第29話:お誕生日おめでとう!

 王樹リアと接続した『エリン』を守る防壁、他ならぬ自身が考案し、実装したそれはまさに不落の盾である。魔王や七大貴族の力を良く知る彼だからこそ、彼らに出し抜かれぬために自分すら手出しできぬ最強の盾を用意する必要があった。セキュリティに自分だけが知る穴を空けておくことも考えたが、魔族の中でも魔術の巧者なれどトップではない。自分に出来ることは他の者にも可能。

 ゆえ、全てを注ぎ確立したのだ。

 単独では魔王とてこじ開けられぬ防壁を。誰もが手出しできずに、それゆえに誰もがこのファリアスに預けると納得できる代物を。

 そのおかげで十二年、この『エリン』は此処にあった。

 そして今日、


「単独では破れぬ最強の盾、なれば集の力で破るのみ!」


 自らの考案した不落は落ちる。

 これまた自らが考案した集積魔術、螺旋の大槍によって。

 すでに誰かが手を回したか、都市の外へ運び出されている昏睡者もいるが、距離など関係がない。それもまたブラフである。

 『エリン』の未使用回線を独自につなげているのだ。たとえ世界の果てに運び出そうとも、繋がりが消えぬ限り効果は十全に発揮される。

 隙は無い。

 そんなものはこの十二年、否、それよりも遥か前から思案してきたのだ。どうすればあの壁を越えられるか、どうすればかの王に認められるか。

 最強の戦士になりたかった。

 偉大な魔族になりたかった。

 至高の七席、七大貴族になりたかった。

 今宵、全てがかなう。

 否、それ以上、今宵己は王、それもまた否、神となるのだ。

「接続、完了。術式、展開ッ!」

 高揚が止まらない。塵も積もれば山となる、徐々に徴収した魔力にて編み込まれていく大槍は、壮大であり壮麗でもあった。

 強く、美しい。

「嗚呼」

 様々な色が混ざり合い、虹の如き輝きを得る。

「……ぐっ」

 それをただ漫然と眺めながら、リーベルらは意思の通わぬ四肢に、五体に動け動けと念じる。が、それらはピクリともしない。

 セスランスすら翻弄した血によって動きを封じられたクー同様、リーベルもまた殴られた際に同様の術を叩き込まれていたのだ。

 例え、起き上がったとしてサシでは勝負にもならない。

 相手はその辺の魔獣ではない。魔王軍でも限りある席次である少将であった男。格上なのだ、絶対的な差が其処にある。

 それでも諦めるわけにはいかない。

 投げ出すわけにもいかない。

 何とか止めねば、そう思い足掻くも無情なる魔術は彼らを縛り続ける。

「……誰、か」

 絞り出した言葉。されど、この前に試していた人払いは、あの事件同様機能し続けている。よしんば誰か来たとて、誰が彼を止められると言うのか。

 リーベルの、そしてクーの脳裏には一人浮かぶ。

 だけど、所詮は学生。同世代の彼がいかに強かろうとも、あの男には届かないかもしれない。

 そして今、


「完成だ」


 集積魔術、螺旋の大槍が完成した。

 数多の人と結ばれ、紡がれた大槍は王樹を、そしてその奥に設けられた防壁を破らんと動き出した。

 誰か――


「エインンッ!」


 が来た。

「「先生!」」

「……はは、本当に人間かァ?」

 最強の炎術師、セスランス・アリファーンが再び戦場へ現れた。炎の羽を広げ、人間が空を駆けてきたのだ。

 十二分に時間を稼ぎ、距離も取った。

 それが詰め寄せられる。

「全てを貫けェ!」

 事前に展開していたクワルナフの槍、それを投擲仕様に変形されたクワルナフの飛槍は万象を焼き貫く。

 狙いは当然、螺旋の大槍。

 正面から打ち破れずとも、横っ腹をぶち破ることはできる。多くの人を巻き込んだ大槍に及ばずとも、この炎槍もまた尋常にあらず。

 だが――


「残ッ念!」


 大槍と飛槍、その間にインガルナが飛び出して来た。如何なる術理をも寄せ付けぬ、この場最強の単独戦力が放つ、必殺の槍を、

「馬鹿な!?」

 その身で受け止める。

 当然、腹は刹那で焼き尽くされ、柄を握る手もまた押さえつけた端から焼け溶けていく。致命傷である。幻術ではセスランスの攻撃は止められない。

 だから、あれは実体である。

「……何故?」

「ったく、脱皮したてで、繊細だってのによォ」

 本末転倒、自らが死んでは意味がない。

「じゃあね、セスランス先生ェ」

 落ちるインガルナ。

 そしてほぼ同時に、螺旋の大槍もまた全てを阻む防壁と衝突した。凄まじい衝撃波がこの場全体を襲う。

 セスランスはクーを抱き上げ、瞬時に移動してリーベルの前に炎の防壁を張る。さすがの早業、守らねばならぬほどの衝撃。

 その中心部近くともなれば、例え万全でもインガルナは耐えられないはず。

 その上、彼は致命傷を負っている。

 勝った、そのはず。

 だのに、

(……なんだ、この胸騒ぎは)

