第17話:アホでよかったわい

 魔獣、モンスターの生態は様々である。ただ、地形や環境などによって合理的な進化を遂げているケースは多い。

 今回は洞窟で、閉所かつ光がないため、目に頼らずに嗅覚や蛇に近い種であればピット器官により温度の差により獲物を知覚する、そんな手合いが多くなる。

 さらに閉所の利を生かし、


「GYAAA!」


 爆発や炎上、魔法を駆使し洞窟の一部を崩落、一部を酸素欠乏にして直接手を下さずとも獲物を仕留める、など手法の様々。

 合理であり、効率的でもある。

 生物の進化、適応能力とはかくも美しい。

 まあ、


「悪いの。わしゃあ無呼吸で小一時間は遊べるよう、鍛えとるでな。そうでなくともぬしらに一秒も要らぬ」


 無双の剣豪相手では何の意味もないが。爆風を切り裂き、炎を断ち切り、崩落を微塵に裂き、獲物を千切りとする。

 全てを剣で切り開く。

 軽々と振るっているのに、その手捌きからは力感を感じぬのに、片刃の剣は錆び付いているのに、そんなもの無関係とばかりにズバババ、と切り裂いていく。

「ここの連中は危機感が足りんのォ。わしが来たら道を空けんかい」

 力を示してようやく逃げていく魔獣たちを眺めながら、地の利を生かして生存してきた獣に対し、アハトは呆れてため息をつく。

 ある意味、バランスのとれた弱肉強食、捕食者と被捕食者の関係性があるのだろう。ただ、閉じられた環境でのそれは、時に外敵へのセンサーを損ねることがある。

 かつて自分が生きてきた故郷の鬼たちは、人間以外にも新旧の鬼同士でも争いがあり、常に闘争と乱れたバランスの上に生態系があった。

 それゆえ、弱くとも厄介な敵は大勢いたものだが。

 どうやらここの魔獣たちはお行儀が良過ぎる。合理的で、環境に適した攻撃とはつまり、事前にいくらでも想定できるものでしかない。

 だから――

「強者は後ろにも目が付いとる」

 暗所にて気配を消し、死角より奇襲する。そんな擦られ倒した、くだらない攻め方で自分を狙う者が出てくるのだ。

 侮られている。舐められている。

 鬼すらも避けた、

「よく学び、来世で生かせ」

「?」

 無双の剣豪を。

 背後の魔獣が千切りと化す。軽く、柔らかく、手の内で剣を玩んだだけで、そういう斬撃を繰り出せるのだ。

 合理がどうとか、そういう次元ではない。

 そういう次元で剣を振っていない。

「あの小童、大丈夫かのぅ? おっちょこちょいじゃろうし、うっかり仕留められとっても全然不思議ではない。んもー、わしのバカバカ!」

 そんな無双の剣豪は自分の頭をぽかぽかと叩き、なんで実戦がどうとか言ってしまったか、あの日の自分をぶった切りたくなっていた。

 黙っていれば――どうなっていたのか。

 それはそれで面倒くさいので、そもそもその前にあの輩同士の絡み合いをスルーしていれば、と尽きぬ後悔に頭を悩ませていた。

 そんな中、

「……む?」

 妙な気配をアハトは感じ取る。感覚としか言いようのない、第六感めいたもの。それが嗅ぎ取ったのだ。

 この場にそぐわぬ、バランスの欠いた匂いを。

 単なる捕食者、生態系の頂点にしては――

「臭うの」

 血の臭いが過ぎる。


     ○


「ぐ、おお!」

 炎を纏わせた槍を旋回させ、魔獣の追撃を振り払うはとさかの男、ライト・ゴールド。お坊ちゃん感満載の名を背負い、今なお奮戦していた。

 帰還しようと使おうとしたミニエリンが起動しないばかりか、

「……こわいよ」

「俺の後ろから離れるなよ!」

「う、うん」

 何故かこんなところに迷い込んでいた子どもを守りながらのため、上手く洞窟内を動けずに、こうして堂々巡りを続けるしかなかったのだ。

「炎迅・全ッ開!」

 準備に一日、迷い込んですでに二日、逃げながら、戦いながら、とうの昔に限界は近く、魔術のキレも芳しくない。

 それでも燃え盛るとさかをおっ立てながら、

「オラァ!」

 相手をぶち抜く。

 容易く魔獣など寄せ付けない。最下位とは言え、ファリアス国立学院のBコース、高等部の看板を背負っているのだ。

 心の師、兄貴と出会いもう一度頑張ろうと思ったのだ。

 だから、

「ガギッ!」

「ぐっ、ッッッッウ!?」

「おにいちゃん!」

 魔獣に噛みつかれ、痛みに顔を歪めながらでも、

「こんなもん、屁でもねえッ!」

 笑いながら堂々と槍を振るう。如何なる攻撃も、魔力ではなく心意気で受け止めた、兄貴に笑われてしまう、そう思うから。

「どんどん来いやァ!」

 受けて立つぜ、血の臭いを嗅ぎつけ集まってきた魔獣に向かい、ライトは力強く叫んだ。兄貴が言った、漢は実戦で強くなれ、と。

 ならば、弟子である自分はそうするのみ。

 そう、彼はとっくにアハトの弟子気取りであったのだ。それだけを支えに、若者は意地を通し、立ち上がる。


     ○


 匂いを辿り、アハトは真っすぐ突き進む。

 血の臭いはどんどん濃くなっていく。よくない、状態も悪い。間に合うか、敵より早く、間に合ってくれ、と願う。

 そして、

「……あ、兄貴」

「この、アホたれ!」

 とさか男を発見し、アハトはほっと息をつく。

