第10話:わしが飲んだって言う証拠はあるんか、証拠!

 お受験戦争から帰還し、翌日。

「……すまんかった」

「……いいんじゃよ」

 二人して頭部にたんこぶを作る、アハトと長老が海へ向かって竿を垂らしていた。村長と長老でややこしいが、村長はそのまま村の長でありまとめ役、長老は単純にめっちゃ長生きなので皆から長老を親しまれている。

 ちなみにアハトの釣り友達である。

 元々はワンチャン狙いでアハトの母に近づいたスケベジジイであるが、アハトに撃退される内にこちらと仲良くなり、釣りや山菜採集など趣味と実益を兼ねた遊びを二人でつるみ、よく出かけているのだ。

 なお、アハトには同世代の友達はいない。村に子どもはいるが、あまりにも話が噛み合わずに長老や村長とばかり遊んでいる。

 遊びの内容は――加齢臭香る感じでお察しだが。

「ママ上も頑固じゃのぉ。酒なんぞ下手な水を飲むよりよほど健康にええじゃろうが。水で腹壊しても、酒で腹壊したことはないぞ」

「わしもそう思う」

「じゃろ?」

 ちなみに豆知識だが、アハトの元居た世界では主に西側で老若男女が酒を飲む地域があった。水質が悪く、酒にして殺菌しないと飲めないから、である。

 衛生管理が行き届いていない文明ではままあること、であった。

 まあこの辺は綺麗な水なので普通に飲めるのだが。ただ、海辺では井戸に塩が混じるため、村民は大体少し足を延ばし山の方へ水汲みに行く。

 オーテヤーデ家では四つの頃からアハトの仕事であった。

 無理やり母から役割を奪い取った、が正しい。

 以上、水小話である。

「でも、最近は法律がのぉ、厳しくなっとるでな」

「この辺のお回りなんぞみんな知り合いで、なあなあじゃろうが」

「そうもいかん世の中ということじゃ」

「むぅ」

 アハトと長老の会話、ほぼ同じ口調のため大変わかり辛い。

「いつも貰ってばかりじゃから、こうして釣りのお供に振舞おうと思っておったんじゃが……全ては村長の魔の手に堕ちたわい」

「まあまあ。気持ちだけもらっておくよ」

 この二人の釣りは正直言うとほぼ釣れない。本気で釣りたいのならこんな場所ではなく舟でも出すべきであるが、人気もなく落ち着いて釣れるのが二人にとっては居心地がいいのだ。その辺は老人同士、である。

