第11話:ゆずれないもの

「かんぱーい!」

 合格の報せが届いたことは村中に即日伝わり、すぐさまこうして祝勝会が開かれることになった。まず、この村から学校へ通うような子どもが出ること自体稀であり、出身であるアハトの父以降、片手で数えられるほど。

 しかも世界有数の名門校と言うのだからお祭り騒ぎである。

 まあ、騒ぎたいだけな感じもするが。

「いやぁ、俺はわかっていたよ、アハトは賢いって」

「私もわかっていたわ。話し方が賢そうだし」

「感謝じゃ」(嘘つけェ!)

 村中の人々が集まりどんちゃん騒ぎ、それほど大きくない村であり全員知人、身内のようなものだが、比較的風変わりであったアハトに仲の良い友人は少ない。

 特に若者だと――

「いやだぁ。いなくならないでぇ。いなくなったらお母さんに手を出すぞぉ。嘘じゃないぞぉ。本気だぞぉ」

「成敗!」

「もっとォ!」

 元好青年、ぐらいである。なお、彼はアハトの母に淡い恋心を抱いていた時代は実際真っ当な好青年であり、村でも結構信頼されていた。

 だが、アハトと出会い、性癖を捻じ曲げられた結果、

「狂っちまったな」

「昔は良い奴だったのに」

 アハトなしでは生きられぬ身体となってしまったのだ。えいえい、と母を守るために拳と蹴りを放つが、その痛みが彼に興奮と快楽を与えている。

 アハトはその暗い欲望に気づいていない。

 基本、戦闘以外の察しが悪いのだ。

 そしてもう一人、

「……」

 魂が抜け殻となっているのがアハトのママ上である。頑張ったのに落ちてしまって残念だけど、これからずっと一緒に暮らしていけるぞ、とウキウキだったところに、合格の報せが届いたのだ。

 しかも、

「合格、ギリギリの最低点だったらしいわよ」

 Cコースの最低点、つまり最下位での滑り込み合格である。あと一問、どこかでアハトが取りこぼしていれば、母の思い描いた至福の同居生活が実現していたのだ。宿題を見てあげたり、学校生活のよもやま話をしたり、恋バナとか――

「ワシちゃんは恋愛しません!」

「ど、どうしたの突然!?」

「大丈夫? お医者さん行く?」

「私も医者でぇす!」

「そ、そうだったわね」

 母、妄想で発狂。

 周囲に心配されるほどに気が狂っ……憔悴していた。

「……」

 そんな母を横目に皆の称賛を浴びながら村の夜は更けていく。


     ○


「実は昔、わしも冒険者をやっておった。いつかわしの後継者として、村を出る若者に託したかったのじゃ。受け取れ、わしが東方の部族より授かった片刃の剣じゃ」

「……錆びとるが?」

「モノは良い。良かった、のじゃ」

「ま、まあ、ありがたくいただこうかの」

「うむ。次に戻ってくる頃には……わしの命も尽きておろう」

「真に受けるなよアハト。これ、お前の父ちゃんにも昔同じこと言っていたから。死ぬ死ぬ詐欺して何十年だよ、長老」

「はて?」

 宴もたけなわ、どんちゃん騒ぎを十分満喫した村民たちは思い思いに散っていく。後片付けは翌日やるから、と酔っぱらいたちは散らかしたまま。

 まあ田舎の宴会などこんなものか。

 残った母をひょいと背負い、

「ママ上、帰るぞ」

「んふふ~ワシちゃん力持ち~」

 泥酔した母を家へ持ち帰る。

 何度も母を背負った経験はあるが、その度に軽くなっているように感じるのは自分の力が向上したことよりも、背丈が伸びて背負いやすくなっていることが原因であろう。まだ同世代よりも背は低めではあるが、母の身長はもう少しで超えてしまう。アハト自身、前世に母の記憶はない。天涯孤独の身の上である。

 だから、こういう経験も、感情も初めてのことであった。

「ママ上よ。わし、やはりメーアの――」

「だ~め」

 母は背負われながら、アハトの頬をぷにぷにと突っつく。

「しかしのぉ」

「そりゃあね。とっっっっても残念だけど、ワシちゃんの頑張りが無駄になるのは許せない。それをしたら、私はきっとお母さん失格だから」

「……」

 そこはずっと一貫している。泥酔していようが母に揺らぐ様子はない。

 だから、

「……では、その、引っ越しのはどうじゃ? 原則寮生活らしいが、実家が都市の中にある場合に限り、実家からの通いも許可してもらえるらしいのじゃ」

 腹案をぶつけてみた。合格が決まってから喜びと憔悴を繰り返す母を見て、アハトも少し頭をひねっていたのだ。

 これなら別れずに済む。それにここは母の故郷ではない。父親の方の故郷であり、父がこの世を去った今、彼女にとってゆかりのない土地である。

 ゆえに――

「それもだめ」

「何故じゃ?」

 ここまできっぱりと断られると思わず、アハトは驚いて聞き返す。

「パパとね、あのおうちで一緒に住もうって約束したの。ワシちゃんがお腹に出来てね、私が戦争についていけなくなった時、パパは家のことはどうでもいい、気兼ねしなくていいから、なんて言ってた」

「……」

「だから、私はずっとあのおうちに住む。ワシちゃんのことはだーいすきだし、ずーっと一緒にいたいけど、それでも私の家はあそこなの」

「……そうか」

 思えば随分と自分は彼女の子どもが板についてしまっていたらしい。つい、自分が一番愛されている、そう思い込んでしまっていた。

 もちろん愛されているのは本物で、そこに順位などはないのかもしれない。

 だけど、

「んふふ~、もしかしてやきもち焼いちゃった?」

「……やもしれぬ」

「ワシちゃんきゃわいー」

 彼女には自分が生まれる前から心に決めた相手がいる。如何なることがあろうと、心の中にあるその場所は譲れぬし、譲りたくないのだろう。

 気持ちは少しばかりわかる。

 かつての自分が仲間を作らなかったのは、彼らを最初で最後の仲間としたかったから。その心の場所を、他の者へ明け渡したくなかったから。

 頑なに、そうしていた。

 だから、

「いってらっしゃい、アハト」

「うむ。ちと行って参る」

 素直に受け止める。そうするしかない、と理解したから。

 人には誰しもあるのだろう、譲れぬものが。

「でも、寂しいから文通しましょ」

「構わぬぞ」

「毎日お手紙出すわね」

「……週一で手を打たんか?」

「ママ、寂しい!」

 ならば、それを尊重した上で何かあればすぐ戻り、守る。自身が如何なる状況であれ、母の窮地には最優先で対処する。

 それが早逝した父と自らが居場所を奪ってしまったこの身体への、せめてもの償いであり、それと同時に己がすべき譲れぬことと刻む。

 それがアハトの、セカンドライフ第一歩目の誓いであった。

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