第30話:わしが来た

「人ン家の庭で何してんだゴラァ!」

「人間風情がァ!」

 セスランスの話を聞き、即座に踵を返して都市へ戻った戦士たちは翻弄されたことを悔やみながらも、自らの役割を果たさんと舞い踊る。

 確かに魔族は強い。魔獣も強い。

 しかして、

「会長が……増援を!」

「不要だ」

「しかし!」

「あの人は劣勢じゃないと力を出せない。あの程度の相手なら勝つ」

「へ?」

 高等部二年にして副会長を務める男が冷静に言い切った。そう言えば同期の三年は誰一人、会長を助けようともしていない。

「二年は一年との連携を密に。成績上位者はそのまま部隊長を務め、三人一組で敵に当たれ。遊撃は俺たち、生徒会が務める」

「了解!」

 紫電一閃。

「あ?」

「一つ」

 仕上がった会長すら超えている、と噂される高等部生徒会副会長、その眼はただ敵を見据え、セスランスに比肩する戦速で戦場を駆け回る。

「二つ、三つ」

「す、すげえ。的確に魔獣を率いる魔族を、頭から潰している」

 学外の者ほど戦慄するファリアス高等部生徒会の単騎戦力の信じ難い強さ。高等部まで上がり、プロと共に研鑽を積み始めた彼らはもう大人と同等である。

 否、いずれは英傑、そういうとびっきりの人材が世界中から集まり、セスランスらによって磨き抜かれているのだ。

「副会長、病院が」

「俺が……ん?」

 急行する、そう言おうとしたところ、病院を襲った魔族が炎上し、落ちていく。プロと学生の混成部隊は現在、都市の四隅から掃除を始めており、あちらのケアはしていなかったはず。統率されていない戦力がいる。

 それも、

「……ゴールド?」

「知人?」

「……はい。でも、卒業試験よりもずっと動けている。なんで?」

 問題児ながら一応身内。

 少しだけ視線を送り、

「中位、ぐらい?」

「最下位、のはずですが」

「へえ。なら、本番に強い性質だ。任せていい」

「……はい」

 副会長は増援不要と判断する。冷徹に、冷静に、使える駒だと実力を見抜く。普段を知る者にとっては不安しかないが、事実また敵が炎に飲まれて落ちている。

 本当にあのライト・ゴールドが戦えているのだ。

「兄貴からの頼まれごとなんでなァ! 死んでも通さねェよ!」

 輸送の間に合わなかった昏睡者が収容されている病院を縦横無尽に駆け回り、高等部一年最下位、ライト・ゴールドが炎と共に槍を旋回させる。

 実戦は怖い。気圧される。

 だけど、笑う。

「来いやァ!」

 弱い心を、逃げたくなる想いを、ぐっと踏みつけて無理やり笑みを浮かべながら駆ける。窮地にこそ笑え、笑えば脱力が使える。

 槍が冴える。動ける。

 やれる、その自信がさらに足を前へと進めてくれる。

 約束を果たす、この命に代えても。


      ○


 都市全域で乱戦が繰り広げられている中、

「……ハァ、ハァ」

「くそ、くそ、こんなに、僕は無力なのかよ」

 超越者となった男が構築した結界、閉じた世界の中でリーベルとクーは必死に抗いながらも無力感を噛みしめていた。

 幻術自体はセスランスに解いてもらい、身体はしっかりと動く。戦える。だけど、そもそもが力不足なのだ。ああなる前のエイン相手にも及ばなかった。

 一蹴された。

 もはや、この世界に顕現している醜悪なる獣が、触手が、地獄のような景色の一つ一つがエイン単体よりも戦闘力は上。

 知恵で翻弄されぬ分、エインよりはやり合える。

 しかし、それだけ。

 相手は無尽蔵に湧き出し、絶え間なく襲い来るのだ。

 そして、


「……」


 そんな中で最も疲弊し、今にも意識を失いそうなのがセスランスであった。二人の不足を補いながら、幾度となく果敢に攻め立てるも防壁に傷一つ与えられない。今となっては防戦一方、それすら容易くない。

