第13話:胸躍るときめきいっぱいの入学式

 これからの世界を支える、発展させる人材を養成する学び舎。

 それがファリアス国立学院である。

「――それゆえに我々はBとC、二つのコースを設立し、どちらが上か下ではなく、文武二人三脚で共に世界を発展させていく、当学院の設立にはそういう願いが込められているわけであります」

 世界中から選りすぐられた素晴らしき学生、それを丁寧な指導で輝かしい未来へ導く教職員もまた精鋭ぞろい。

 そんな素晴らしき学び舎の入学式にて、

「だ、大丈夫なの?」

「あれが噂の魔族の特待生か」

「でも、立ち位置Cじゃない、あれ」

「え?」

 ひときわ目立つ学生が仁王立ちしていた。

 翡翠の髪をひと房にまとめ、小柄ながらすらりとした体躯はしなやかさと鋭さを同時に想起させる。

 剣のような立ち居振る舞い。

 そして、

「……」

 顔面ボッコボコ。

 顔面が原形の判別が不能なほどに腫れ上がり、その凸凹は険しき山脈が如し。どういう表情をしているのか、ご機嫌なのか不機嫌なのかもわからない。

「……ぐぅ」

 実際は腕組みし立ちながら寝ているのだが、誰もそれに気づけない始末。

 まあ、

「あはは、あの子が噂の」

「減点。マイナス50」

「出た、セスランスポイント」

「……」

 気づいている者は気づいている様子だが。

「BとCが共に手を携え、将来へ向けて飛翔する。車輪の両輪がぐるぐると回ってこそ、社会は発展し、人と魔、生きとし生ける者たち全ての繁栄へと繋がるのです。また、それに伴いまして――」

 そんなざわつく新入生、在校生をよそに、校長の魂の演説は続いていく。中身はない。二人三脚も、車輪の両輪も意味合いは同じであろうに、そんなさして中身のない話がぐるぐると、延々に続いていく。

 古今東西、世界を隔ててなお校長の話とはこういうものらしい。


     ○


 少し時は遡り、

「ふはは、見よ。制服じゃあ!」

 アハトはマスターに制服姿を披露していた。

「昨日も見たよ」

「いやぁ、わしはこういうお揃いの服と言うのが好きでのぉ。これは西の服装に近いが、わしらも昔はびしっと服を揃えての、戦場に現れただけで場がどよめいたものじゃ。あ、あの……まあ、もうそんな日々は帰ってこんのじゃが」

 ウキウキでマスター相手に話しながら、その集団の、仲間の顛末を思い浮かべ、みるみると萎んでしゅんとするアハト。

 これが無双の剣豪の姿か、と思うが今更である。

「世迷言言ってねーでさっさと行け」

「うむ。また来る」

「酒飲める年齢になったらな」

「イケずなことを言うのぉ。手土産持ってくるからぁ」

「……まあ、暇な時は相手してやるよ」

「うっひょっひょ!」

「……人生楽しそうで何よりだね」

 再会の約束を取り付け、そのまま走り去っていったアハトの背中をマスターは見送り、ため息をついた。

 老成しているように感じることもあれば、やたら子どもっぽい人懐っこい一面もある。あれは孤独に耐えられない人間だな、とマスターは笑った。

 その気質の者が――五十年以上孤独に剣を振るい続けていた理由は、この世界では当然ながら転生したアハトしか知らない。


     ○


 そして再びアハトはファリアス国立学院の門をくぐる。昨日こっそりマスターと『自主規制』、本日この時より固く禁酒を誓う。

 卒業までは――まあ、高等部まで上がれば地域によっては飲めるお国もあるらしく、そちらで軽くやることもあるだろうが。

 校則は守る。絶対に。

「心頭滅却すれば火もまた涼し」

 自らの五体に言い聞かせる。

 守ろう、校則。律しよう、欲望。

 南無。

 そんなこんなで再びファリアス国立学院の敷地に足を踏み入れたアハトであったが、入試時に比べとんでもない賑わいに少しばかり気後れする。そう、この男、昔から身内になると懐くが、それはそれとして他人が沢山いる場所は苦手なのだ。

