第20話:クラブ見学其の一じゃ

 白いローブに身を包んだ何者かが洞窟内を歩む。

 顔は見えず、誰も近くにいない。いや、いなくなった。

「……メルテンスが裏切った? いや、奴は『ノワール』に固執している。いずれ継承者となる器を蹂躙できる好機を、生け捕りが条件とは言え逃がすとは思えない。それに、残留魔力も彼がここにいたことを告げている」

 用心深く、誰もいないのに声色は変性され、何かを通した声のようであった。

 徹底している。

「彼が人の学生に負ける? それはありえない。『ノワール』の末弟が来ずに拗ねて去った……ありえない話ではないが」

 気持ち悪さがある。

 ありえないことが起きた、そう考えるとつじつまが合うのだ。

 そう、

「……」

 学生がメルテンスを撃破した。それならば。ただ、高等部の方はありえないが、中等部の方はもっとありえない。Cコースの学生なのだ。

 だけど、引っかかる。

「何が、起きた?」

 これまで想定から外れたことはなかった。全て上手く回っていた。現状、計画に不備はない。完遂は目前、あと一歩まで来ている。

 しかし、その一歩を前にかすかな、紛れが生まれていた。


     ○


「むおー! 勉強が、ムズイんじゃー!」

「あはは」

 アハトは頭を抱えながら崩れ落ちる。最下位で入学した時点で覚悟していたが、ようやく本格始動した一般教養のレベルの高さに四苦八苦していたのだ。

 合格の要となった魔術学とて、地力の足りなさを痛感する日々。あれから入学に備え精進していたのだが、合格したのが奇跡と思うぐらいに厳しい日々が続く。

「こ、今度、教えようか?」

「ほ、仏じゃあ! アナは御仏の生まれ変わりじゃあ!」

「ほ、ほとけ?」

「まあ、正直わしもよぉ知らん。南無阿弥陀仏と唱えとけばええ、と昔の知り合いに教わっての。とりあえず唱えとるんじゃ」

「……?」

「んまあ、神みたいなもんじゃ」

「神!? お、大げさが過ぎるよ、アハト君」

「ぶはは! 何もくれん仏より、手を貸してくれる友人じゃ」

「……ゆ、友人」

「む? 迷惑じゃったかの? セリュ辺りは蛇蝎のように睨まれたが」

「そ、そんなことないよ。すごくうれしくて」

「そりゃあよかったわい」

「セリュちゃんもたぶん、照れているだけだと思うよ」

「本当かのぉ?」

 そんな他愛ない話をしながら、二人は並んで歩いていた。厳密にはアハトが少し前で、遅れてアナが歩く形であったが。

 しかもせっかく髪を切ったのにほんのり俯いて――

(再会した時はそうでもなかったのにのぉ。歩きづらいじゃろうに)

 未だに上手く対等な関係性を築けているかと言うと、どうにも遠慮がちと言うか、卑屈と言うか、再会してすぐの時はそうでもなかったのに、とアハトは悩む。

 まあ、まさかアハト自身、自分の顔面偏差値の上下でそうなっているとは露とも思っていないのだが――

 自信のない者に、母譲りの美形は卑屈さを刺激するのに充分な効果を持っていたのだ。それでも彼女は今日、ルームメイトの、

『あ、アナっちまだクラブ決めてないんだって。アハトっちは?』

『まだじゃ!』

『じゃあアナっち一緒に回れば~?』

『ふえ!?』

 ナイスアシストにより今に至る。

 そう、彼らは今この学校の名物でもあるクラブ活動を見学すべく歩いていたのだ。

 向かう先は放課後の工房棟、である。


     ○


 まず、彼らが訪れたのはCにおける花形、Bの学生と最も密接に関わる鍛冶クラブの一つ、ソードであった。

 同業クラブであるシルトとは設立時からのライバルで、現在もバチバチの関係性である。そして今、最大の火種が彼女、

「……来たんだ」

「お疲れ様、セリュちゃん」

「ええ、お疲れ様」

「おつかれじゃ!」

「……ども」

(対応の差ァ! 切ないのぉ!)

 セリュ・フォルジュであった。

 彼女は鍛冶の名門であり、フォルジュ流という流派をまとめる一族の一人娘、つまり後々、彼女が家と流派を継ぎ、鍛冶業界を引っ張っていく存在となる、と目されている大人物であったのだ。

 それゆえ、彼女をどちらが確保するのか、それはソードとシルトにとって今年度最大の争い、と言っても過言ではない。

 そんな彼女であるが、

「今から作業するから邪魔しないで」

「なんでわしに向って言うんじゃ?」

「アナは邪魔しないから」

「わしもせんわい!」

「ふふ、仲良しで良いなぁ」

「……」

「……アナよ、眼ついとるんか?」

「つ、ついてるよ!」

 作業着に着替え、おさげは上げてバンダナで固定した姿は堂に入っていた。現在体験入部中らしいが、すでにソードの連中は勝ち誇っている。

 近くでシルトの面々が布を噛みしめ、悔しがっていた。

 色々と大変そうである。

「……」

 セリュは打ち上がった剣を掲げ、眼を瞑り祈った後に砥石の上に置く。

 そして、丁寧に研ぎ始めた。

「ほう、こりゃまた」

「綺麗な姿勢だね」

「うむ。すでに雰囲気あるのぉ」

 アハトが目を見張るほどの姿勢。仕事に入る前、会話をしていた子どもとは思えぬ気配である。力強く、されど繊細に、何よりも丁寧に刃と向き合う姿勢が素晴らしい。力を一定に、僅かなブレも許さないのは美しい姿勢ゆえ。

