第28話:狡猾なる策謀の白蛇
「こんなものか」
質より量をもって相手と戦う力なのだろうが、集団戦なら英雄ミーシャよりも強いと目される男にとって、有象無象が押し寄せようとも何の脅威にもならなかった。
奇襲で受けた傷が最初で最後のダメージ。
あとは無傷で圧倒する。
「……これで人間は嘘でしょ」
エインと名乗っていた魔族、インガルナはそのあまりの強さに顔を歪めていた。自分の結界が生み出した異形の怪物たちと共に攻め立てるも、攻防に隙が無く速い、英傑たる所以の戦闘力を示され、手も足も出ない。
これがセスランス・アリファーン。
これが英雄の右腕。
これが――
「……」
「ちくしょう!」
だが、ほんの少し、ほんの少しの違和感がセスランスにはあった。圧倒している。自陣に結界があり、相手の結界も苦手ではないタイプ。
負ける要素がない。
そう、試行錯誤してくる強敵ではあるが、あまりにも自分に負ける要素がなさすぎる、これが引っかかる点であった。
十年以上練り上げてきた策を急ぎ始めた理由もわからないが、これだけ遠大な計画を成し遂げようとしていた者が、最後の最後でこんな間違いをするか、と。
自分の実力、技は世界的にも有名であり、特に惜しむことなく学生に対し披露している。教師としての適性に欠ける自分にとって、学生を引っ張るには強さの証明が必要であったから、しっかりと見せてきた。
当然、実践のそれとは違うが、ある程度実力を推し量るだけの情報はあるはず。特に元魔王軍の少将なら、そこを大きく見誤ることなどない。
何かがおかしい。
「つ、強過ぎる!」
「……」
「あれ、どうしました? 何か、気づいちゃったァ?」
「……貴様」
演技。
十年以上、共に平和の象徴たるこの都市を、そして都市の礎となる人材育成を行ってきた同志である、とセスランスを謀ってきた。
優しく、皆から好かれる様を演じてきた。
今も――
「……あの時、か」
セスランスは唯一のダメージとなった腕に触れる。単純に食い千切ろうとした、ただ自分の戦闘形態には届かなかった、そう思っていた。
だが、違ったのだ。
「さすが百戦錬磨、普通気づかないんですけどね」
「……どこまでも」
相手を馬鹿にするような笑み。唯一、セスランス・アリファーンをシロだと確定できるから、他のありえないに手を伸ばし、エインに辿り着くことができた。
追いかけ、追い詰めたと思っていた。
だけど、自分もまた本質的には他の者たちと変わらない。
結局はインガルナの策謀の上で踊っていただけ。
「……っ」
セスランスは負傷した方の腕にローブの内側から取り出したナイフを突き立てた。どうせ、上手く扱えぬ腕。それなら、
「原始的ィ。でも、さすがで――」
幻術解除ぐらいには役立てる。
痛みに歯を食いしばりながら、セスランスは正常な景色を取り戻す。そこには自身の結界、自身の描く拭えぬ後悔そのものが横たわっていた。
結界の相殺、やはりその手前で幻術を見せられていた。噛みつき、蛇の神経毒と魔術の相乗による幻覚。セスランスをして現実との境界線が見えなかった。
そして、
「……やられた」
ずっと幻術を見せられた状態で、たった一人で相手の存在しない戦闘を繰り広げていたのだ。自分の結界内で、さぞ間抜けであっただろう。
ただ一人、一心不乱に踊り狂う様は。
「……」
セスランスは結界を解除する。
すると、
「セスランス先生!」
自分の教え子を含む精鋭、その多くが集まっていたのだ。警戒しながら、最強の炎術師と交戦する可能性を考慮し、結界の前で万全の構えを取っていた。
セっちゃん大爆発で目立ち過ぎたのだ。
視線を引きつけ過ぎた。
全てが、裏目。
いや、裏にされたのだ。誰よりも頭の回る蛇によって。
「事情の説明を……先生」
高等部の現生徒会長が問う。
セスランスは自らの腕を焼きながら止血し、
「詳しく説明している暇はない。だが、私もハメられた。そして、敵の狙いは『エリン』だ。今、がら空きになっている、な」
自らの浅慮と未熟を噛み締めながら口を開いた。
○
「そう悲観されてもね。戦闘自体は僕の本気を見せていましたよ。むしろ、英傑とは言え人間相手にここまで差があったか、とこちらが傷ついているんだけどねえ」
幻術の解除を感知し、エイン改めインガルナは苦笑する。
生半可な幻術などセスランスには通じない。魔術の知見、そして戦闘経験、その辺の人間とはわけが違う。
「エイン先生、どうされましたか?」
「いえ。少し王樹のメンテナンスに」
「なるほど」
今、目を白黒させながら、
「衛兵殿は休暇、でしたね?」
「きゅう、ああ、そうですね。休暇でした。では失礼します」
自分に幻術を差し込まれ、間抜け面で持ち場を離れていく人間とはものが違うのだ。凡夫相手に噛みつき、毒を使う必要などない。
眼を見て、手をかざし、それで終わり。
「お疲れ様でした」
力で劣る自分が魔族の世界で這い上がるために、死に物狂いで磨いた活路が魔術であり、特に磨き上げたのが精神に関与する幻術である。
力を、肉体を覆すことのできる技術。
多くを抜き去り、多くの魔族を率いる少将の立場まで駆け上がった。頭が切れ、先代の魔王からの覚えもよかった。
だけど結局、
『インガルナよ。お前さんはこちら側じゃねーぞ』
『……っ』
その先には壁があった。
絶対に揺らがず、越えられぬ生まれ持った素質の壁が。
ならば、
「さて、これでようやく僕の手に『エリン』が渡る。ようやく、僕もあちら側に」
