第9話:人生初の敗走

「ただ今戻った」

「え? ワシちゃん!?」

 ガタン、と幽霊でも見るかのような表情で立ち上がる母。アハトはきょとんとしながら玄関から家に入る。

「受験日、昨日じゃなかった?」

「うむ」

「……早馬を乗り継いでも、一週間近くかかると思うのだけど?」

「生ものの土産を買うてしまってのぉ。ちと急ぎ走ったのじゃ」

「はしった……は~ムソーのケンゴーって凄いのねえ」

 アハトが戻り次第、愛する息子成分を摂取しようと毎日スタートの練習をしていた母であったが、あまりにも常軌を逸した帰宅速度に驚きが勝ってしまう。

 一週間が一日に縮んだのだからそりゃあ驚く。

 その一週間もほぼ最短、肉親が危篤な状況で全力を出すケースであり、路線馬車を乗り継ぐ旅なら二週間近くはかかる。

 まだまだ愛する息子との再会はかなわない。そんな耐え忍ぶ戦いへ身構えていたらひょっこり戻ってきたのだ、拍子抜けもしてしまう。

 それはそれとして落ち着いたらムクムクと抱き着きたくなってきたが。

「昔から健脚なのが自慢での。ほれ、これがママ上への土産で、一応剣を借りた手前村長の分も用意した。粗品じゃが」

「……これは?」

 村長には木彫りの――ナニカ。

「あの村長へ金を使うのも癪での。どうしたものかと思っておったらファリアスにはドデカい木があったんじゃ。知っとるか?」

「王樹リア?」

「うむ」

「……まさか、これ」

「ええ感じの枝を断ち切り、わしが手ずから彫った仏じゃ。無病息災の祈りが込められておる。実はわし、洞窟に引きこもってから暇でのぉ。その辺の木を削って彫刻をやっておったんじゃ。まあ、その、途中で節々が痛くてやめたんじゃけど」

 彫刻も出来なくなり、瞑想の時間を増やすしかなくなり、最後は思い切りやらかしたことを思い出し、アハトはズン、としょぼくれる。

「これは私が預かります」

 しかし、無賃の土産仏が奪われてアハトは正気に戻った。

「なんでじゃ!? 実はわしの仏、イケとるのか!?」

 他者へ披露したことなく、評価を受けたこともないためアハトはちょっぴりソワソワしてしまう。もしかするとわし、凄いのでは、とか。

「味があり、愛嬌もあります。って、そうじゃなくて犯罪なの。王樹リアに一般人が触れること自体。枝を伐採するなんて言語道断だと思うの」

「何じゃそういう話か……そう言えばなんぞ警備の者がおったのぉ」

「とっても厳重だったはずよ」

「数だけはおったが、まあ全員ぼんくらじゃったわ、がはは!」

「む、ムソーのケンゴーさんも考え物ね」

 王樹リアに内蔵されし『エリン』はファリアスの国宝であると同時に、魔都ミクトランにとっても、その他多くの国家にとっても重要なものであり、世界一厳重な警備が敷かれているはずなのだ。王樹自体はあくまでアンテナの役割であり、常に厳戒態勢なのはコアである『エリン』の方ではあるが――