「それに……」

「やあやあお二人さん。釣れているかい?」

「ほれ来た」

「やや、ボウズかぁ。相変わらずだねえ」

 噂をすれば何とやら、村長が颯爽と現れる。さすがに村長ともなるとそれなりに忙しい時期もあるが、暇な時はとことん暇なのでこうしてよくつるむ。

 精神的な加齢臭むんむんの空間である。

「あ、アハト氏、お土産ありがとうね」

「うむ。剣の借りじゃ」

「いやぁ、それじゃあお返しじゃないけど……はい!」

「「ほほう」」

 アハトのお土産である生命の水、つまりは蒸留酒なのだが、そこに蜂蜜を垂らして混ぜ混ぜすると――甘い。

「法律なんぞクソくらえじゃ!」

「おー、つんと香るのぉ。わしは蜂蜜いらんかも」

「わしゃあ甘味など入っとれば入っとるほどええぞ」

「そこだけおこちゃま舌なんだねえ」

「なんじゃ? 売っとるんか?」

「か、かんぱーい!」

「「かんぱーい!」」

 彼らが飲酒しているかどうか、未成年飲酒の現行犯かどうか。それは誰にもわからない。何故なら地の文で飲酒していると明言していないから。

 この光景もモザイクがかっている。

「うい~、禁酒後の酒は効くのォ」

「ほれほれ、ちびっとちびっと」

「ちびちびと」

「ぶっはっはっは!」

 声も変えられているかもしれない。

 とにかく未成年飲酒は駄目絶対。お酒と煙草は二十歳になってから。

「煙管欲しくなってきたのぉ」

「やっちゃえ!」

「わしのかっちょええの貸そうか?」

 守ろう、法律。


     ○


「アハトォ!」

「ひぃ!?」

 母、愛と怒りの鉄拳が炸裂し、元無双の剣豪アハトは涙目を浮かべる。母の愛は強いのだ。当然、悪ノリした村長と長老も即日シバかれている。

 母、強し。

 飲酒の事実に関しましてはノーコメントでお願いいたします。


     ○


「アハト君! お母様に手を出しに来たよ!」

「懲りん小僧め。わしの鉄拳を喰らえ!」

「あはん⁉」

「蹴りもじゃあ!」

「お、おみ足まで⁉ ぜ、贅沢ゥ!」

 村での日常、穏やかないつも通りの日々が続く。

「あいつ、アハト不在の時はオーテヤーデ家に顔出さなかったよな?」

「完全にターゲットが母親から息子に移ってんだろ」

「……だよな」

 改心した村長、長老はさておき、常にアハトの在宅を見計らい、アハトへ母を襲うぞ、と脅し毎度迎撃される青年。拳で、足で、殴られる度に彼の黄色い悲鳴が響き渡るのだ。真面目な好青年が何故か歪んでしまっていた。

 何故だろうか――

「油断大敵! でも、今のアハトちゃんなら十中八九、メーア国立学校に合格できるでしょう。ママも認めます」

「過去問も楽勝じゃった。拍子抜けじゃの」

「二割ないし一割は落ちるわよ。そんな心構えじゃ! ワシちゃんの快足を知った今、唯一ワシちゃんに申し訳ないなぁ、と思っていた通学距離も問題ではなくなったの。つまり、絶対受からなきゃいけないの。わかる?」

「その理屈はちとおかしいの」

「んまっ、慢心しているわね。おうちから通い、ママと毎日会いたくないの? おうちから通学可能な学校はここだけなのよ!」

「自分で歩いてみて国の一つや二つ跨いだところですぐ駆け付けられるとわかったからのぉ。別にわし、寮でええんじゃが」

「ママが良くないの!」

 お受験戦争も第一幕が終わっただけで、第二幕、第三幕、と合格するまで続くもの。日夜、こうして激しいやり取りが続く。

 そんな日々が重なり、ある日のこと――

「超絶ぷりち~♪ ワシちゃんのきゃわいさは世界一ぃ~♪」

 自らが作詞作曲した名曲、ワシちゃんフォーエバーを口ずさみながら、母は上機嫌に洗濯物を干していた。つい先日、アハトがさっと地元の国立学校に受験へ赴き、本人曰く絶対に勝った、わしは強くなり過ぎてしまったのかもしれぬ、とのことゆえ、ほぼ合格は確実となった。しかも同居のまま。

 これを幸せと言わずに何と言おうか。

「オーテヤーデさーん、郵便でーす」

「はーい」

 何かしら、と母は首を傾げる。医師協会の方からか、それとも――まだ地元の結果が送られるには早過ぎる、と考えたところで。

「あっ」

 答えに至る。それと同時に目に入るは――

「ここにサインおなしゃーす」

 分厚い封筒。

「……ふぁ、ファリアス国立学院……ね、ねえ、配達員さん。この封筒、うちで合ってる? ちょーっと、分厚い気がするのだけれど」

「合ってますよ」

「……もっと薄くならない?」

「自分の一存では。あ、サインあざます。ではでは~」

「……」

 大変分厚い封筒を抱え、母は呆然と立ち尽くす。

 不合格、それを伝えるだけの封筒ならこんな厚みは必要ないはず。どこの学校も不合格は紙切れ一枚ぐらいが相場である。

「さ、最近の学校は丁寧なのかしら、おほほほほ」

 そう言いながら震える手で封を開け、

「話がちがーう! でもワシちゃんおめでとー! でもでも、話がちがーう!」

 何度見ても合格と書いてあり、母は狂乱してしまう。

 愛する息子の苦労がかなった喜びと、完全に愛する息子と同居して学生生活を見守るつもりだった、その狭間で反復横跳びをし続ける。

「ママ上、どうしたんじゃ?」

 その狂乱はアハトが釣りから戻るまで続いたそうな。

 なお、その日は珍しく大漁であったとのこと――

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