第23話:一回だけじゃぞ、一回だけじゃからな!
「ん~……兄貴ぃ、俺、金、じゃなくて、力を、見せ、て、認められ……て」
「誇り、返せ。お父様の、代わり、そうじゃないと、意味が、ない」
「……」
とりあえず人目のつかぬ場所へ運び込んだアハトは二人の寝言を聞きながらため息を重ねる。良かれと思い、言った言葉も、行った行動も、どちらも二人の何がしかを踏み躙り、傷つけていたらしい。
ずっと同じことを言い続けている。
人付き合いとはかくも面倒くさい。ただ、それを放棄して一人を選んだから起きた悲劇もある。それを今一度繰り返すのも馬鹿らしい話か。
どうすべきか、正しい向き合い方はわからない。
だけど、
「「ハッ!?」」
存外頑丈な二人組は想定よりも早い時間で起き上がった。
本当に頑丈さだけは特筆すべきところがある。
「兄貴ぃ、俺、俺は、兄貴のお手を煩わせるつもりはなかったんですぅ」
「また叩いたな! 二度も! お母様にも二度は……一日に二度はないのに!」
「じゃかしい。ちとだーっとれ」
何度となくついたため息をさらに重ね、
「わしにも落ち度はあった。ゆえ、一つずつ返す。まず、クーじゃ」
「何の話だ? 誤魔化そうとしても――」
「一度しか見せん。よぉ見とけ」
アハトは立ち上がり、ゆったりと剣を引き抜く。錆びた片刃の剣、見てくれは悪い。実際に状態もよくない。
ただ、その力感のない立ち姿は、
「「……」」
二人の言葉を止めるに十分な迫力があった。
有無を言わせぬ説得力があった。
「ぬしは肩肘に力が入り過ぎじゃ。大きい剣を、強い剣を使おうとし過ぎとる。じゃが、背伸びしても剣は上手く振れぬ。必要なのは……」
優しく、柔らかく、されど芯がある。すうっと、天を衝く姿勢。揺らがぬコア。力を入れて固めずとも、立てばそこにある。
中心が、中央が、正解が。
その姿勢から、
「脱力じゃ」
放たれるは横薙ぎの剣。一文字、ただ横へ払っただけ。なのに、それは二人の眼を焼き尽くす。その一文字に込められた時間と覚悟。
剣にのみ生きた男の、始まりにして一つの到達点。
これが彼の一の太刀、である。
「危機にこそ笑え。笑わば自然と力が抜ける。優れた戦士は皆、窮地に笑みを浮かべるもんじゃ。まあ、鬼なら嫌でも笑うんじゃがの……これは余分じゃな」
「……」
言葉もない。ただ茫然と、描かれた一文字を頭の中で反芻するだけ。強き者を志す少年にとって、この一文字は遥か彼方に聳える背中である。
いつもの焦燥はない。あまりにも遠かったから。
だけど、導として瞼に残り続ける。きっと、一生。
「次はぬしじゃ、ライト」
「う、うす!」
「わしゃあ槍は専門外ゆえ、前半はあくまで話半分でよい」
剣を納め、アハトは槍の構えを取った。
無手で。
なのに、二人の眼には槍が見えた。くっきりと、重心の位置から、槍の長さ、穂先まで、二人はまるで同じ景色を見た。
正しさとは――人の脳裏に本物を見せるのだ。
「ぬしも気合い先行、力を入れ過ぎておる。得物に関わらず、手の内は柔らかく、力は最小限でええ。長物はとかく重心の位置に気を遣う。扱う時も、突き付けられた時も……それさえ見えとれば間合いにさしたる意味はない」
夢幻の槍を優しく回す。
くるり、と円を描いただけ。誰でも出来る。誰もが出来る。初心者でも、熟練者でも、達人でも――違うのは描かれた円の美しさ。
この美しさは出せない。
半端者ながらずっと槍を扱ってきたからこそわかる。
しかもそこに実体がないのだ。
「そして重心は当然、自分の身体にも適応される。ぬしは速さを求めるあまり、身体と気を固めて推進しようとする癖がある。不正解とまでは言わぬがもったいない。力は自然に、せせらぎのように、流さねば推進力へ変換できぬのだ」
すぅ、と倒れ込むように重心が移り変わる。それと共に動き出し、とても自然に、とてもゆったりとして見えながら、凄まじい速さでライトへ詰め寄る。
そして、夢幻の槍、その穂先を彼の喉元へ突きつけた。
「肝はこちらも脱力。得物が変わろうと、扱いが変わろうと、結局神髄とは変化せぬもの。まあ、こんなもんじゃろ」
ぱっ、とアハトが彼から離れた時には、その手から槍は夢幻の如く消え去っていた。そう、まさに夢みたいな時間であった。
言葉が出ない。
「わしの中での落とし前じゃ。恩に着せる気はない。ではの」
「「……」」
感謝の一つも口に出来ぬほどの距離があった。今まで見たこともないほどの高みを見た気がした。遥か彼方にうっすらと揺らぐ、陽炎のような山巓。
だけど、確かにあったのだ。
峻厳なる頂が。
目の前に――それゆえ、ただただ圧倒されてしまった。
○
人に教えるのは難しい。少し独りよがりではなかったか、もっとわかりやすい、やりようがあったのではないか、後になってくよくよと反省が浮かび上がる。
(むおー!)