 その守りを突破し、木彫りのHOTOKEなる謎の彫り物をしてきたアハトには我が子ながら将来が心配になる行動であった。

「村長はどうするかのぉ」

「あら、プルヌス産の梅があるじゃない。これをあげましょ」

「駄目じゃ。これはわしのじゃ」

「梅が好きなの?」

「うむ。これをの、市で買った生命の水とお砂糖をズドンとぶち込み、漬け置くことであら不思議」

「……生命の水?」

「うむ。なんと飲むとの、甘くて心地よくなれる百薬の――」

「蒸留酒の隠語ォ! 未成年飲酒駄目絶対ッ!」

「な、なんじゃミセーネンがどうたらって。わしの国ではガキの時分から気付けでごうぐびっといっとったぞ! この二年は受験のため控えておったが――」

「ワシちゃん。時代が違うの。駄目なの、わかって。あと、二年前は飲酒していたの? ママ、プッツンしちゃいそうなんだけど……誰の差し金?」

「……」

「ママ、噴火二秒前です」

「ちょ、長老じゃ。で、でもちびっとじゃぞ?」

「承知いたしました」

 翌日、二人まとめてシバかれた。

 なお、村長には後日都会の蒸留酒です、と生命の水が進呈されたそうな。それをアハトは血の涙を流して見送ったとかなんとか。

 梅は甘く味付けしてから干し、ぷりちーなおやつになった。

 泣いた。

 それはさておき、

「この土産はのぉ――」

 アハトは一向に受験の話をしようとしなかった。土産のことや現地の話に終始し、目的であった受験には不自然なほどに触れない。

 さすがに母も気づく。

 そして、

「……いかんのぉ。いの一番に話さねばならなかったのじゃが……なぁ」

 気づかれたことにアハトも気づき、苦笑いを浮かべながら髪をかく。

「駄目だった?」

「うむ。完敗じゃ。最善は尽くした。悔いもない。が、ちと悔しいのぉ。しかも情けなくも誤魔化してしもうた」

「そう。走って疲れたでしょう? 今日はもうゆっくりなさい」

「……すまぬ」

 単純な力不足。地力が足りなかった。あと一年、いや、半年あれば合格に乗せられたかもしれない。だけど、勝負に「待った」はない。

 その時、足りなかった。

 それが全てである。

「お酒は置いていってね」

「……ちびっと飲むと、寝つきが」

「……」

「嘘です。置いていきます」

 再び没収された生命の水。無双の剣豪の早業も、母の愛による超反応を前には無力。母の愛は偉大である。

 アハトは久方ぶりに部屋に戻り、着替えてそのままベッドへ潜り込んだ。

 遊戯や博打、勝負事で負けたことがないわけではない。特に博打は弱く、仲間内からよく馬鹿にされていた。一人になってからは一度もやっていないが。

 だが、真剣に、積み上げた戦いで敗れたことはなかった。

 剣のみが該当し、生涯無敗のまま死に絶えたから。

「……戯れの中で、敗北を知ったつもりであったが」

 受験後はやり切った感覚が強かった。出し切った感じで誤魔化せていた。だが、ここまで一気に駆け抜けてきたのが何よりもの証。

 冷静ではいられない。

 そう、

「……阿呆よなぁ、わしは」

 アハトは自分が負けず嫌いであることを自覚した。追って訪れた敗北の味が口いっぱいに、胸いっぱいに広がる。

 二年間頑張った。頑張って及ばなかった。

 その悔しさ、思ったよりも堪えるものであった。受験当日、若者に偉そうなことを語ったが、改めて自分の人生の薄さを嘆く。

 これを知らない人生であったのだ。

 何が年長者か。知らぬことが多過ぎる。

 敗北の味がこれほど苦いとは知らなかった。もう少し積んだ後に、頑張った後に、この気持ちを味わったら自分は平静でいられるだろうか。

 そんな気持ちを、自分は対峙してきた相手に、並んできた仲間に、友に強いてきたのだ。勝者は一人、最強の頂にはそれだけ敗者の躯が積み上がっている。

「……知ったつもり、わしにはそれが多過ぎる」

 今、敗れた側に立った。まだ勝負は決していないが、間違っても手応えのある勝負でない以上、やはり彼の中では敗北であるのだ。

 その苦みを噛みしめ、忘れぬように刻み込む。

 今一度、生涯無敗の道が傷つけた者たちを想いて――そんな彼らを少しだけ理解できるようになったからこそ。

「悔しいのぉ」

 今更、であるが。


     ○


「……」

 ファリアス国立学院の職員室にて採点を行う教師、エインは柔和な顔つきの中に興味深そうな、同時に引っ掛かりを感じる表情を浮かべていた。

 それに対し、

「どうされましたか?」

 同じく教師のセスランスが問いかける。知的で柔和、眼鏡をかけた穏やかなエインと異なり、セスランスの表情は相手を気にかけた問いであろうはずが、その表情、鋭い目つきも優し気な色は微塵もない。

