第27話:英傑VS嘘つきじゃあ

 エイン・ガーナもまたセスランス同様、都市設立時から計画に参加していた人間である。優れた知見を持つ魔術学の研究者であり、現在までにいくつも論文を発表し、諸国からも高い評価を受ける一方、実践面は人並み程度と典型的な机上の研究者である。それゆえに彼は実践重視のBを受け持つことなくCの教師なのだ。

 結界術も理論はいくつか発表するも、再現実験などは研究パートナーとして学生や教師、それこそセスランスに依頼するなどその辺も徹底している。

 そう、徹底して彼は自らを机上の、力なき者だと見せつけていた。

 それでも魔術に対し深い知見と情熱を持ち、また教師としても指導がわかりやすく、それでいて深い部分も理解しやすくかみ砕いてくれる、と学生から絶大な人気を誇る。セスランスも実践者と研究者として道は異なれど尊敬していた。

 それなのに――


「いつからだ?」

「最初からですよ」

「最初?」

「都市設立、その計画に魔術研究の専門家として、机上の研究者エイン・ガーナを名乗り参加した時から、です」


 この男は最初から全てを謀っていたのだ。

「随分と遠大な計画だな。『エリン』を奪取するだけなら、もっと前に出来たはずだろう? そもそも……『エリン』と王樹を用いた防御壁は貴様が考案したものだったはず。あまりにも遠回りが過ぎる」

「僕の十年と君たちの十年は等価じゃない。それと僕がシステムを考案したのは信頼を得るため、そして同時に激動の時代から『エリン』を守るため、だ。帝国、和睦を認めぬ魔族、その他多くの野心家があれを狙っていたからね」

「世情が安定した隙を狙った、か」

「加えて、シンプルにあれの活用方法を研究する時間も必要だった、かな?」

「転移だけで使うつもりじゃないのか?」

「あはは。いや、笑い事じゃなく、僕が一番理解できないのはあれを、あの無尽蔵のエネルギーの塊を、ただの転移装置として使っていることさ。それだけに留めているから帝国や魔王が見逃している、とも言えるが、あれを上手く使いこなせばそもそも彼らが徒党を組もうが負けるわけがない、そう僕は考える」

「机上の空論だな。貴様はもう少し賢いと思っていた」

「なら、放置して試させてほしい。邪魔な君さえいなければ僕はもう少し波風を立てずに、上手く立ち回れたのだけれどね」

 英雄ミーシャの右腕、魔術師の中でも極めて優れた実践者であり、多くの魔族を屠ってきた英傑の一人。単体戦力であれば都市最強であり、この男の目と鼻の先で活動することにどれだけ心血を注いだのかはわからない。

 一連の事件、練達の術師にしかできぬものとして、最終的にセスランスへ疑いが向くように仕向けたのはその労苦に対する意趣返しもあった。

 まあ、彼への信頼が強過ぎて、なかなかそちら側へ傾くことなく今日へ至ったのだが。もう少し、時間の余裕があると確信できていればそうなるまで遊ぶのも一興であった。ただ、今なお連絡のつかぬメルテンスを屠った、それを隠匿する何かが裏に潜んでいる、その何かが判明しない限り、急がざるを得ない。

