第26話:人間じゃもん

「全ての選択肢を潰した時に何も残らなかった場合、答えは始めに除外した選択肢の中にある。彼は優秀な教師だ。都市設立の功労者で、人類の英雄でもある。誰も疑わない。疑いたくもない。だけど、残された選択肢にこれだけの大仕掛けを遂行できる者がいない以上、私たちは顧みなければならない」

 最初の段階で見落としはなかったのか、を。

 英雄と共に卓越した魔術を操り、多くの魔族と交戦、打倒してきた英雄。その実力に疑いはない。彼ならば出来る。

 むしろ、此処まで来たら彼にしか出来ない。

「ぬしはどう捌くつもりじゃ?」

「所詮は中等部の学生、出来ることは限られているが父や理事長へ話を通すことはできる。その上で、やれることをやるつもりだ」

「大人の力も借りて、じゃな」

「無論。そこまで驕り高ぶっていない」

「承知した」

 新興ながらすでに名門、ファリアス国立学院の中等部生徒会長、それと同時にファリスの名も背負い、思慮深く慎重、頭も切れる。

 おそらくアハトなどよりもよほど多くの情報を掴み、幾度も思案した上でその選択肢に手を伸ばしたのだろう。

 よく見れば僅かばかり、目元に隈も浮かんでいる。

 だから、

「わしは戦支度をしよう」

「……戦支度?」

 アハトはあえて戦列を離れ備える択を取る。

「見ての通り――」

 アハトは腰の剣を抜いて見せる。

 錆び付いたそれを。

「わしの得物は錆び付いておる。大鬼程度に手間をかけるようではのぉ。まあ、ぬしらのを借りれば済む話じゃが……わし自身の錆びも落とさねばならぬでな」

「剣同様に君自身も錆び付いている、と」

「まあ、そういうことじゃ」

 剣と自らもまた錆びている、とアハトは言った。そこに嘘はないだろう。ただ、それが全部とも思えなかった。

 リーベルの考えに乗り切れていない、少なくとも彼にはそう映った。

「ぬしらで片が付くならそれでええ。相手次第で、充分その器量はあると知った。じゃからまあ、それで及ばぬ時のための備えじゃよ」

「……」

 剣を納め、アハトは生徒会に背を向ける。

 戯れなら喜んで手を貸そう。挑戦ならば嬉々として乗っかり、助けよう。

 しかし、実戦ならば、その結果何百人の命がかかっているのなら、余裕はない。場合によっては七の先を使う必要が出てくるかもしれない。

 ならば、自分がすべきは備えである。

「出来れば近くで私の器を、君に見合うかどうか見定めてほしかったのだけれどね」

「充分見た。ぬしは傑物になるとも」

「……なる、か」

 今はまだそうではない。裏に潜む言葉にリーベルは思ったよりもずっと、傷ついている自分に気づいた。不思議な感覚である。他者の、同世代の評価など気にしたこともなかった。ましてや年下からの評価などどうでもいいはず。

 なのに何故だろうか、

(この気持ちの名は……何かな)

 どうしても彼の評価が欲しいと思ってしまう。高く在りたいと思ってしまう。一度会っただけの、ほんの少し言葉を交わしただけの相手であるのに。

 去り行く背中に、

「最後に一つ、君が結界術を見抜けた理由は?」

「見える。それだけじゃ」

「それは視覚かい? それとも魔術?」

「さての、わしにもわからぬ」

 最後の一つも一応、問うておく。

 その返しが彼らの疑問を氷解することはなかったが――三人だけが残る生徒会室で彼らは何とも言えぬ雰囲気であった。

 手も使わず、魔術を練った様子もない壁面の傷。

 その力は当然、

「会長、セスランス先生以外にも、その……あの子の可能性も」

 彼もまた容疑者なのでは、と思わせるだけのものであった。

「そうだね。だから、見定める意味もあった。見抜ける目があれば、仕掛けが出来る可能性もある。ただ、彼じゃない」

「理由は?」

 だが、リーベルはアハトではない、と言い切る。

「……勘だ」

「へ?」

「自分でもどうかしていると思うよ。でも、今はそれに従う。父上には私が話そう。理事長には……頼めるかい?」

「はい」

「クーは私と共に動いてほしい。護衛が欲しくてね」

「心得た」

 セスランスに注意すべし、と言う提言。子どもの声が大人を動かせるかどうかはともかく、その視点を大人に持ってもらう必要がある。

 全て尽くした先に何もない、その可能性が出てきた以上は。


 リーベルの提言は思ったよりもずっと早くに、すんなりと受け入れられることになる。父や理事長に提言してすぐ、念のために確認をとしつこく食い下がったところ、どの陣営も気づいたのだ。