「んー、この子の答案、面白いなぁ、と思いまして……Bはいました? 今年の受験生で先生のお眼鏡にかなう子とか」

「いませんな。小粒です」

 バッサリと冷徹に言い切る様にエインは苦笑してしまう。

「まあ、今年の目玉にはあの特待生もいますし、何だかんだ例年爆伸びする子も出てくるでしょうし、ファリアス国立学院も安泰ですね」

「あれはただの外交の道具でしょうに」

「……」

 この男は口にナイフでも仕込んでいるのか、と言うぐらい鋭い言葉で誰彼構わずに切り裂くセスランス。これで教師など務まるのか、と思われるがBコースでは名物教師であり、彼の授業を受けるためにわざわざ歴史ある名門のある帝国からも受験者が現れるほど、出来る男である。

 なお、見た目通り授業はすさまじく厳しい。

「答案、拝見しても?」

「興味あります?」

「エイン先生が中等部如きの答案を面白い、と思うのは珍しいですから」

「たはは。僕、顔に出やすいんですよ。では、どうぞ」

 エインは答案をセスランスへ手渡す。セスランスの言う中等部如き、これは別に不思議な話ではない。彼らは中等部と高等部のどちらも見ており、より高度な学びを提供する立場である。高等部への進級テストでようやく一つ二つ、興味をそそるものが出てくるかどうか。それが普通である。

「……これは」

「面白いでしょう? そもそも今年の悪問枠なんですよ、結界術は。どの学校も出しませんし、人間はあまり使い手も多くありませんから」

「高位の魔族はよく使ってきますがね」

「ええ。なので出しました。BもCも」

「……特待生へのサービス問題兼ふるい、ですな」

「その通りです。きちんと対策していた受験生は哀しいかな、Bは特待生を除きゼロです。Cで四、五人ですかね。基本は外へ閉じた結界について……しかし、特待生とその子のみ、記述欄で閉じない結界についても触れていた。語彙はともかく、掘り下げはこの子の方が上でしょう? しかも、その先にも触れている。相手への結界付与、はさすがに荒唐無稽な気もしますが……」

「ふむ。おっしゃる通り語彙が少ない。暗記しておくべき前提知識も物足りない」

「でも?」

「……発想は面白い。この子はBですか?」

「残念。Cです」

 セスランスは考え込む。これからこの集合都市の看板として、世界中を繋げる都市を支える人材育成の場として、教育機関としてより高みを目指し、帝国の上を行く。いずれは帝国もこちら側へ、そう考えている現状、この子の地力は足りていない。甘く査定してはいけない。その甘さが品格を損ねることに繋がるから。

 しかし、これは――

「この子だけ……見ている視点が違う。答えを知っていて、過程を証明しているような、そういう書き方。名は……」

「アハト・オーテヤーデ、です」

「オーテヤーデ?」

「ご存じですか?」

「……いや、それほど珍しい名でもない、か。それで、この子は合格すると思いますかな? Cコースの統括責任者として」

 セスランスはエインへ視線を向ける。

「ん~。まだ他の教科を見ていないので何ともですが……地力は間違いなく足りていない。必死さは伝わりますけど。でも、面白い子ですよね、個人的には」

「先生、特別扱いは」

「もちろんやりませんよ。僕はあくまで魔術学の採点をするだけです。なのでまあ、結界術のところだけ少し、独創性への加点でも、と」

「……それを特別扱いと」

「まあまあ。Cコースで大事なのは専門分野におけるセンス、バイタリティ、ユニーク。答えのない世界で学力だけの定規はナンセンスでしょ?」

「……ハァ」

「あとはこの子の努力次第。魔術学の答案のように取りこぼしがなければ……何とか当落線上に食い込めるかどうか、ですかね」

 セスランスから答案を返してもらい、エインは少し迷っていた部分を加点する。これが奏功するかどうかは他教科での踏ん張り次第。

 人間、どうしても取りこぼしは出てくる。

 常人では難しい橋であろう。さあ、渡り切っているかどうか。エインはいち教師として結果を楽しみにしながら他の仕事に取り掛かる。

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