第16話:口は禍の元じゃ!

「……こちらつまらぬものですが」

 すす、と差し出してきた包まれた箱を見て、

「つまらぬものなどいらん」

 アハトは表情を歪ませる。

「言葉の綾です」

「だとしてもいらぬ。わしをなんじゃと思っとるんじゃ。まったく」

「せめて確認だけでも」

「……確認だけじゃぞ。受け取らんからな」

 当初と印象が異なる弟子の押し売りにアハトは辟易しながら包みを開け、箱を開く。所詮は学生、自分の心を動かすようなものなど用意できまい。

 自分は元無双の剣豪、精神年齢百越えぞ、と。

 そう思い開くと山吹色が敷き詰められた――


「ガチのやつじゃア!」


 口調は激しく、されど箱は恐る恐る返却する。

「ただのお菓子です」

「悪代官かおのれは! もっと童らしいもんにせんか!」

「親父が誠意は金だと」

「せめてお札で用意せえ! ガチ金持ってくる奴があるかァ!」

「兄貴は現ナマ派、と」

「メモらんでええ!」

 とんでもない奴と関わってしまった、とアハトは冷や汗を滲ませる。周囲の視線はもう、収拾がつかないほどに混沌としていた。

 見よ、このセリュの冷たい、いや、もはや無の眼をしている。

 クーは「やはりただ者じゃ」みたいなことをぶつくさつぶやいているし、このまま話を続ければママ上より託された願い、楽しい学校生活が崩れてしまう。

 折角普通に、馴染めそうだったのに、と微塵も馴染んでいなかった男が唇を噛む。

「そもそも金や物でどうにかしようっちゅう魂胆が浅ましい。ぬしは強くなりたいのじゃろう? 違うのか?」

「強くなりたいです!」

「なら、実戦じゃ! わしが若い頃は稽古などしとらん。とにかく実戦、剣を振ってナンボじゃ! 積み上げた躯の数だけ腕など自然に上がるわい!」

「……実戦、そうか!」

 とさかをおっ立て、男は目をクワッと見開く。

「そうじゃ! 実戦あるのみ!」

 アハトも煽る。半分やけくそである。

「ありがとうございます! 目が覚める思いです。実戦の中で培う力こそが本物、自分、胸に刻み精進いたします!」

 それだけ言い残してとさか男は爆速で去っていく。

 これにて一件落着、ホッと一息つくアハトであった。

 が、

「今からでもBへ移ったら? 兄貴さん」

「冷たいこと言わんでくれい! わしら友達じゃろう?」

「いつ友達になったの!?」

「……昨日じゃろ?」

 周囲の空気は完全にお亡くなりになっていた。

「Bの人、あれ高等部だろ?」

「初日から高等部の人を舎弟にしてるのかよ」

「パねえ。これからさん付けしねーとヤバいか」

「〆られんぜ」

 あらぬ噂まで飛び交う始末。

 当然の如くこの後、鬼の如く周囲から浮くこととなる。

 泣いた。


     ○


 浮いてしまった汚名を返上すべく、必死に空回りを続けること三日後。

「……ふぅ、ようやっと落ち着いたわい」

 学食での夕食を終え、アハトは部屋で座禅を組んでいた。あの地獄の朝食から怒涛の日々であった。何とか普通の学生であることを周囲にアピールするも、青野衝撃の一幕を上書きするには至らず、噂を聞きつけた先生からも弄られる始末。

 ただ、弄られたおかげで鎮火と言うか、そういうキャラとして定着しつつあるのは担任の差配が匠であったのだろうか。

 激動の三日間であった、とアハトは後述する。

「おつかれさま」

「うむ」

 Bのルームメイト、クーが部屋へ戻ってきた。CとBでは授業内容や時間割が異なり、その上クラブなどの課外活動を含めると出入りの時間はかなりズレる。

 この三日間が熾烈過ぎたため、アハトはまだクラブの見学に行けていない。ママ上からクラブ活動は学生生活の花、要チェックだ、と言われているため、アハトとしても無視するわけにはいかない重要任務であった。

 明日こそは、と瞑想しながらアハトは誓う。

「それ、夜もやっていたんだ」

「まあの」

 クーの帰りは基本遅く、夜が早めなアハトの瞑想(夜の部)に遭遇したのは今日が初。まあ、邪魔になりそうな時は部屋ではなく外でやることもあり、初日は人のことを魔獣と宣うためぷんすかしながら外で瞑想していたこともあった。