 わざわざ遠回りして強者の視界が外れた今を狙ったのだ。

 帝国も、魔王も、こちらを見ていない。見る必要がないと視線を、意識を逸らすまでの時間を要したのだ。

 今更、横取りなど許さない。

「私がそれを許すと思うか?」

「同じ教師仲間じゃないか」

「……だから、許せぬのだ!」

 セスランスが杖で地面を小突いた瞬間、炎の柱が立ち上り天を衝く。


「天火万象、一切を貫け」


 それほどの、極大の炎が杖の先端に一気に凝縮され、強烈な光輪を描く。穂先の中心には蒼い太陽が生まれ、その外縁を黄金の刃が囲う。

「名高きクワルナフの槍、か。ふふ、研究者冥利に尽きるよ」

「参る」

 そして、さらに髪と眼、衣服も蒼く染まり、

「終わりだ」

 姿が消える。

「ッ⁉」

 まるで瞬間移動か、と思うほどの速度で後ろへ回り、エインの背中を最強の炎術師が生み出したクワルナフの槍がいともたやすく貫いた。

 が、

「残念」

 攻撃を受けたエインの姿が揺らぎ、消える。

「幻術体……上手く魔術を使うではないか、机上の研究者よ」

「ふふ、嗜む程度にね」

 ふー、とエインが息を吐くと視界が白く染まっていく。

「得手は幻術か。全てを謀ってきた貴様らしいな」

「かの英傑、セスランス殿に褒めていただけて光栄だね」

「だが――」

 セスランスは槍と化した杖を振り回し、円球上の立体的な術式を瞬時に描く。あまりにも速く、同時に難解で精密なる魔術陣を形成し、


「――全部まとめて焼けばそれで終わりだ」


 最後はクワルナフの槍と共に掲げ、術式を起動する。

「しまっ――」

「滅びよ。万火一切、無塵と成せ」

 蒼き太陽が術式と一体化し、真円を描きて膨れ上がる。爆ぜる太陽、灼熱の劫火は辺り一面を瞬時に焼き尽くす。

 白いローブの男、エインを追いかけ都市の外に、人のいない場所に来たからこそできる大技である。

 名を――


『セっちゃん大爆発!』

『んなっ!? わ、私の、秘奥だぞ!』

『きゃーわいい!』

『に、二度と相談しない』


 セっちゃん大爆発。命名、幼馴染。

 蒼き大炎が晴れた後、都市の外に広がっていた森は半径一キロほどきれいさっぱり消失していた。これでも効果範囲は絞っている。如何なる速さを持つ魔族とて自分の術式起動の間には逃げられぬ、そういう範囲に定義した。

「……逃げ足は速いな」

「く、くそぉ」

 さすがに防御壁の考案者、その辺も上手く扱ったのか、あれを受けて原形を残していた。丁度、爆心地である自分から八百メートルほど離れた場所まで、あの短時間で逃げていた足もまた称賛に値する。

 しかし、

「まだだ、まだ僕は死なない!」

「防壁が耐え切れず手足も焼失した貴様に何が出来る?」

 セスランスの猛攻を止める手段はない。余力も充分、拍子抜けするほどあっさりと追い詰めることが出来た。

「僕は!」

「終わりにしよう」

 セスランスはクワルナフの槍を携えて近づき、

「ッ⁉」

「僕は僕は僕ハハハハハハハハ」

 焼け焦げた肉体がしゃべっているのではなく、抜け殻から音がしているだけだと気づいた。エイン・ガーナの抜け殻、そう、


「ハッピーバースデイ、僕」


 地中より脱皮した白い蛇が顔を出した。それがセスランスに噛みつき、

「アッチィ⁉ ハッハ、攻防一体かよ、ずりーなァ!」

 全身が灼熱と化した戦闘形態、その理不尽を呪う。だが、その牙は確かに食い込んだ。切り裂いた。セスランスの腕から血が滴る。

 ただ、セスランスが顔を歪めていたのは自身の負傷に、ではなかった。

 抜け殻とエインの姿、人間離れした、人間ではない姿に驚愕し、顔を歪めていたのだ。セスランスの驚く顔を見て、

「だから言ったじゃないか。僕の十年と君たちの十年は等価じゃない。僕らにとっては十年なんて瞬く間……そう、魔族ならね」

 意外と察しが悪いな、とエインは笑った。

 否、


「おっと、自己紹介がまだだったね。僕の名はインガルナ。魔王軍では当時少将を拝命しておりました。君たちが交戦しなかった、『ノワール』の下でね」


 白き蛇インガルナは嗤う。

「だから、息子が来ると知った時は少し焦ったよ。姉ではなく母であれば僕のことを知っていたでしょうし、そも、あの魔眼相手だと僕の擬態では心もとない」

「……勝ったつもりか?」

「さあ? ただ、勝負はこれから、と言うだけだよ」

 蛇の頭が変形し、元々のエインの上半身だけを形成する。

 そのエイン(上半身)が印を組み、


「魔境・晩餐界(バンサンカイ)」


 自らの結界術を展開した。

 が、


「炎境・葬間(ソウゲン)」


 セスランスもまた結界術を用いて、両者の結界術が相殺状態となる。

「互角ですねえ、セスランス」

「結界術はな」

 片方は我欲を具現化したような歪なる獣が、触手がうじゃうじゃとのたうち回る、地獄のような景色。

 片方は蒼き太陽の下、彼岸花が咲き乱れる荘厳なる葬送の領域。

 結界は双方、結することなく狭間で拮抗する。

「私には勝てんよ、インガルナとやら」

「教師が決めつけちゃあいけないなァ」

 再び、衝突を開始する。


     ○


 都市の外、少し離れた場所で行方知れずのセスランスが交戦している。それに気づいた者たちが報告を連ね、王や政治家、学校関係者などは頭を抱えていた。状況はわからないが、最悪の場合あのセスランスを打ち倒す必要がある。

 戦い慣れた練達の実践者、本気で衝突すれば犠牲は免れない。

 それゆえの苦悩、それゆえの慎重な立ち回り。

 全ての視線は今、都市の外へ向けられつつあった。

 そんな中、


「……」


 無名の学生は一人、学内にある寮の部屋で瞑想していた。

 いつもの、何かを探すような、自己と向き合うものではない。久しくしていなかった他者との戦闘準備、である。

 最も強き者である自分ではなく、過去自らが交戦してきた猛者を描く。

 鬼の王童子切。

 霊王・集帝。

 破壊者シヴァガ。

 始まりの吸血鬼。

 神を自称するモノ。

 自分の熟成具合にもよるが、当時はいずれも苦戦し、前の時代ほど死を覚悟した。特に童子切は色んな意味でも思い出深い相手である。

 それらと頭の中でやり合う。

 全員、まとめて。

 一に始まり十に終わる。己が全ての剣を試しながら――錆を落とす。

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