 それをずっと維持し続ける核が、芯があってこそ。

「私、あまり剣に詳しくないんだけど……アハト君は剣を提げているし詳しいの?」

「通り一遍じゃの。基本人に任せておったし、使い潰す方が多かった」

 ぴくり、とセリュの耳が動く。

「ただ、刀剣の仕上がりは研ぎが全てと言ってええ。如何なる剣もの、こまめに職人が面倒を見ればよぉ切れるが、放置するとなまくらと化す。どれだけの名剣、宝刀であろうとのぉ。ええ職人になるんじゃろうな、セリュは」

 ぴくぴく、とさらに耳が動く。

「餅は餅屋じゃな。うむ、美しい」

「うつくッ⁉」

「!?」

 ガクンと姿勢が乱れる。

 そして、

「変なこと言わないで!」

 顔を真っ赤にしてアハトを睨みつけてきた。

「姿勢を美しいと言って何が悪いんじゃ? 褒めとるのに」

「主語が足りない!」

「あ、せっかく立ち上がったんじゃ。わしの剣も見てくれんか? 使おうと思ったらちとガタが来とってのぉ。困ったんじゃ」

「この流れで頼み事するって……ほんと、苦手」

 と言いながら、ん、と手を差し出すセリュに「感謝じゃ」と剣を鞘ごと渡す。普段衝突しがちな両者であるし、頼み事など受けてくれる間柄でもない。

 だけど、剣自体は興味がある模様。

 彼女は黙ってそれを引き抜き、顔をぐちゃっと歪めた。

「さ、最低。これであなた、剣士気取りだったの?」

「貰いもんじゃ。文句は村の長老に言ってくれぃ」

「確か、メーア出身よね? 家は海沿い?」

「うむ」

「……剣が、泣いてる。可哀そうに」

「まあ、潮風は天敵じゃの、ぶっはっは」

「笑うなァ!」

 セリュは劣悪な状態の剣を見て、あまりにも哀れで涙を浮かべた。

「芯まではいってない。だけど、モノはいいのに、保管が最悪過ぎる。ありえない。許せない。じーちゃんならこれ見た瞬間、たぶん殺してる」

「なんぞ、物騒なことぶつぶつ言うとらんか?」

「き、気のせいだよ」

 殺気を漲らせた視線を受け、アハトは困り顔となる。基本、剣など最低限の切れ味と頑丈さがあればいい、とアハトは考えているため、思えば鍛冶師連中とは昔から食い合わせが悪かったことを思い出す。

 使い潰すことも多かった。特に放浪の旅は。刀などないので様々な武器を扱ったことを思い出す。懐かしき日々であった。

「で、直るんか?」

「……ん」

「何じゃ、その手は」

「金」

「金取るんか!?」

「当たり前でしょ。アナ相手でも取るわ。仕事だもの」

「……ちなみに、いかほどじゃ? 友人価格での」

「図々しい。そうね……これ」

「指が、二本。ま、まあそれぐらいはするか」

「二十万S」

 ちなみにこのSという単位、読み方はシルヴァであり、語源はそのまま銀から来ている。錬金術による革新、そして魔除けとしての莫大な需要によって、ある時期世界中で銀が生産、量産された時代があった。

 ただ、魔術の発展や素材(マテリアル)自体に手を加えることで銀を超える性能を持つ、加工の容易な素材が巷に溢れ、結果として銀が大量に余った。

 その流れで銀が通貨となり、世界中で使われたのがこの単位の始まり。

 以降、金属通貨は利便性に欠ける、と全てが紙幣に統一された現在でもシルヴァ、銀が通貨単位として使われている。

 余談である。

「まさに桁違いじゃア!」

「た、高いんだねぇ」

「アナなら……十五万」

「狡い! でも、どっちにしろ手が出ぬゥ」

「残念でした。と言うか、打ち直しなんだから相場で見ても格安よ」

「じゃあ、使えるようにだけしてくれい」

「嫌だ」

「むぅ!」

 出来る出来ない、ではなく嫌。応急処置では死んだままも同然。自分が携わるのなら生き返らせることが条件、と後日アナがセリュから聞いてくれたお断りの理由である。まあ、納得するしかない。

 粗末に扱っていた長老が悪い。

「そろそろ仕事に戻るから」

「うん。じゃあ、私たちはもう行くね」

「ええ」

「ではの!」

「……稼いだらまたどうぞ」

「そうしよう!」

 元気よく去っていく二人を見送り、セリュは一度呼吸を入れ直し、再び仕事へ戻った。どんな作業も、剣を前にする限り自分の誇りと魂を賭けた勝負と思え。

 敬愛する祖父から叩き込まれた職人としての生き方である。

 呼吸を整え、姿勢を正し、丁寧に研ぐ。

 状態を眼で、指で、感じ取りながら砥石の番手を変えていく。繊細な作業である。根気もいる。いつもは心を無にしているのだが――

「……美しい」

 ふわふわと浮かぶ雑念をぶんぶんと振り払い、

「……ふぅー」

 今一度呼吸を入れ、励む。

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