第19話:ため息も出るんじゃもん

「これ、どうやって使うんじゃ?」

 アハトはミニエリンを懐から取り出しとさか男、ライトに問う。若干疲れ果て、ホッとしたのかとさかも垂れ気味であった。

「あ、地面にぶん投げるとか強い衝撃を与えたら起動するっす」

「……なんぞ、雑な使用法じゃのぉ」

 まあええか、とアハトは地面にえいや、と投げつけた。

 するとミニエリンが浮き上がり、

「おおっ」

 再び虹の輪っかが発生する。

「こりゃあ便利じゃのお。ってか、ぬしもこれを使って離脱すればよかったのに。いや、使おうとしたら殺されとったか」

「なんでか起動しなかったんすよ。そんなこと聞いたことないんですけど」

「……ふむ」

 今回の一件、どうにも色々とちぐはぐである。ライトは申し訳なさそうにしているが、それは自分がアハトに手数をかけたから、と言う風に見える。

 功を焦り無理をした、それもゼロではないのだろうが、とんでもない失態を、事件を引き起こしたにしては後ろ暗さが薄い。そういう気質の者と言うわけでもなく、不運が重なった事故と考えているのだろうか。

 変な男であり、色々とズレているが根は実直に見える。

 であれば――

(ここへ来る手順自体は正式なやり取りを介しとる? 確かに魔獣とやらは獣に毛が生えたようなものであったが、地の利を考えれば未熟者の若造を単独で潜らせて良いとも思えん。どうにも気持ち悪い感じじゃの、わしへ伝わった経緯も含めて)