 最初の一撃以降、触れられもしない超越者は自らが作り出した触手の如き蛇を編み込み、組み上げた玉座に腰掛け、手も足も出ない彼らを睥睨する。

 指一本、振るう必要もない。

 ただ、自らの心臓と結びついた『エリン』がもたらす無尽蔵の力を供給し、無限の雑兵を繰り出すだけで勝てる。

 命令は一つ、リーベルとクーを狙え。

 あえてセスランスを狙わせずに、彼に二人を守らせる。それが最もあの男を削る方法であるから。必死に守っている。必死に足掻いている。

 されど、消耗していくだけ。

「残念だよ、セスランス」

 志は異なれど、共に都市を創り上げてこれまでやってきた日々に、楽しみを見出していなかったわけではない。それより強い願いがあり、そちらを取っただけ。

 だから、自分はきっとインガルナと名乗るよりもエインの方が近いのだろう。それゆえに今、自分は擬態の方に近い形となっているのかもしれない。

 手は緩めない。

 最後までしっかりと詰み切る。

 終わりまで――

「先生!」

 攻撃を受け、本能で返し敵を打ち倒しながらも、ぐらり、と揺らぐセスランス。鉄の精神力で持たしてきた、それが途切れる。

 走るは走馬灯、

『貴様が生きるべきだった! 貴様には家族を守り、育む責務があったはずだ! 何故俺を守った!? 力もないのに、ただの医者なのに、何故、前に出た!?』

『家族を、守るため、だよ。僕より君の方が、守ることが、できるだろ?』

『ッ⁉』

『それに、僕は医者、だからね』

 憎き恋敵、そして無二の友となったアハトの父、アインとの会話を思い出す。

『すまなかった。守るべき私が守られ、私のせいでアインは命を落とした』

『セっちゃんはよく頑張った』

 憎まれたなら、なじられたなら、どれだけ楽であったか。

『二人を守ってくれ、と言われた。だから――』

『駄目。この子は私一人で充分、セっちゃんの力はもっと多くの人に使って。もう、その遺言は果たされたの。だって、戦争は終わったでしょう?』

 慰めねばならぬ自分が慰められている。本当に、あの二人はお似合いで、強かった。ただ力ばかりを追い求め、自己研鑽に明け暮れていたかつての自分を哂う。

 得た強さの、なんと薄っぺらなことかと。

 だから教師の道を選んだ。あの頃の自分に一番向いていない道を。今も責務を果たせているとは言い難い。毎年卒業を見送りながら、どうしても戦いが生業ゆえに至らず命を落とす元学生を想うと、もっと出来たのではないかと悩み、悔やむ。

 まだ足りない。

「ああああ」

 守るのだ。約束を。遺言を。

「ああああああああああああああ!」

 戦争の終結が、平和が二人を守ると言うのなら恒久的に守り抜いて見せる。この都市を守る。身命を賭しても。

 ゆえに、

「本当に、見事だよ。セスランス・アリファーン」

 意識を欠いてなお、セスランスは二人を守り、戦い続ける。血にまみれ、血と涎を吐き出しながら、ただひたすらに敵を討つ。

 これが自らの使命なのだと体現するように。

「信頼が揺らがないはずだよ。僕とは気骨が違う。きっと今の君は、戦争終結の立役者として、英傑と謳われた十二年前よりも強いのだろうね」

 小賢しい策を通さぬ不器用なる男の気骨。

 それをエインは称賛しながらも、その一方で終わりを感じていた。少し、ほんの少しばかり虚しいと思う自分がいる。

「……」

 それは何故だろうか、そんなことを考えていると――


「七の太刀・辻斬」


 突如、世界の天井が十字に裂けた。

「……は?」

 結した世界である。しかも、今の自分が結んだ、構築した世界なのだ。外部の干渉などありえない。ありえるはずもない。

 だけど、

「辻とは道じゃア。押し通るぞォ!」

 世界を断ち切り、その男は天頂より結界の中へ降り立った。

 翡翠の髪がたなびく。

「……誰だ、君は」

 蒼き眼が爛々と輝く。

 もちろん、彼の名は知っている。何せ自分の受け持つ学生である。だが、その立ち姿は知らない。その雰囲気は知らない。

 その眼を、知らない。

 あの時、確認したはずなのだ。話を聞きながら、相手の眼を見て探りを入れた。ただの風変わりな学生、そう見抜いたはずだった。

 戦士の気配などなかった。微塵も。

「ぬしこそ誰じゃい。妙な恰好しよって……流行っとるんか?」

 彼なのだ。でも、重ならない。

 むしろ、自分が焦がれた者たちと重なる。否、それ以上の――

「……アハト」

「む。よー戦ったのぉ。待たせてすまぬ」

 男は二人の頭をポンと撫で、意識を欠きながらも戦い続けていたセスランスにも一瞥を送る。もう、何の問題もない、と。

「もう大丈夫じゃ」

 張り詰めていた糸が切れたように倒れ込むセスランスを受け止め、ゆっくりと丁重に、死に物狂いで守り抜いた戦士への敬意と共に寝かせた。

 そして――


「あとはわしがやる」


 最強が立つ。

 アハト・オーテヤーデ、推参。

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