 いつの間にかセスランスの所在がわからず、連絡もつかなくなっていたことに。

 所在把握、事情聴取、そして一応容疑者の線でも捜索が開始された。


     ○


 アハトは工房棟の通常なら鍛冶クラブがひしめく区画にやってきた。

 何となくそんな気がしたのだ。

 きっと彼女なら、あの報せを耳にしたらいてもたってもいられなくなると思ったから。そうなったら、

「ぬしも寝込んだらどうするつもりじゃ、セリュよ」

「……」

 彼女は此処にいる、そんな気がした。

「連続昏睡事件で倒れた人、半年も経っているのに起きた人誰もいないって」

「……そのようじゃな」

 工房の片隅で、火を起こし、その揺らめきを見つめる。

 歯を食いしばりながら、無力を噛み締めて。

「アナ、最近明るくなったと思わない?」

「うむ。ええ貌をするようになった」

「誰かみたいに、強くなりたいそうよ。やりたいことを、やれることを、何かを身に着けて、それで……誰かに手を差し伸べられる人になりたい」

「……」

「そういう人と、肩を並べられるぐらいに、頑張るんだって」

「……立派じゃの」

「私も、そういう人の、一人だって」

 アハトもそう思う。

 ただ、

「全然、そんなことないのに。私はただ、そういう家に生まれついただけで、槌を握り、金属を叩き、石で研ぐ……それすらまともに出来ない半端者なのに」

 そう思えない気持ちも理解できる。

 高き理想、及ばぬ想い、他者がどう思おうと、そこへ手が届かぬのなら自分はまだ何者でもないのだ。

 少なくとも己にとっては。

 アハトもそうである。人は自分の剣を高く、極めたと思ってくれるかもしれない。だが、そんなつもりは一切ない。相対的に高みにはいても、絶対評価で満足したことは生まれてこの方一度としてない。

 だから、孤高に、孤塁に至ってなお邁進し続けた。

 足りぬ、及ばぬ、我未熟。

「わしも同じじゃ。焦り、悩み、悔いに満ちた人生、その果てに掴んだはがらんどうの虚飾。何者でもない。何者であろうはずもない」

 あの涙はふざけていたわけではない。

 本気だったのだ。あまりにも情けなく、年甲斐もなく泣き喚いた。今なお袋小路にいる。何処へ進むべきかは見えない。

「我未熟、ゆえに預けたい。自らを足りぬと思い、悔やみ、悩み、それでも突き進む者に。打ち直す時間はない。最悪、研ぐ時間すら足りぬやもしれぬ。最善手は、見知らぬ誰かの得物を借りる、なのじゃろう。だが――」

 アハトは腰に提げた剣をセリュへ差し出した。

「理屈ではない」

「……」

「それもまた人間じゃア」

「……私はただで仕事はしない。だから、ツケておく」

「うむ。言い値で頼む」

「言ったわね」

 作業着、すでにチャームポイントのおさげをバンダナへ収納し、初めから臨戦態勢であった。初めからやる気であった。

 それは偏屈な自分にとって数少ない友人が事件に巻き込まれたから。

 そしてもう一つ。

「あくまで応急処置、万全は保証しない」

「無論承知しとる」

「最後に一つ聞かせて……あなたは、何者?」

 自分の家にはたくさんの戦士が、武人が出入りしていた。物心つく前からそういう荒事を生業とする者たちに囲まれてきた。

 だから、何となくわかるのだ。

 セリュ・フォルジュは最初から彼が自分たちの世界に場違いな、あちら側の人間に見えていた。ゆえにあまりいい感情を抱いていなかったのだ。

 あなたはこちら側ではないだろう、と。

 まあ、理由は他にもいくつかあるのだが――

 そんな彼女の問いに、


「最強」


 アハトは明快極まる即答を見せる。今までこの言葉を吐く者たちを何人も見てきた。例外なく彼らは井の中の蛙であり、熟練者ほどその言葉を口にしない、そう感じていた。実際、そうなるのも当然であるのだ。

 何故ならその言葉を掲げられる者は世界に一人しかいないから。

 他の全てを踏みしめ、孤塁に至る者。

「……馬鹿じゃないの?」

「ぶはは、見ての通りじゃ」

 自分は彼の戦いを、強さを知らない。だけど、そのふざけた言葉を迷いなく飲み込んだ、そんな自分を彼女は嗤う。

 元々のモノはいいが、潮風に当たり錆びた剣。本来は打ち直しを要するガラクタ。こんな仕事、普段なら受けない。軽く感じてもおかしくない。

 だけど、アハト・オーテヤーデの剣、そう思うと途端に重く感じる。

 その重みは決して――嫌ではない。


     ○


 全ての選択肢を潰した。

 過剰なほどに。おかげでずっと働き通しであった。ただ、それにより確信に至る。この男だけが唯一、その答えに辿り着くことが出来た。

 理由は明白、

「可能性を全て潰した時、どれだけありえないと思っていても、掌に残るものが答えとなる。正直、私は探し過ぎた。それを否定しようとして」

「……」

 黒いローブ、そして年季の入った魔術師の杖を握るはセスランス・アリファーン。彼だけは自分が犯人ではない、と確信できていたから。

 だから、


「何故だ? エイン・ガーナ」

「……ふふ」


 全てを仕掛けた白いローブの男、フードを脱ぎ放ち現れたエインに問う。

「ここまで来たら愚問じゃないですか、セスランス先生」

「……」

 眼鏡の奥の眼が、蛇の如く細められた。

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