「何の意味がある?」

「ふむ、難しい質問じゃの……正直、意味があるかどうかはわからぬ。ただ、己と向き合い、心の中で剣を構え続けておるのじゃ」

「……?」

「ぶはは、気にせんでええ」

 クーの、若者の理解が及ばぬのも無理はない。若き日には実際に己が振る剣とイメージのそれを重ねるために始めた。成長するにつれ、自分以外もイメージできるようになり、過去の強敵と毎夜手合わせできるようになった。

 自らが強くなり、成り過ぎて相手が消えてからは自分と。

 そして今は――


「「……」」


 互いにずっと剣を抜き、切っ先を自分へ向けて向かい合い続ける。鏡写しのように、常に、ずっと、自分へ剣を向け続ける。

 ただ、ひたすらに――意味があるのかと問われたら答えられない。

 何故なら、自分の目指す『剣の理』は自分にもわからぬものであるから。

「それをしたら、魔眼なしでも相手の術理を見抜けるようになる?」

「ぬしもしつこいのぉ」

「僕の手落ちで、魔族の、家の恥をさらすところだった」

「あれはそういう悪戯じゃよ。質の悪い、の」

「……君は随分、上の言い方をする」

「気のせいじゃ」

 気づけば座禅をする自分と向かい合い、クーが座り込んでいた。真面目で向上心があり、より高みを目指さんとする眼。

 だからこその危うさもあるが――嫌いではない。

「まあ、焦らぬことじゃな。急いても突然強くなったりはせぬ。日々精進し、揺らがず邁進せよ。心乱すことなくの」

 老いぼれの助言を投げかけ、自身もまた揺らがずに自分自身と向き合う。そう、勢いは若者の特権であるが、この心の静謐こそが老人の特権である。

 滅多なことでは揺らがない。

 それゆえに無敵の剣豪であったのだから――

「……そう言えば、さっき生徒会の先輩から教えてもらった」

「なんじゃ?」

「あのとさか頭の人間、名前忘れたけど、あの人が『エリン』からある場所に転移して、行方知れずになったって」

「……え?」

「行方不明」

「……え、ええええええええ!?」

 アハト、激動。穏やかに瞑想していた心がぐわんぐわん揺らぎまくる。

「……と、とさか頭って、あの、わしと話しとったのか?」

「あれ以外、人間にあんな頭はいない。魔族でも珍しい」

「……ち、ちなみに、何故かは知っとるか?」

「ギルドによると実戦経験を積むために手頃な領域が見つかったから、と座標が提出されたらしい」

「……じ、じっせん」

 三日前、実戦がどうこう、と偉そうにのたまっていた自分を思い出し、アハトは頭を抱えて俯く。さすがに瞑想している場合ではない。

(嘘はついとらん。わしはそうして成長した。わしの仲間であった者たちも。じゃが、そうでない者たちは同じ道を辿ろうとし、多くの道が絶えた。軽率であった。煙に撒こうと、安い言葉を吐いてしもうた)

 強くなろうと功を焦る。何人も、何十人も、何百人も見てきた。そして、その大半が鬼の餌食となった。

 自分のことばかりで、そんなことすら忘れていた。

「その座標については学校でも問題になっているらしい。領域調査などの書類全部がでたらめだったから。学校、彼が所属するクランなども含め、大揉め」

「……座標があれば、『エリン』とやらから其処へ向かえるのか?」

「うん」

「座標、知っとるか?」

「知ってる。でも教えない。生徒会の機密だから」

「……ならば何故、わしにこの話をした?」

「取引」

「……しつこいやつじゃのぉ」

 自分の知らぬ力、それを手にするために手段は選ばない。

 可愛らしい野心である。

 ゆえに、

「わしの剣を見せてやる。案内せえ」

「交渉成立」

 とりあえず乗っかることにした。

 まずは、自分のやらかしを挽回せねばならない。三日前のやらかしなど問題ではない。今度のは取り返しがつかなくなる可能性があるから。


     ○


 王樹リアに抱かれし『エリン』。天より遣わされたそれは英雄ミーシャが先代魔王を打倒する際、使用されたことでミーシャは多くの障害を、大軍を飛び越え、魔王との一騎打ちを成立させた。