「……半分くらいにならんかのぉ」

 聞く人が聞けば物騒に聞こえることをつぶやきながら、少し前の浮かれっぷりは何処へ行ったとばかりに肩をすくませとぼとぼと歩く。

 若干腰が曲がっている気すらする。

 そんな影の薄い、覇気のないアハトが歩いていると、

「ああ⁉」

「ひ、ひぃ!」

 人の流れから少し外れたところで、明らかに輩にしか見えない男が貧相な体型の、卑屈そうな男に絡んでいた。

 関わるまい、そう思うのだが――

「ぼ、僕は中等部ですよ。高等部のくせに」

「ぐちゃぐちゃうるせーんだよ!」

 如何せん声が大きい。嫌でも耳に入る。出来ればその元気をいじめなどに使わず、もっと健全な道に活用すればいいのに、とアハトは思う。

「兄貴! やっちまいましょう!」

「やっちゃえ! 兄貴!」

 取り巻きが煽る。

 そして、

「……」

 同じBコースであろう学生は近づこうともしない。呆れ半分、冷めた眼で一瞥するだけ。道理はわからないが介入しようとする在校生はいない模様。

「舐めてんのかアア!? オオン!?」

「ひぃぃぃい!」

 アハトは髪を掻き毟るくらいの勢いでわしゃわしゃし、


「そのぐらいにしてはどうじゃ?」


 苦渋の決断と共に割って入った。

 髪を逆立て、もはや鶏のとさかにしか見えぬ男と子分AB、そしてとさかの男に胸ぐらをつかまれ、恫喝されている少年、そしてアハトが混じる。

「誰だテメエ?」

「本日より入学を果たした者じゃ」

「中坊か。テメエには関係ねえ、引っ込んでろ!」

「ハレの日に騒がれては迷惑だ、と申しておるのじゃ」

「あ?」

 とさかの男は恫喝していた相手を放り出し、アハトの方へ向く。

「俺は高等部だ。その意味わかってんのか、ガキ」

「年長者?」

「中等部からの進級が一番きついんだよ、この学校は! それぐらい知っとけ!」

「はえ~」

 高等部への進級の難易度など考えたこともなかったアハトは素直に驚く。受験も相当熾烈と思っていたが、冷静に考えるとそこでふるいにかけられた者たちが競うのだから、高等部への進級も厳しくて当然。

 なるほど納得である。

「で、でも、あんたコネで進級したんだろ?」

 ぼそり、と先ほどからいじめられている少年がこぼす。

「殺すぞガキ!」

「ひぃ! ぼ、暴力は校則で禁じられているんだ。しかも僕はCだぞ。BがCに暴力を振るうなんて、そっちが一方的に悪いじゃないか」

(な、なんか思っとったのと違うの)

「み、皆言ってるよ。お坊ちゃまの、コネ進級だって。ひひ」

 言うだけ言って、その瞬間脱兎の如く逃げ出す少年。その快足はなかなかのもの。ただし、あまりにもクソムーブであったが。

「待てや!」

 足元に炎が舞い上がり、追いかけようとするところを、

「まあ待て」

「なっ!?」

 いつの間にか近接していたアハトが片腕で、抱くように進路を封鎖する。動き出し、機先を制されたとさかの男は目を丸くした。

「あれの口の悪さから衝突したのだろう。が、それでもぬしが収めるべきじゃ。ぬしの方が強い。それ以上の理由は要らぬ」

「言わせとけってか? 年下のガキにか!?」

「それと張り合えば、ぬしの格も其処まで落ちるだけじゃ」

 周りが手出ししなかった理由はわかった。このチンピラたちにも道理があったのだろう。むしろ、よくもまあ年長者かつ戦闘を生業とする者相手に、あの貧相な少年が喧嘩を吹っ掛けられたものだ、とある意味で感心してしまう。