そもそもが借りでもないのだから、懇切丁寧にやる必要などない。しかし、やるからには上手にやりたいのが人間というもの。
それは達人も変わらなかった模様。
「……まあ、考えても仕方ないのぉ」
あれが彼らにどう響いたのか、響かなかったのかはわからない。けれど、不可抗力でも何か傷つけてしまったのなら、その埋め合わせぐらいになれば、と願う。
そんなこんなで中庭のベンチでくつろいでいると、
「やあ、お疲れだね」
「む、エイン先生か。先生こそお疲れ様じゃ」
「はは、どうもどうも」
エイン先生が現れてアハトが座るベンチの横に腰掛ける。
「お悩みかい?」
「人に教えることの難しさをの」
「そりゃあ難しい。僕も正解を知りたいぐらいさ」
「先生でもそうなんじゃなぁ」
「ああ」
村でもそうであったが同世代よりも、大人の方が話しやすいと思ってしまう。まあ前世があり、人生二週目なので当然ではあろうが。
それに、この先生とは気質が異なるゆえ、なおのこと。
「あとはそうじゃのぉ。この学校は皆、やりたいことがあって立派じゃのぉ、と。わしにはそういうのがない。いや、厳密にはあるが、それは世のためにはクソの役にも立たぬもので、自己満足以外の何物でもないのじゃ」
「ふむふむ」
「わしにこの学び舎は敷居が高過ぎたかのぉ」
自分が浮いている感覚はずっとある。熱意があり、夢のある若者たち。自分のふとした願いから、母の夢を汲み取りここまで来た。
だけど、今はその選択が正しかったのかがわからない。
「僕としては自己満足以上に優先すべきことがあるのかな、と思ってしまうけど……そうだなぁ。君は少しこの学校を、子どもたちを買い被り過ぎているね」
「そうかの?」
「ああ。確かに学年に数名、セリュさんのような夢を固めている学生はいる。けど、それは上澄みなんだ。大多数の学生は今見ている夢とは異なる仕事へ就く、と言うか高等部へ上がる時点で変わっている。今彼らが抱いているのはあくまで夢で、現実じゃない。自分の力も知らず、業界のことも知らないのだから」
「……しかし、皆きっちりとした、現実的な夢を語っとるがの」
「それは受験用だよ。作文、書いたでしょ?」
「わし、わからんから学校で探すと書いたんじゃが」
「読んだよ。具体的じゃない、って言う先生もいたけど、僕はわからないほど現実的で、誠意のある答えはないと思っている。だって、わかるわけないでしょ? 子どもに大人の世界が。踏み入れて初めてわかるんだ。インターンとかもあるけど、あんなの結局お客様でしかない。学生の内は、大人じゃない」
「……」
「思う存分探せばいい。高等部進級までにある程度固めていればむしろ早い方じゃないかな? Cは勉強云々より、探すことを怠った学生が進級できず学び舎を去っているからね。答えはない。だからこそ、探す意義が、価値がある」
「なるほどのぉ」
「少しはお役に立てたかな?」
「うむ。感謝じゃ」
「ならよかった」
エインは笑みを浮かべて立ち上がり、
「楽しんでね。せっかく合格したんだからさ。実は僕、結構君に期待しているんだよ。皆には内緒だけどね」
「何故じゃ?」
「人と違うから。通り一遍のクリエイターに価値はない。我が道を征く、ぐらいの豪胆さが欲しい、という持論があるからかな」
「……心に留めておこう」
「ああ。ではまた明日」
「うむ」
笑顔で去っていくエインに感謝し、アハトはうんと背伸びをして立ち上がった。この学び舎の門をくぐり日は浅い。ひと月、ふた月で何がわかると言うのか。
この世界でまだ自分は何物もないのだ。
結論を出すのもまた早い。
その日の夜、
「ん」
クーが突然何かを差し出してきた。
「なんじゃ?」
「姉様が送ってくれた、うちの領地で生産しているお菓子」
「甘いんか?」
「ん。苦みもあるけど」
「いただこう」
真っ黒なお菓子。それを口に含み、
「むむ⁉ これはええの! 新感覚じゃ!」
苦みと甘みのコントラストにアハトは目を丸くする。
「今の魔王様もお気に入り。でも、気を付けないと太るらしい。魔王様はこれで五キロ太ったって、前にお母様が話していたから」
「わしは太らん。ほれ、ぬしも食え食え」
「……ん」
二人が仲良く口にする『ノワール』産のお菓子、チョコレート。のちにクーが周りに配り大流行りした際、一部女子の腹回りが向上したとかしないとか。
余談である。
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