第14話:オリエンテーション!

 アナ・カルテリアはこの日を待ち望み、同時に少し恐れてもいた。あの人が不合格だったらどうしよう、あの人に会ったらなんて言おうか、馴れ馴れしくしたら気持ち悪がられないだろうか、そんなことに頭を悩ませていた。

 それと少しばかりのダイエット、一念発起し大都会ファリアスの散髪屋にも昨日、勇気を出して踏み込んだ。

 少しでもまともに見てもらえるように。

 その結果、

「わしはアハト・オーテヤーデじゃ。そう言えばお互い名乗っておらんかったのぉ。こりゃあ失礼したわい」

 顔面ボッコボコの少年と再会することになった。誰もが近寄りがたい、と思うほどの状態であり、そこら中で噂話が飛び交っている始末。

 やれ先輩にシメられた、だ。

 やれBに喧嘩を売った結果、だ。

「しかし、むぅ、少し痩せとらんか? また緊張してメシも喉に通らんのではないか? まあわしもこれからどうしようか考えてはおるが、人生何とかなるもんじゃ」

「き、緊張はしていないよ」

 だけど、自分がそんな状態なのにこちらの心配をしてくれている。それ以上に認知してくれていた、覚えていてくれたことにアナはホッとする。

 顔は凄いことになっているけれど、あの日と変わらぬ振舞いであった。

 もしかしたらあの日もこんな感じだったのかもしれない。あまり顔立ちが整っておらずとも堂々としている。その心意気を彼女は格好いいと思う。

「本当か? わしの記憶ではもう少しまん丸じゃったような――」

「まっ!?」

 ただ、少しデリカシーが、とは思うが。

 その瞬間、

「最ッ低!」

 大きく踏み込み、Cコースで門外漢であろうに腰の入った良いパンチがアハトの顔面に炸裂する。何故かわからないが避けてはならぬ気がしたため、アハトは甘んじてそれを受けた。まあ普通に痛い。武人相手だと耐えられる痛みも響く。

「せ、セリュちゃん」

「覚えていてくれたの。ありがとう」

 相変わらずのおさげ眼鏡、セリュ・フォルジュは無表情で手をパンパン、と払うように叩く。ゴミ掃除完了、とばかりに。

「ぼ、暴力は駄目だよ」

「女子にまん丸とほざく暴言よりはマシだと思うけど」

「じ、事実だし。今も丸いから」

「ノンデリカシー、とても可愛らしいと思うわ。それに引き換え顔面凸凹男は切った髪ではなく、体型に触れるなんてね。恥を知りなさい」

「こ、言葉が強い」

「行きましょ」

「あ、え。ま、待ってまだ――」

 アナをアハトから引き離すように歩き去っていくセリュ。そんな中、アハトも立ち上がり、ぶん殴られた頬をさすりながら、

「……体型はいかんのか。一つ勉強になったのぉ」

 一つ、学びを得る。

 これだけでわかる、前世での女性経験の皆無さが。

「しかし、ええ拳を持っとる。あの思い切りを、あの坊主が持っとればのぉ」

 今朝のことを思い出し、アハトは苦笑する。

「ひっ!?」

「あの顔が、ぐにゃってなった!?」

 彼が苦笑していると判別できる者はいないが。


     ○


「僕がCコースの統括責任者で、一応君たちの担当教諭にもなりました。名前はエイン・ガーナと申します。皆さん、一年間よろしく」

 よろしくお願いします、と元気よく跳ね返ってきた反応を受け、エインはにっこりと嬉しそうに笑う。

 そして、

「それとアハト・オーデヤーテくん」

「む?」

「もしかしていじめられたりとかしてない? どうもBの学生とひと悶着あったみたいだけれど……何かあれば担任だからね、力になるよ」

 悪目立ちしまくっているアハトにも声をかけた。無視せずに触れる辺り、ことなかれではないのだろう。

「校則がどうこう言う話か?」

「ああ。Bの学生はそりゃあもう腕っぷしが強いからね。基本的にCの学生との争いはご法度、許していいことではない」

「Cがいじめた場合は?」

「ふむ……そんなケースは想定していなかったなぁ」

「であれば黙秘じゃな。わしが校則を破るわけにもいかぬしのぉ」

「おやおや、穏当じゃないねえ」

 今の話の流れを受け止めると、自分がそのBの学生を苛めた、ゆえに黙秘する、となる。そんなことはありえないが、どちらも黙秘しているためこれ以上掘り下げることはできない。無論、目撃証言は多数で、大体は把握済みであるが。