 叱責しながら近づき、

「怪我は?」

「大したことないっす」

「見せろ」

「……」

「膿んどるが、こちらの医療ならどうにかなるじゃろ」

 傷口が膿み始めているが、これならば清潔な場所で適切な処置を受ければ何とかなる。眼の色も、疲労は浮かぶも決して悪くない。

 自分を殴りつけた拳もそうだが、なかなかタフに出来ているらしい。

「このおにいさん、誰ですか?」

「兄貴、そうだ。この子になんか食えるものとか、あったら渡してほしいんです。ずっと何も食ってなくて、俺はまだ全然大丈夫なんで」

 とさか男、その背後からひょっこりと顔を出す少年。

 それを見て、

「そうか、そういうことか。よかったのぉ……おかしいと思っておったんじゃ」

 アハトは「はぁー」と深いため息をつく。実は随分と焦りがあったのだ。自分の感覚と状況の齟齬、その理由が分かった。

 なので、

「兄貴」

「うむ。これをやろう」

「わーい」

 懐に手を突っ込み、アハトは子どもを手招く。食事は大事である。腹が減っては戦が出来ない。

 ただ――

「ほれ」

「!?」

 アハトは近づいてきた少年を、有無を言わさずに蹴り飛ばした。明らかにしつけとか、そういうレベルではない、相手を蹴り殺すような勢いで。

「兄貴!? 何してんすか!」

「アホが幸いしたの。察しが良ければぬし、喰われとったぞ」

「すぐ治療を――」

「黙って見とれ!」

 ズゴン、ととさか男のライトへ拳骨をぶちかまし、黙らせた。

「いたいなぁ、おにいさん」

 ぬるり、と立ち上がる少年。その首はぐにゃりとひしゃげ、あらぬ方へ曲がっていた。なのに、そのまま平然としゃべっている。

「な、なんで?」

「擬態じゃ」

「……あっ」

 擬態。その環境に適応し、自身の体色や形を変えて景色などに重なり、捕食者の襲撃を避けたり、逆に捕食するために進化した生物が持つ性質である。

 相手を欺き、騙し、生存するための力。

「今回はアホが奏功したがの、少し考えればこんな洞窟に童が迷い込むなどありえぬ話であろうが。ちっとは頭を回せぃ」

「……す、すいません」

「まあええ。すぐに済む」

 ライトを下がらせ、アハトは首の曲がった少年の前に立つ。

「すぐに済む? すぐに済むって言ったのか? 人間が? この私に? くひひ、そりゃあ舐め過ぎだろ、人間ンン!」

 少年の身体はぐにゃぐにゃと歪み、折れ、曲がり、膨らんで、破裂した。裂け目より溢れ出る触手、相手をどん欲に、執拗に、喰らいつくす大口。

 この洞窟に不釣り合いなほどの、血の臭いが充満する。

 そう、

「ふむ。やはりのぉ。ぬし、この洞窟が住処ではないな?」

「よくわかったなァ、人間。まあ、わかったところで時すでに遅い。私はお腹が空いた。餌を披露させ、絶望させ、熟成させる。そして、最後に僅かな希望を、光明を与えて、食い千切る。美食の醍醐味をよォ、よくも邪魔してくれたなァ!」

 この魔族は洞窟に住む者ではない。

 では、何故此処にいるのか。

「あ、兄貴。こいつ、やべーっす。わかる、俺でも、こいつがシャレにならねえって、わかっちまう。逃げましょう、いや、俺が時間を稼ぐんで――」

 変身した、否、元の姿に戻った異形の怪物は大口をぐにゃりと歪ませ、その奥からチロチロと無数の舌をくねらせ、涎を垂らす。

「この小童は釣餌か?」

「あァ?」

「誰が狙いの罠じゃ、と聞いとる」

「……貴様が噂のセスランス、かァ?」

「誰じゃ、それ」

「うちの教師っす、兄貴。Bの統括責任者の」

「……あー」

 いたような、そうでもないような、とアハトは首をかしげる。

 次の瞬間、

「じゃあ死ね」

 一本の触手が不意を突き、アハトの顔面へ強烈な一撃をかます。あまりにも速い触手の動きに、ライトは何も見えなかった。

 多少速さに自信のある自分が、見ることすら許されなかった。

「兄貴!」

 人間じゃ無理だ、生きていてくれ、と願いながら声をかける。

 だが、

「……ご挨拶じゃのぉ。ええ奇襲じゃ、戦い慣れとる。まあ、それだけじゃが」

「……なんだ、貴様。何故、今のをまともに受けて、人間が生きている?」

 アハトは常人なら首が消し飛ぶような一撃を受けて、平然と立っていた。首をゴキゴキと鳴らし、肩を揉みながら――柔らかく笑う。

「そこのアホより温い。もちっと腰入れて撃たんか。様子見の、安全圏からの一撃が気で固めたわしに届くか? 阿呆がよォ」

 ライトの、魔力を込めてもいない拳で鼻血を出していた男が、肉だろうが骨だろうが関係なく消し飛ばすような一撃を受け、無傷。

 鼻血どころか、痕すらない。

「ッ⁉」

 ひりつくような感覚が押し寄せ、ライトは本能のまま身をすくませる。追って、ようやく理解できた。

 ありえない出力、濃度で放たれている魔力の波が。

「誰だ、貴様は!?」

「知ってどうする?」

 アハトはゆったりと剣を抜き放つ。

 そして、


「もう死ぬというに」


 ぐにゃりと獰猛な笑みを浮かべた。

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