第24話:今回に限りじゃ

「へえ、味があるねえ」

「仏じゃ」

「HOTOKE、何処か引き込まれる響きだよ」

 木工クラブへの体験入部中のアハトは自身が修行の傍ら、手慰みに木を彫っていたところに着目し、とりあえず挑戦してみようと飛び込んでみた。

 自分の仏はそれなりに好評であったが、

(こんなにも得物の種類が多いんじゃなぁ。これまた井の中の蛙であったわ)

 それが御世辞に聞こえるほど木工の幅広さに目眩がする想いであった。

 自分がかじっている木彫りも道具に数多の種類があり圧倒されるのに、木工とは手芸同様多くの分野を包含する言葉、その名の通りに木材に加工を施すモノ全般が含まれる。家具製作もそう、建材製作からの大工まで膨大な範囲がある。

 衣食住の、住を主に司りながらもそれだけに留まらぬところは手芸クラブ同様。

 ここも卒業後の進路及び在籍時の実績が凄まじい実力派クラブである。

「本日は世話になったの」

「どう?」

「今しばらく考えさせてほしい」

「そうか。構わないよ。もし必要なら兼部って選択肢もあるから考えておいて」

「ほほう、そういうのもありなんじゃな」

「もちろん。木を愛するもの、全てを受け入れているからね」

「デカい懐じゃのぉ」

「それが木さ」

(言っとることはよぉわからんが、ここも悪くないのぉ)

 アハトは一旦保留しつつ、心の中のメモ帳に木工クラブは要チェック、とする。こちらも手芸同様手作業であり、精密かつ細やかな作業を要求されることも多いが、それは製作するもの次第。あえて粗く仕上げるのも木彫りの味らしい。

 アハトは粗くしか仕上げられないだけだが。

 ただ、思うがままにがりがりと木を削る感触は嫌いではない。

「うむ。ここでええのかもしれぬの」

 決めてしまってもいい、そう思いながらも見て回るのはただ、ついついあそこも、他のも、となってしまう自分は結構欲張りなのかもしれない。

 例えば、

「出所、ご苦労様です部長」

「ああ。学生じゃなかったら普通に裁判沙汰だったぜ。っぱ学生様様だな」

「パねえ!」

「まだ諦めんぞ、俺は」

「作りましょう! 俺たちの生命の水を!」

「ああ」

 どう考えても非公認、酒カス同好会。犯罪スレスレを大きく逸脱し、普通に密造酒作成と言う犯罪をぶちかますロックな連中である。

(……のど、渇いてきたのォ)

 ごくり、と息を飲むアハト。

 ちらりと酒カス同好会の部長と眼が合う。

 その瞬間、彼はにやりと微笑んできた。同志発見、いつでも来いよ、こちら側へ。そんな視線である。

(い、いかんぞわし。誘惑に乗ってはならぬ! 犯罪はまずい。おおらかなママ上とてさすがに怒るじゃろう。いや、怒るならいい。悲しませるのがいかん!)

 その手には乗らない。自分は真っ当に生きるのだ。

 誘惑を振り払い、アハトは彼らに背を向ける。

 しかし、ほんのりと残る喉の渇き、まだ彼らとの因縁は馴染まったばかりである。

 最近、アハトはこうして放課後ふらふらと歩き回り、どうしようかな、とさながらウィンドウショッピングが如く構内をうろついていた。

「兄貴!」

「……」

 一人は良い。考え事がまとまる。

「兄貴!」

「……」

 深められる。

「兄貴兄貴兄貴!」

「ええい! うっさいわ! こっちは工房棟じゃぞ! ぬしには関係なかろうが!」

「あ、俺お菓子クラブに所属してるんすよ」

「……え?」

「最近、兄貴に言われて生き方を改めてみたんす。そうしたら昔は腫れ物だったのにみんなから技を教えてほしいってせがまれちゃって」

「お菓子、作れるんか?」

「たしなみ程度っすよ。おかんの物真似っス」

(……な、なんじゃこの、熟練者が放つたしなみ感は。ぬしはもっと、こう、自信がありそうでなさそうな、そんな感じじゃったろうに!)

「やっぱ、食材扱う時はこいつを下ろさなきゃ、っすね」

 ライトは自身のとさかを指さす。

「改めた生き方って、それだけか?」

「はい」

「……マイナスしかないのぉ、そのとさか」

「ご冗談を。魂っすよ、魂」

(わしからすればそっちのが冗談じゃ)

 工房棟でBの、しかも高等部の学生となれば珍しい。それがとさかをおっ立てた輩ならなおのこと。まあ、それを下ろしただけでそんなにも変わるか、と思ってしまうが。その理由は単純に腫れ物扱いが複合的理由であったから、であった。

 後日、アハトは彼の作品を見て知ることになる。

 お前、戦士やめちまえ、と。

「しかし、いつもこっちは賑やかっすねえ」

「まあのぉ。Bも賑やかであろう?」

 結局振り払えず、一緒に並んで歩む羽目になるアハトであった。押し売りのパワーが今までの人間の比ではないのだ。それだけ必死なのだろうが。

「いやぁ、高等部になると結構外出る連中も多いんで。しかも今、ほら、連続昏睡事件あるじゃないすか。あれで上位連中、駆り出されているみたいです」

「何故じゃ?」

「噂だと、あの特待生の姉みたいな魔族が視て、患者から魔力を吸い上げるパイプみたいな、そういう線の結界術が付与されているらしくて、でも、解けない仕組みらしいんす。で、その線が『エリン』へ繋がっているんで、それを辿るために人海戦術をしている、って感じらしいですよ」