「保健室で休んでくるかい?」

「不要じゃ。唾つけとけば治る」

「……本当に治るのなら君の唾を研究したいよ。さて、ちょっと横道にそれてしまったね。少し巻きになるが校舎の案内をしよう」

「楽しみじゃのぉ!」

 物凄い顔面でウキウキと小躍りするアハトを見て、エインや学生一同、こいつはどういう奴なんだ、と疑問符を浮かべてしまう。

 その小躍りがまた、リズム感とセンスが微塵もなかったので拍車をかける。

 そして、早速エイン先生によるオリエンテーションが始まる。

「まず、皆が最も利用することになる教室のある学生棟だね。本日は別々だけれど、中等部の内はBコースと一緒に一般教養を学ぶことも多い。そちらとも友達を作っておくと良いよ。今後の実習でも役立つこともあるかもだしね」

「はえ~」

 三階建ての学生棟の教室は各階、画一的に整然と長ーい机と長ーい椅子が段々に並べられており、どの席からでも黒板が見やすいように配列されていた。

 席順は基本、好きなところに座っていい。

 なので、

「わしは一番前がええ」

「やる気満々だね」

「無論じゃ。あといつ老眼になるかわからぬしの」

「……?」

 アハトは最前列を常に陣取るつもりであった。

 なお、

「お! お隣さんじゃのぉ」

「ちっ」

「何故座る場所を遠ざけるんじゃ!?」

 おさげ眼鏡のセリュも同じ発想であったらしく、席が隣り合うもすすす、と距離を取るセリュに、アハトはガビーン、とショックを受けた。

「わ、私が間に座るよ」

 と言うよりも座りたい、みたいなニュアンスであったが、

「駄目。暴力を振るわれる恐れがあるわ」

 セリュ、アナを守るようにその場を死守する。常識人かつ真人間を気取っているが、もしかしたら彼女も少しズレている説が浮上してきた。

「振るわんわい! わしを何じゃと思っとる!」

「入学早々暴力事件を起こした人」

「ふむ……ぐうの音も出ん」

「納得しないで!」

 まあ、最前列は今後も賑わいを見せそうである。

 さらに、

「ここは学生棟に併設された学食だね。学生の食事は朝昼夕、全て国庫から出ているんだ。もちろん、学費からも少しは負担いただいているけれど。だから、皆さん税金を支払う市民と親御さんに感謝してモリモリ食べよう!」

「か、感動じゃあ!」

 中等部の学食があるフロアも案内される。アハトはあまりにも手厚い環境に涙する。飢饉などで餓え、餓死する子どもはいないのだ。

 腹いっぱい食べよう、感謝と共に。

 ありがとうママ上。ありがとうファリアス。

 それはさておき――

「今日はB絡みの設備紹介は横に置いて、Cに特化した紹介にするよ。と言うわけで、ここが我が校自慢の工房棟、だ」

「な、なんじゃここは」

 誰もが絶句する工房棟の異様。後から後から付け足し、加え、歪に広がり続ける工房棟はCコースの象徴である。

 鍛冶場もあれば、材木、皮の加工場もある。絵を描く場所、音楽を奏でる防音の部屋、化学、魔術の研究設備も充実している。

 それらが入り組み、さながら迷宮のような様相を呈していた。

「増設に増設を重ね、御覧の通り混沌とした有様だ。まあ、ご存じの通り創立は浅いし、設備はどれも新しい。けれど、手順に則り、生徒会へ申請すれば自身の目指す目的に応じた設備を得ることが出来るわけだ。これがうちの売りだね」

「す、すごいね」

「ええ。聞きしに勝る、とはこのことね」

 学生が望み、それを正しくプレゼンできたのなら、更なる設備を拡張することも厭わない。実際、増設工事も目の前で行われている。

 潤沢な資金と教育への強い信念が成せる光景であった。

「とは言え、ここを上手く活用できるのは専門分野を定めた学生のみ。中等部の前半はクラブ活動を除き、授業でしか使わないと思う。ここが真価を発揮するのは高等部以降だ。つまり、進級しなければならない」

 BにしろCにしろ、この学校の進級が難しいのは周知の事実。基本は中高一貫であるが高等部には外部受験もあり、より優秀な学生を集めるためにもその辺りはかなりシビアな査定により、高等部への進級の可否が決まるらしい。