それを超越しよう。
あの自分を憐れむような眼の先に――辿り着く。
「魔境剣・闇夜月」
意識の外側より伸びる漆黒の剣がインガルナの横腹を貫いた。
「……おっと、僕としたことが」
不覚傷。
仕掛けてきたのは男にとっても因縁深き『ノワール』の血族。結界を上手く結することが出来ず、それを補うためにあえて閉じずに結界の効果を残す。
未熟ながら考えたものだ、とインガルナはほんの少しだけ先生の顔を覗かせる。
「それにしても見事なものだ。結界術に興味があるのは質問にも来ていたし知っていたんだけれど……中等部の時点で体得済みとは末恐ろしいね」
氷が砕けるように、偽装した結界が紐解かれる。
結した別世界より現れるは、中等部生徒会長リーベル・ゼタ・ファリアスであった。彼もまた自分の教え子の一人である。
すでに高等部の講義を取り、レベルの高い質問をしてくる学生ではあったが、結界術に加え、その境面を偽装する術まで会得していたとは。
将来が楽しみな逸材だ、と教師の自分なら思っていただろう。
偽装した結界の中に潜み、敵が近づいたところで解除して急襲する。なかなか殺意の高い、上手い連携だとインガルナは思う。
油断と言えば其処までだが、
「ご指導の賜物です」
「それはよかった」
そこを突ける学生が高等部を含め何人いるか。
「偶然居合わせたわけじゃないね。セスランスの戦いを見て、きちんとあれを陽動だと見抜いたリーベルくんには花丸をあげよう」
「……私はむしろ、自分の未熟さに腹が立ちますがね」
「セスランス先生だと思った? それは仕方がない。むしろ優秀な証拠だ。なかなかみんなそこに辿り着いてくれなくてね、困っていたぐらいだから」
「……」
セスランスが都市の外で派手に戦っている。それを聞いた時、リーベルは膝から力が抜けそうなほどに愕然としてしまった。父に、周りに動いてほしいと頼み込んだ後、彼ではないことを知ったから。
わざわざ都市の外で、目的地から離れた場所でわかりやすく戦う。
これほど入り組んだ計画を立てられる者が、最後の最後にわけのわからないところで捕捉されるはずがないのだ。
であれば別人である、だからおそらく目的であろう『エリン』の近くで張り込んでいた。まさか犯人がエインだとは思っていなかったが。
幻術をかける姿を見ていれば疑問は氷解する。
「氷の結界、いいものを持っている。外部に干渉出来たり、世界を隔てた先でこちら側を観察できる結界は貴重だよ。羨ましい限りだ」
「その割に、余裕ですね」
「まあ、そうだね」
するり、と突き刺さっているはずのクーの剣を素通りし、インガルナは笑みを浮かべたまま手をかざす。
が、
「はは、本当に優秀だ。あと十年、いや五年あったら」
其処に存在しているように見えていた、リーベルは不在であった。ゆえに幻術は届かない。ゆえに――
「氷境――」
結界で閉じ込めようとした。
閉じてしまえば、結してしまえば、自分たちを倒さない限り相手は『エリン』へ到達できなくなる。それが結界を結ぶことであるから。
だから、
「セスランス同様、警戒に値する存在となっていただろうね」
シンプルにぶん殴って、ぶっ飛ばした。
「ぐがッ⁉」
どれだけ優秀でも体の出来上がっていない、戦闘経験の浅い学生。さすがにこのレベルなら比較的不得手な自分では力押しは通る。
同時に、
「なんで、僕の剣で、闇で侵せないんだ?」
自分を刺し、必死に自分の身体を闇で飲み込もうとしていた、将来を嘱望する若き魔族、クーへ視線を向けた。
自信があったのだろう。
接触すれば、触れられたなら飲み込んでやる、と。
あれは剣の見た目でありながら、父親同様喰らい、飲み込むための結界術。自我の形成もままならず、ただただ強き父の物真似をしているだけ。
教師として相談されたなら、まず教えていた。
結界術はどの魔術よりも個が出るもの。自身と向き合い、合った性質を選択するのが結界術の第一歩。真似ほど結界術の確立に遠い行動はない、と。
もったいない、とインガルナは苦笑する。
「闇よ、広が……れ?」
魔境剣の力を解放し、広範囲に攻撃してやる、そう思った矢先に誰に触れられることなく、クーは一人力なく倒れ伏す。
「結界術と魔眼の併用も出来ない、か。僕なら後者を優先するね。これは教師としての提言だけど、君はもう少し誰かを頼った方がいい。あの家が放任主義なのは知っているし、それでもなお歴代の『ノワール』は台頭してきた。けれど、それはただの遠回りなんだよ。成長を遅らせるだけの悪習。せっかくの学び舎なんだ、教師も含めて活用してほしいね。まあ、今更なんだけどさ」
「……っ」
魔境剣を解除し、魔眼を浮かべてようやく理解できた。自分が横腹を貫いた時に飛び散った血、彼の血もまた毒であることに。魔術を噛ませると強力な幻覚を引き起こし、心身の機能不全をも付与することが出来るのだ。
セスランスが相手の予期せぬ攻撃に対するカウンターとして、自身の纏う衣すら戦闘形態への移行と共に炎熱化するのと同様に、この男もまた自分の血、損傷すら相手を惑わす一手と化す。
経験値が、戦いへの造詣が違い過ぎる。
これが大人と子どもの差。
「さて、作業に取り掛かろうか」
これにて障害はすべて排除した。
大願成就まで、あと一歩。
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