 それだけ校則が厳しいのか、単純に空気も読めず口も悪いのかは知らない。

 今は興味もない。

「兄貴、こいつも舐めてるっすよ!」

「やっちまいましょう!」

 今は、

「ああ、舐めとるよ」

「ッ⁉」

 この余裕のない、迷える若者の、

「有象無象の言葉が響くのは自信のない証拠じゃ。確たる己がおれば、他者の評価などどうでもよくなる。悪口も届かん」

 未熟者の行く道の方が気になる。

「拳は届くぞ、おい」

「届かんよ」

「あのガキと同じで校則が守ってくれると思ってんのか? 別にいいんだよ、こっちは。退学になってもなァ!」

 アハトは何も言わずにとさかの男から距離を取る。

「なんだ、逃げんのかよ!? 偉そうに御託並べて、それで――」

 三歩、四歩、五歩、充分な、

「四の五の言わず来いや小童ァ!」

 助走距離をくれてやる。

「……っ」

 腕を組み、仁王立ち、

「ぬし如き相手に、なんでわしが芋引くと思っとる? コネがなんか知らんが、そもそもがよえーから煽られとんじゃろうがボケェ!」

 受けて立つ、そう全身で示す。

 とさかの男が、子分たちが、そしてくだらない低レベルな争いに興味を失っていた周りの者たちが、一斉に目を向ける。

 目を引く。

 胆で、圧倒する。

 圧倒され、立ち尽くすとさかの男に、

「なんじゃ? 逃げんのか?」

 開戦の合図をくれてやった。

「う、うおおおおおおお!」

 とさかの男はまるで、引き寄せられるかのように、身体の防衛本能が働いたように、反射的に間を詰めて拳を振るった。

 全力で殴りつける。

 なのに、

「腰が入っとらん。相手を倒すために牙を剥いたんじゃろうが。なら、殺す気で打たんか。剥くからには殺せ。その気がないなら仕舞え。それが出来んのなら戦士を降りよ。向いとらんわ、小童」

 微動だにしない。そう、攻撃の威力を流すこともしていないのだ。その上、感覚でわかる。自分たちが攻防の際行う、魔力で受けてすらいない。

 生身で、気合だけで、受けて立つ。

 アハトの鼻から血が垂れる。

「言われっぱなしか?」

「俺はァ!」

 何度も、何度も、何度も、とさかの男は拳を打ち込む。

 だけど、何度打ち込んでも揺らがない。

 一歩も下がらない。

「どうしたァ? もう終わりか?」

「ハァ、ハァ、ハァ……うわああああああああ!」

 ダメージは甚大。それは自分の拳が一番わかっている。相手が受けない以上、自分も魔力は使わない。意地と意地の衝突、顔面血まみれ、拳も血まみれ。

 されど、

「ぶっはっはっは! 足りん! もっと殺す気で来いやァ!」

 ズタボロで血まみれの咥内から血を撒き散らしながら、アハトはゲラゲラと笑う。武人としての覚悟が違う。心構えが違う。

 何よりも、

「……もう、無理、だ」

「……」

 格が違う。

 血まみれの拳を垂らし、とさかの男は膝を屈した。

 そして、

「……参り、ました」

 小さくそれを口にする。

「おう」

 それだけ言ってアハトは身を翻した。まあこれで少しはひん曲がった性根もマシになるだろう。弱者をいたぶっても強くなどなれない。

 揺らがず、弛まず、ただひたすらに駆け上がるしかないのだ。

 脇目もふらずに――その過程で有象無象の言葉など届かない。そんな余裕もない。

 元無双の剣豪は武人の在り方を示す。


     ○


 結果――

「あ、あなたがあの時の?」

「おお。久しいの。そっちも合格しておって何よりじゃ」

「……と、とりあえず、保健室へ、行かないと!」

「ぶはは、唾つけとけば治るわい」

「そ、そんな怪我じゃないと思うけど」

 ザワ、ザワ。

 こんな感じに周りから凄く引かれることになってしまった。

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