 そして打ち破り、今の平和に至る。

 ちなみにミーシャのフルネームはミーシャ・ゼタ・ファリアス。彼の兄弟が設立した都市であるから、この重要な人類の宝がここにあるのだ。

 王樹リアをアンテナとし、座標さえ打ち込めば万里を越えて転移できる時空転移システムがこの都市の中心にあった。

 そこへ、

「抜き足、差し足、忍び足、じゃ」

「なにそれ?」

 アハトとクーの二人が現れる。

 都市でも最も重要な区画であり、かつて初来訪した際は何も考えずに見張りを突破し木登りをキメたが、あれはあくまでシステムの外側であり、中枢へ侵入することに比べたら容易であった。今回はより難度の高い潜入に――

「……なんじゃ?」

「見張り、丁度交代?」

「やもしれぬ。よし、この好機を逃すでないぞ」

「うん」

 コソコソ、と足音を抑えながらも足早に潜入する二人。偶然にも見張りが不在であり、易々と『エリン』の元まで辿り着けた。

 少々、拍子抜けしてしまうほどに。

(まあ、深夜だからかのぉ)

 とりあえずアハトは自分を納得させ、神石『エリン』へと視線を移す。煌々と虹色に輝く奇跡の石。凄まじい力を感じる。

 無尽蔵、無限にも等しいほどの――エネルギーを。

 そして、その神石を守る防壁もまた分厚く、何重にも守りのまじないがかけられている、ようにアハトの目には映る。

 突破は容易くないだろう。不可能、とは思わないが。

「で、どうするんじゃ?」

「こっち。僕は何度か転移しているからわかる」

 アハトには何もわからないが、クーがシステムに触れて座標とやらを打ち込み始める。その動作を見てもちんぷんかんぷんだが、

「もうええかい?」

「まだ」

「もうええかい?」

「もう少し」

「もうええかい?」

「出来た」

 クーが操作を完了させ、『エリン』が強く発光したと思ったら、彼らの目の前に虹色の、円状の輪っかが生まれた。

 潜れ、と言わんばかりに。

「感謝する」

「……っ」

 その瞬間、アハトはクーの後頭部を指先でトン、とつつく。狙いは脳幹、意識を司るその一部に気を送り、強制的に意識を奪う小技である。

「そして、すまぬの。技を見せることは構わぬが……相手次第では守り切れぬやもしれぬでな。わしはあまり、守る戦いが得意ではないのじゃ」

 倒れるクーを抱き留め、優しく寝かせてやる。

 そして、アハトは一人で虹の輪を潜る。

 すると――


「……なんとまあ」


 景色が変貌する。王樹リアの内部より遠く、謎の洞窟へとアハトは転移していたのだ。さしものアハトも前世含めこんな体験は初めてのこと。

 もう少し余裕のある状況ならば、好奇心がそそられただろうが。

「さて、探すかのぉ。と、その前に」

 前のめりに洞窟内を探索しようとしていたアハトであったが、我に返り後ろを振り向き虹の輪へ手をかざす。

 すると、我が縮小し虹の小石となる。ミニエリン、か。

 これがあれば場所を選ばずに転移の門を形成することが出来る、が一度きり。加えて魔獣などと交戦中の場合、彼らも王樹側へやってこられるため、その辺のルールは厳格に定められている。これ、テストで出る。

 ミニエリンを掴み取り、大事にアハトは胸ポケットにしまった。

 そして、

「早速か」

「ぐるる」

 洞窟内を徘徊しているのか、獲物の匂いを嗅ぎつけ狼のような見た目の、されど牙が、爪が、明らかに通常種とは異なる鋭さを、大きさを持つ存在。

 魔獣が現れ、舌なめずりをする。

 それを見て、

「すまぬの。ぬしらの巣を土足で荒らして……じゃが――」

 アハトは特に何の感情を抱くこともなく、

「弱肉強食もまた理じゃ」

 一歩で、通り抜けるように細切れに断ち切った。他の獣への威嚇も込めて、貴様らでは届かん、と示すように。

「退けィ」

 圧倒する。

 煌めくは長老から譲り受けし片刃の剣。振る度に錆が散るのはご愛敬。

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