「頑張ろう!」

 すでに入学時から進級のことを考えねばならない。憂鬱であるが名門の中高一貫校とはこういうもの。

 身が引き締まる思いであった。

「わし、どんなことをしようかの~?」

 全部が面白そうで目移りしているこの男以外は。

 そんなこんなで中等部と高等部が併用する大図書館なども案内され、最後は――

「ここが中等部の学生寮、西と東に寮棟が分かれていて、男性は西、女性は東だ。あと、中等部と銘打っているけれど、高等部の学生も空き部屋があって申請すれば住むことは可能だ。けど、あまりおすすめはしないね」

「何故ですか?」

 ビシ、と手を挙げてセリュが質問をする。

 初日にしてすでに委員長のオーラを纏いつつあった。委員長界の超新星と呼ぶにふさわしい見事な真面目挙手である。

「まず、高等部からは学外で部屋を取ることが推奨される。これは自立の一環だね。これはBもCも同じだけど、高等部以降は自らの選択した分野のプロと同じような活動、仕事に従事するケースが多発する。つまり、御給金も発生するわけだ。それで寮にしがみつくのは、ね。高等部の学費には寮費は含まれていないし。それでも門戸が開かれているのは全ての活動にお金が発生するわけではないから……ただ、寮にしがみつく学生はそもそも稼ぐ気はない者が多くてね。ともすれば学生と言う立場にしがみつき、意地でも卒業だけはしないとあらぬ方向へ闘志を燃やす者も」

「そ、そんな学生が進級し、退学にもならないのですね」

「……優秀だからこそ厄介なのさ。君たちもいつかわかるよ。馬鹿と天才は紙一重じゃない。馬鹿と天才は並び立つものなのだ、と」

「……」

 エインの困り果てた様子を見るに、よほどの難物がこの寮に巣食っているのだろう。息を飲む学生たち。アハトはぽかんと首をかしげていた。

 剣以外、長話で彼の意識を繋ぎ止めることは難しい。

「それと寮は原則二名一部屋のルームシェアだ。シェアする相手はお楽しみ。一つ言えるのは日常生活からも得ることは少なくない。ただ仲良くなるだけでなく、ニーズをくみ取る、なんて視点を持つと成長も早くなるかもね」

「???」

 意味深な発言だが、アハトには微塵も理解できない。周りも首をかしげるものが多発する中、

「Bの学生とたくさんお話しして、相手の理解を深めることが大事、だよね?」

「そうね。どの道を進むかどうかはともかく、ファリアスが最も望む人材はBとの相乗効果を生む者、つまりは戦闘、冒険に寄与する者だもの」

「わ、私は、あんまり」

「あくまで学校が望む人材の話で、その上で好きな道を選べばいいと思うわ」

「そ、そうだよね」

 才女二人は把握している模様。聞こうか、とも思ったがセリュの鉄壁を突破できる気がせず、もし機会があったらアナと二人の時にでも聞こう、と妥協した。

 剣以外、からっきしのアハトであった。


     ○


 初日のオリエンテーションが終わり、割り当てられた部屋へ向かうアハト。何度もアナが話したそうにしていた気もするが、気のせいかもしれないので自分から歩み寄ることはしなかった。セリュも怖いので。

 どうにも女性相手は調子が出ぬ、とアハトは落ち込んでいた。

 ママ上に頭が上がらぬのは当然だが、同世代相手でもこのザマとは。齢88ともうすぐ13。とうとう大台を一つ越えると言うのに――

「威厳がのぉ。やはりおなごのような顔がいかんのか? もっとあれかの、筋肉をつけて……ママ上が怒るのぉ。困るのぉ」

 なお、顔面は現在もボコボコな模様。

 おなごどころか人間の造形じゃない。が、本人に自覚無し。

 たぶん、筋肉云々の前にこの時点で母は切れ散らかすだろう。うちのワシちゃんになにしてくれとんじゃい、と。

 いなくてよかった。

「む、この部屋か。さて、どのような者がシェア相手かのぉ」

 こんこん、とノックし奥から「どうぞ」と声が聞こえた。

 どうやらシェア相手はすでに部屋の中にいる模様。

「失礼する」

 威風堂々と入室し、

「「!?」」

 両者、互いの姿に仰天する。

 アハトを見る眼が驚くのも無理はない。なにせ、顔が人間の造形からかけ離れてしまったのだ。どう見ても無事ではない。そりゃあ驚く。

 しかし、アハトも驚いてしまったのだ。

「ぬ、ぬしは……この前の早とちりした小童か!」

「早とちり? 僕は君のような不細工など知らない」

 だって相手は、

「わ、わしの、ママ上似のぷりちーな顔面に……ぶ、不細工じゃと!?」

「魔獣かと思ったが、一応人間か」

「誰が一応人間じゃい!」

 あの冒険者ギルドで出会った黒い剣士であったから。

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