あれやこれやで編み出した。最後は万能の力を持つ神を自称する輩と戦い、難儀したわしはこれを捻り出した」
男の言葉だけが響く。
「一より始まり十に終わる。結局、其処がわしの到達点であった。ただ、斬ることしか出来なかった己を恥じる。万物を、万象を斬って何になる。何も生み出せず、ただひたすらに相手を断つのみ。空虚である」
ゆらりと円を描く。
下段より中段、中段より上段、そこからまた降る。
真円を描きて、閉じる。
「十にて終、終の太刀――無限」
それは自分の名を冠した無の太刀であった。
振らず、斬らず、終わらせる。
十までしか数えられなかった男の十番目、その名を無限。
「終わりじゃ」
男の剣が砕け散る。
振っていないのに、斬っていないのに、何かに耐え切れず。
「……?」
しかし、何も起きない。当たり前である。剣を振ってすらいないのだ。斬られていないのだ。だから、何も起きるはずもない。
ピシ。
何も起きるはずがないのだ。
「最後の最後のくだらぬまじないか。どうやら君は紛い物だったようだ。杞憂だったよ。君の相手をする傍ら、無限である僕は外にも進出しよう。同時に世界を征服する。魔王にも、英雄にも、僕の歩みは止められない」
「無理じゃ」
「ほざけ。僕の覇道は、ここより始まる!」
無手となった男へ向けて、エインは攻撃を加えようとする。牙で仕留めようか、それとも尾を叩きつけようか、そう考える。
考える。動こうとする。
でも、動けない。身体に意思が反映されない。
まるで、死体のように。
「なんだ、これ?」
死の気配を察した瞬間、全身に切り傷が奔る。斬られていないのに、傷が無数に全身を駆け回るのだ。
その上、動けない。
だけど、痛みは続く、連なる。
何故なら、傷が再生し続けるから。
(どれだけ再生しても、傷が新たに刻まれる!? くそ、痛みは消しているはずなのに、傷と再生速度に意識が追い付かないせいで、痛みも――)
無限の再生対無限の斬撃。
斬撃と言う概念の付与、上書き。
もはや理、『剣の理』としか言えぬ最強の剣。
「斬るだけしか出来ぬ。それを到達点とは思いたくないが、身の丈を超えた十一はただの紛い物であった。ぬしの言う通りじゃ、わしは紛い物なのじゃろう」
「と、止まれ! 止めてくれ!」
「無理じゃ。言ったじゃろ? 斬るだけしか出来ぬ、と」
「……っ」
振るった剣は、付けた傷は消えない。一度振り下ろしたが最後、その刃は相手を傷つける。その理の具象化が無限である。
「た、頼む! 何でもする!? この力があれば、なんでもできる! 世界を支配することもできるんだ!」
「支配に興味はない。それに、何度も言うがわしにもどうしようもない。もう刃は振り下ろされた。ぬしに出来るのは、無限を味わい続けるか、諦めるかじゃ」
「そ、そんな」
器を広げ過ぎた。痛みが止まらない。手の施しようがない。制御できない。
「蛇の生き方をしとれば、ぬしは尊敬されたはずじゃ。相手の機微を探り、欲しい言葉を、答えを、助言を授ける。教師が向いとったよ、ぬしは」
「あああああああああああ!」
「鬼の道を選び、わしの前に立った。選ぶ道を間違えたのじゃ。わしに限らず、鬼とはそういうもの。より強き者と出会い、殺し合い、いずれ死ぬ。最も強き者が生き残るも、今世にはわしがおる。残念じゃが……鬼の生き方は出来んし、許さぬ。この身体を授けてくれた者の願いがあるでな。返さねばならぬ恩も山積みじゃ」
恩返し。
それゆえ、由縁なくとも自らを律することの出来ぬ鬼は切る。
由縁あればなおのこと。
「では、さらばじゃ」
「ま、待て、助けてくれ。もう限界――」
「もう死んどる。観念せえ」
「あっ」
無限の刃による確定された死。
それによりもたらされる無限の苦しみは無限の再生を得たことによる弊害。エインは永劫の痛みの中、まず精神が砕けた。
その時、思い至る。
そうか、違うのは力の差ではなく、生き方の差、性質の違い、それだけであったのだと。差別意識ではなくただの区別で、助言だったのだ。
違うのだから、己が道を行け、と。
それを理解した瞬間、エインは完全に諦めた。
同時に、
「……南無阿弥陀仏」
天へ手を伸ばした白き蛇は滅び、結んだ世界もまた滅びの時を迎える。
アハトは振り返ることなく、ただ道を間違えた者の死を悼む。くだらぬ道に焦がれねば、きっと良い人生を送ることが出来たはず。
選んだのは彼。他者へ牙を剥き、鬼となったのもまた彼が選んだ道。
虚しい結末だと思い、アハトはその場から姿を消す。
「……」
残ったのは煌々と輝く『エリン』のみ。
その現場へ辿り着いた者たちは疑問しか残らなかった。一部の、彼を知る者たち以外は。そうして事件は謎のまま終結を迎えた。
エイン・ガーナという一人の教師を失って。
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