 そんな感じが全然しないのだ。

 むしろ、追い詰められているような、そんな感じすらある。

「……先生、申し訳ありません」

「いや、誰もが翻弄されていた。むしろ良く食い下がった」

 二人の若者の、辛酸をなめた表情を見てセスランスは笑みをこぼしそうになる。自分もそうだった。英雄と謳われるミーシャだってそう。

 誰もが最初に、どこかで、躓いて知るのだ。

 自らの未熟を。その悔しさが飛翔させてくれる。

「……全ては我々の、大人のせいだ」

 次があれば――


「ンハッピィィィイバァァスディィイイ! 僕!」


 だが。

 爆風の奥より、人に擬態していたエインとも白蛇の状態とも違う存在が現れた。額に輝くは自らに収納した『エリン』か。

 当然のようにセスランスが与えた傷はない。傷があった様子すらない。

「拍手は?」

「エイン!」

 瞬時に、消えるように動き出したセスランスは杖を呼び戻し、それを掴んでクワルナフの槍を再展開する。

 そのまま間を詰めて、突貫。

 しかし、

「……」

「無駄だよ。もう、君の攻撃は届かない」

 その槍は相手の腹を思い切りぶち抜いていた。

「……届いたが?」

 手応えがある。何なら先ほどよりも大きな手応え。

「……さ、さすがは最強の槍だ。まさか今の僕が貫かれるなんて……ちくしょう」

 棒読みの、舐め切ったインガルナの言葉にようやくセスランスは理解した。

 届いているようで届いていない。

「ちくしょーめー」

 刺している。貫いている。

 だけど、

「……制限は?」

「理論上、無限だ」

「……そうか」

 槍を引き抜き、その瞬間血が出ることもなく何事もなかったかのように再生する。完全再生、しかも制限がない。

 力の源が取り込んだ『エリン』で、無尽蔵の力が内包されているから。

「それでもやる気なんだ?」

「無論だ」

「はは、大した人間だよ、本当に。尊敬していたんだ、これは嘘じゃない」

「嫉妬も浮かべていた」

「そう。僕はいつもそう。尊敬した相手を嫉妬せずにはいられない。だから、君も騙されただろう? 机上の研究者が実践者へ持つ負の感情と思い、ね」

「……」

 まるきりの嘘は齟齬が出る。だが、嘘の中に真実が混ざると途端に何も見えなくなる。自分すら使い、全てを出し抜いた。

 そして、到達したのだ。

「では、始めよう」

 パン、と手を叩き、それを見てセスランスは身構えるが、

「なっ!?」

 変化が起きたのはこの場ではなかった。

 都市のいくつかに虹の輪が発生し、そこから魔獣を率いた魔族たちが現れる。

「政治的要素もブラフだと思った? 半分正解で、半分間違い。そいつらも当然、巻き込んでいるよ。ついでにね」

「貴様ァ!」

 セスランスの槍は、今度は防壁の前に阻まれる。

 誰も貫ける無敵の、最強の防壁。

「僕が全てを超越した日、記念すべき始まりの世界だ。ようこそ、我が掌中へ! 尊敬する君を、完膚なきまでに蹂躙しよう!」

 エインでも、インガルナでもない。


「魔境・大晩餐界!」


 超越者が世界を形成する。

「炎境・葬間!」

 セスランスがそれを阻もうとするが、何一つ抵抗することなく全ては超越者の世界に飲み込まれ、上書きされた。

「結界術への高等解法、相殺状態は互いの力量がそれなりに拮抗していないと発生しない。つまり、僕と君ではもう……起こりえないのさ」

「……」

 七大貴族とも一部交戦した。魔王とも対峙した。

 だが、これほどの絶望感は生まれて初めてである。

 それでも、

『二人を、頼むよ』

 セスランスには約束がある。幼馴染を奪った憎い恋敵であり、幼馴染から守ってほしいと頼まれた男との、命を賭して守らねばならないはずの男に守られた、その時に交わした約束があるのだ。

 だから、

「まだやるかい?」

「無論と、言ったぞ!」

「……そっか」

 セスランス・アリファーンは絶対に諦めない。この都市には命を賭して守らねばならない、二人の内一人がいるのだから。

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