「……線を辿る、か。成果はなかろう?」

「今のところは」

「じゃろうな」

 あの線は間違いなく仕掛けの一部ではある。が、見せていいものなのだ。見せたくない仕掛けなら、もっと見え辛く擬態するなりするはず。

 あれを辿っても答えには辿り着かない。むしろ、惑わされるだけ。

「兄貴も何か知っているんですか?」

「知らん。知っとってもぬしには言わん」

「な、なぜっすか!?」

「前みたいのは御免だからじゃ!」

「……えへへ」

 笑って誤魔化すライトを尻目に、アハトは少し前に見たあの事件を思い出す。突然騒ぎが大きくなり、昏睡状態に陥った者。仲間たちも原因がわからずに困惑していた。何が起きたのか、誰が何をしたのか。

 目的は何か。

「最近、学校でもちらほら出てきたらしいですよ」

「倒れる者がか?」

「はい。今までは主に高等部の、課外活動をしている学生だけだったんですけど」

「待て。以前から学生も倒れとった、じゃと?」

「中等部はあまり外に出ないんで、主に高等部ですけどね」

「……そして今、学内も被害者が出始めた、と」

「です」

「……随分、大事じゃのぉ」

 まともに会話が出来るのはアナぐらい。最近は態度が軟化したクーとも会話を交わすようになったが、彼はあまり口数が多いわけではないので情報の窓口が少ない、狭い。知らぬ内に随分と大事になっていたらしい。

「なんかあそこ、ざわついてないですか?」

「……」

 噂をすれば何とやら、アハトは嫌な予感に顔を歪める。何も知らなかった。知ろうともしなかった。

「兄貴?」

「様子見だけじゃ」

 入学前に遭遇していたのだ。

 その時点で動いていれば――


「……なん、じゃと」


 もっと早くに収束できていたかもしれない。そうすれば今日、ここで同級生の彼女が、アナ・カルテリアが倒れていることはなかった。

 あくまで『もし』でしかないが。

「こっちの子もだ!」

「どうなってんだよ! 何が起きているんだ!?」

 しかも彼女だけではない。

 手芸クラブの真面目な学生、その多くが倒れて意識を失っていたのだ。

「あに……ッ⁉」

 アハトへ声をかけようとしたライトがぎょっと眼を見開く。それはきっと、見てはならぬ貌であったから。

 今まで彼が律してきた、もう一つの貌。

 それが垣間見える。

 次の瞬間には普通の表情に戻っていたが。

 そこに、

「アハト」

「……クーか。何の用じゃ?」

 アハトのルームメイトであるクーが現れた。

「生徒会に来てほしい」

「すまぬがわしはちと用事が出来た。学生の統治ごっこに付き合う気は――」

「昏睡事件について……会長が話したい、って」

「……わかった」

「ありがとう」

「俺も」

「とさかは駄目。中等部の問題」

「そんなぁ」

 高等部のライトを置き去りに、アハトとクーは中等部の生徒会室へ向かう。事ここに至れば学生がどうこう、と言う世界ではないだろう。

 明らかに事件は加速している。

 急激に。

 その理由に――


「ようこそ生徒会へ。歓迎するよ、アハト・オーテヤーデ」


 少しでも察しがあるのなら利用価値はある。

「名は?」

「生徒会長、リーベル・ゼタ・ファリアス。君とは初対面ではないよ」

「……受験の日、か」

「そう。実は探していたんだけど、まさかCとはね。おかげで事件の話をまとめている時に、クー君が君の話をするまで気づけなかった。寮住まいじゃないせいで、学食も使わないからね、私は。それが今日まで――」

「御託はええ。事件について知っとること、わしに全てよこせ」

 金髪王子様兼生徒会長リーベルの話を遮り、アハトは彼に命じる。

「一年が三年の会長に随分な言い草ね」

 平時ならアハトをして目を見張るほどの美人、おそらくは学年ではなく学校内で一番の容姿であろう女性が苦言を呈す。

 だが、

「構わないよ。そのために呼んだんだ」

 他ならぬ会長のリーベルが許し、

「その代わり、君が何故結界術を見切ることが出来たのか。それを教えてほしい。知らないと……少し面倒なことになってしまうから」

 その上で交渉を仕掛けてきた。

 剣に触れ、場合によっては――衝突も辞さない、と。

「争いたくない」

「どう転んでも争いにはならん。が、ええじゃろ」

 どさり、とアハトは用意された椅子に腰かける。

「時間の無駄じゃ。さっさと話そうぞ」

 その居丈高な振る舞いに、超美人な学生はぴき、と青筋を立てる。それをクーが下手くそにもなだめようとする中、

「協力感謝する。この一件が終わるまでは、私たちは仲間だ」

 嬉しそうな笑みを浮かべ、リーベルはアハトへ手を差し出してきた。

 その姿は――


『今日から君は■■だ。共に征こう、何処までも』


 自分を外の世界に引きずり出した、最初の友に、最初の仲間に、そして、自分が切り捨てた最後の仲間に、少しだけ重なって見えた。

「……終わるまでじゃ」

 それでもアハトはしぶしぶ、問題解決のためその手を握り返す。

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