 そもそもとさか男、ライトに後ろ暗い部分がない、または薄い、そう考えると多少の見込める部分はある。が、そうすると別の部分が飲み込めなくなる。

 さらに、高等部で問題が発生し、何故中等部の生徒会とやらに座標の情報まで漏れたのか。それが何故、クーまで伝わり、たまたま自分に届いたのか。

 どうにも気持ち悪い感じがする。

「まあええ。わしが頭使ってええ方に転がった試しがないわい」

「兄貴は頭も良いと思います!」

「じゃかしい! あと、わしがぬしを助けたことは黙っておれ」

「なんでですか!? せっかく兄貴の名を一躍世界に轟かせる好機っすよ!」

「それが不要なんじゃ。わしは剣に功名を求める気はない。今更戦場から何かを得ることもなければ、敵に期待するのも飽いた。わしの敵はわしだけじゃ」

「ふ、深ェ……アビーム渓谷より、深ェ」

「現在判明しとる中での、世界で最も低い陸地じゃの」

「叡智!」

「社会の受験範囲じゃ! 一周回って馬鹿にしとるじゃろ!?」

「滅相もないっす!」

 調子のいい小童め、とアハトはため息をつき、ライトを担ぎ虹の輪を潜る。あとは寝ているクーを背負い、部屋まで戻して就寝する。

 それで終わり、そのつもりだった。


「動くな」


 鼻先に炎熱を帯びた杖を向けられ、

「二人を拘束しろ」

「や、やめろォ! 兄貴になにするんだー!」

 ぞろぞろと戻ってきていた衛兵に拘束されるまでは。ちなみに少し離れたところではクーがぷんぷんの怒りを浮かべ、こちらを睨んでいた。

 朝まで寝かしつけるつもりであったが、どうやら想定よりも肉体が強靭であった模様。まあ、それはどうでもいい。

 重要なのは、

「聴取をさせてもらう。拒否権はない」

「……好きにせえ」

 どう口裏を合わせるべきか、と言うこと。

 こうなるなら綿密な打ち合わせをしておくべきだった、とアハトは悔いる。

「セスランス先生! 兄貴は関係ないんです!」

「それは我々が話を聞いて決める」

「兄貴ィ!」

 この男、冗談とか通じなさそうだな、などとアハトはぼーっと思い浮かべながら、なすがままに連行されていった。

 学校の方へと。


     ○


 薄暗く、物のない取調室のような場所へ連行されたアハトは机を挟み、噂の鬼教師であるセスランスと向かい合う。

 ただ幸いにも、

「出張から帰還してすぐに、うちの子がお手数をかけて申し訳ないですぅ」

 担任であるエインも駆けつけてくれたが。

 とは言え、

「貴様がアハト・オーテヤーデか。出身はメーアの、ビギン。間違いないな?」

「うむ」

「先生、これじゃあ取り調べみたいですよ」

「取り調べです、エイン先生」

 もう見るからに厳格極まるセスランスが手を緩める気配などないのだが。あと、徹夜なのかただでさえ鋭い目つきが凄いことになっていた。

 常人なら睨まれただけでありもしない自白をしそうなぐらいに。

「何故あの場にいた?」

 黙秘、それともバラすか。つじつま合わせが出来ない以上、口を開けば開くほどに他の者と齟齬が出てしまう。ライト、クー、彼らが何を言うか。

 長い付き合いならともかく、正直想像もつかない。

 ゆえに、

「何かできると思った。わしも多少心得があるのでな。途中でクーを巻き込むことに気が引けたゆえ、無理やり寝かしつけて一人助けに赴いたわけじゃ」

 アハトは黙秘でも捏造でもなく、ある程度真実に沿った話をすることに決めた。黙秘はむしろ相手の心証を損ねる可能性がある。

 何よりも――どうにも入り組んでいそうな事件を拗らせる可能性がある。己のエゴだけでそうするのは気が引ける、と彼は考えたのだ。

「無理やり寝かしつける、とは?」

「こう、後頭部をえい、とな。村長に教わった悪い子を寝かせる技じゃの」

「二度と使うな。後遺症を残す恐れがある」

「それは申し訳ないことをした。心に留めよう」

 それもきちんとケアした、れっきとした技なのだが、それを説明すると技術がバレてしまうため、民間療法みたいな感じで説明する。

 すまない、村長と思いながら。

「で、助けに行ったはよいが、戦闘では役に立てなかった。しかし、持ち込んだミニエリンは役立ち、無事脱出できた。これが顛末じゃの」

 嘘はついていない。ライトのミニエリンが起動しなかったことにも触れている。そして、そもそもライトが吹聴しようがすでにあの魔族の死体はない。欠片も残していないのだから、学生の戯言で終わるだろう。

 自分の武を明かす気はない。その上で嘘をつかずに真実を語る。

「……貴様はライト・ゴールドと親しい関係なのか?」

「いや。じゃが、わしが強くなりたければ実戦を積め、と口論の際に唆した経緯があっての。放置は寝覚めが悪い、と思った。その一件を知るからこそ、クーは本来秘匿すべき情報をわしに開示してくれたのじゃろう。わしからは以上じゃ」

 セスランスはため息をつき、

「……諸々を加味し、マイナス二十点。後日、さらに聴取すべき内容があれば、追って話を聞くことになる。猛省し、二度とこのようなことのなきように」

 とりあえずは納得してくれた模様。

 アハトの心の中でほっと一息つく。まあ、あとは他二人が色々と無駄なことを口走っていなければ、何とか終息するだろう。

 目に見えている範囲は、だが。

「無論じゃ。手間をかけ、申し訳なかった」

「……戻り、明日の授業へ備えよ」

「うむ」

 一礼してアハトは退出し、

(……よぉ見れば、ここ先生の部屋じゃの。どうやって生活しとるんじゃ?)

 表札を見てぎょっと眼を見張る。

 触らぬ神に祟りなし、そのまま彼は抜き足差し足と歩き去って行った。

 そして残された先生二人は、

「参りましたねぇ」

「ええ」

 疲れ果てた様子で椅子に深く寄りかかる。

「ライト・ゴールドの方は治療を受けながらも黙秘を続けていますよ」

「……強請ったとて、大した情報も出んでしょうな」

「ですねえ」

 当然であるがすでにライトが『エリン』を使用し、転移が許可された経緯は彼らも共有している。彼は高等部の学生として正しい手順を踏んでいたのだ。

 問題は、その中に色々と問題が差し込まれていたこと。

 あの洞窟の調査書、学生が単独で踏み込むような場所は事前にプロが危険度を測った状態でなければならない。生態系を把握し、その上で実戦経験を積むための場所としての認定が出ていたが、これの出所がわからない。

 加えてミニエリンが起動しなかった不具合。

 そして、

「中等部の生徒会には?」

「起こして事情を聴きました。クーさんのことがあったので。ですが、当該学生は話したこと自体を覚えていない、と。座標の情報はそもそも高等部の会長止まりで、中等部には伝わっていません。つまり――」

「誰かに掴まされた。その記憶も奪われて」

「……厄介ですねえ」

 クーがそもそも座標を知っていた、これがおかしい。あり得ないことが重なった以上、何者かの手が加わっている可能性が高い。

「連続昏睡事件との関連があれば……必然、学内の者が怪しくなりますな」

「そこを繋げちゃいます?」

「相手が見えないのはどちらも同じゆえに」

「……じゃあ、僕の方もそちらを視野に調査してみますかぁ」

「頼みます」

「いえいえ、これもお仕事ですから」

 セスランスとエインは苦笑し合う。

「ただ、今回の一件は明らかに彼の、クー学生の身柄を狙ったものであった。それはほぼ確定と見ていいでしょうな」

「ですね。ライト君は勇猛果敢で自らの力に自信を持つ、高貴なる七大貴族の嫡男を引き寄せるための餌、ですか」

「……しかし、結局何のために、がわからぬのですがな」

「確かに」

 彼らは同じ答えに辿り着いていた。ただ、その理由はわからない。あの洞窟にクーを招き入れたとて、何が出来たと言うのか。

 それとも何か、罠でも張ってあったのか。

 だとしても狙いがわからない。

「魔族と人間に亀裂を入れる、そういう政治的意図があるのか」

「ありえますねえ」

「では、そちらは私が」

「お願いします」

 今は足を使うしかない。今回の出張も昏睡事件の調査を兼ねたものであった。成果はなしのつぶて、今は雲をつかむような状況である。

 教師であり、都市の、学校の設立から携わる二人は苦悩する。

「はぁ」

 ため息も重なってしまう。

 ため息を重ねながら、セスランスは今一度書類に目を落とす。

 そこにはアハトの個人情報が載っていた。

「……アハト学生の口調」

「ああ、面白いですよねえ、彼」

「注意しないので?」

「僕は個性を伸ばす派の教師なので」

「……はぁ」

 その、両親の名も。

「……エインもそうだが、君も伸び伸びと甘やかし過ぎだ」

 セスランスは小さく零し、書類を裏返した。

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