第8話:お受験戦争、終結!

 アハトは自分の言葉の裏にある自省、それを想いながら席につく。

 そう、あの言葉を紡ぎながら彼自身も己の迷走に気づいてしまったのだ。自分との戦い、この筆記試験と言う戦いは剣とは違う。自分のして来た闘争とは異なる。

 何故、自分はあの少女に実力があると気づいたか。

 それは自分が癖で周囲を警戒し、探りを入れていたから。やろうと思えばペンの動きを読み取り、答えを写し出すことも出来た。さすがにそれは止めたが、重要なのは自分が周囲を窺っていたこと。

 剣なら正しい。戦場ならそうすべき。

 しかし、ペンの闘争にそれは無駄に意識を散逸させているだけ。集中できていたとは言えない。最善は尽くしたつもりであったが、本当にそうであったか。

 答えは否。

 もっと没頭すべき。目の前以外の視野も、情報も必要ない。

 その自省を糧に、

「魔術学の試験を開始してください」

 アハトもまた今一度向き合う。もう、意識を他に割くことはしない。自分と問題、答案、それのみに絞る。

(魔術学、正直苦手分野じゃ。これだけがわしの経験値と重なる部分があり、それが雑音や過ちの元であったからの。ただ、集中して、注意深く進めば混同はせぬ。分けて考えられたなら、唯一積み重ねが生かせる分野でもある)

 問題文にずらりと並ぶ名称、この世界独自の体系。

 それは世界中を放浪し、様々な術理に触れてきた放浪の剣豪にとって、直感に反する部分も多々あった。自分の知る語句と同じものを、この世界のものへと置き換えるのも難儀ではあった。が、それは克服済み。

(魔力は気じゃ。チャクラ、オーラ、わしの旅の中でも色々と呼び方はあったが、根本的な考え方は変わらぬ。ただ、運用法は外界への作用が多く、内気功の分野はあまり多用されておらぬ。ゆえ、そうと認識して解答してゆく)

 迷いなく走らせるペン。

 自分の中の引き出し、比較的新しいものから引っ張り、書き出す。しかし、雑音となる部分は思考から一時消す。

 問題は多い。このファリアス国立学院の特徴らしい、とママ上が言っていた通り、算術なども処理力の強度を問うような量で攻めてくる。

 魔術学もそれらと同様に前半戦は量。迷っている時間はない。

 後半戦への余力を残しつつ、正確無比に解答し続ける。地力の足りぬ自分が勝とうと思えば、前半戦での取りこぼしは許されない。だから、少しセーフティに前半戦のみに注力し、点を細かくかき集める、その戦術を取っていた。

 ママ上考案の勝ち目の薄い戦いで、勝ちを拾うための戦術である。

 だが、

(術式は東の五行より、西の考え方であったの。外科、解剖学の発達に驚いたものじゃ。思えば、着眼点の差異はそこにあるのじゃろうなぁ)

 ここからはあえて総取りを狙う。

 無論、どうやっても解けぬ問題はある。それは単純な知識不足であり、地力が足りぬと言うこと。理系分野はそれが多かった。

 まあ、魔術学も大別するとそちら側であるが――それはさておき後半戦の難しい問題は魔術に対する理解、根に対する思考実験のような問題が増えてくる。

 ここで、

(来たのォ! ここからじゃあ!)

 自分の引き出しを全開放する。言語化が苦手であった。放浪した先で学ぶと言っても、ほぼ実戦の中で盗んだものばかり。

 学問として武を深めたことはない。

 されど、今回はそれに挑戦する。的外れでもいい。それでも、自分がこの中で抜きん出るとすれば、ここで勝たねばどこで勝つと言うもの。

(おお、結界術じゃな。先の戦いで使ってきたのォ。しかし、あまり頻出の分野ではない。それは難解であるから……わしも切れるが使えんしの。なれば――)

 単純な知識を問う問題はそれを持つか持たぬか。

 だが、応用の思考実験に関しては知識を立体的に、高度に積み重ねられるか。奥行きが重要になってくる。

 そう、

(足らぬ者が賢く勝とうとするでない。周囲を窺う暇があるのなら、一滴でも絞り出せ。血を、汗を、残らず、全部)

 無双の剣豪はその奥行きの果てにある結果を知るのだ。

 それらを無数に切り捨ててきた。ママ上も、もし勝てる分野があるとすればここ、と言っていた。自分もそう思う。

 手も足も出ない、その感覚はない。

 むしろ、自分の経験が先んじている、そう思う部分もある。

 ならば、あとは言語化するだけ。こちらの者に伝わるように、自分の中では感覚でしかなかったものを、今持てる言語で表していく。

 頭が熱い。自分は今頑張っている。

 つまり、自分はこの世界では凡夫であるのだ。それを肝に銘じ、自分の知る誇り高き敗北者たちと同様に、死に物狂いにやる。

 取り繕った、打算的な必死ではなく、遮二無二我武者羅に。

 全てを――吐き出すように。


     ○


「……ふぅ」

 出し切った。午前中、死にそうな表情をしていた少女の姿はそこにない。後悔のないように、自分の持てる全部を出した。

 これで駄目なら、自分が足りなかっただけだと思えるぐらいには。

 だからこそ午前中の出来に多少悔いは残るが、それよりも午後から出し切れた、それが嬉しかった。

 少しばかり放心状態であったが、

「大丈夫?」

「え、あ、だ、大丈夫、です」

 三つ編みを二つ垂らし、さらに真面目ポイントを高めるべくかっちりとした銀縁の眼鏡をしている少女から声をかけられ慌てる。

「ならよかった。お名前、聞いてもいい?」

「あ、その、アナ・カルテリアです」

「私はセリュ・フォルジュ。よろしく」

 おさげの少女、セリュはまん丸な少女、アナへ手を差し出す。

「ど、どうも」

「専攻は決めている?」

「あ、まだ……でも、生活を豊かにするような、そういう道具は作りたいなって」

「そう。私は剣鍛冶。一緒に頑張りましょ」

「ま、まだ合格が決まっているわけじゃ」

「そうなの? 自信ありそうだったから……勘違いだったらごめんなさい」

「セリュさんは、自信あるの?」

「ええ」

 凄い子だ、とアナは髪の隙間で目をまん丸に見開く。

「ま、自信だけなら競争相手にわざわざ手を差し伸べていた彼も相当だけど」

「あっ、あの人は?」

 アナはきょろきょろと辺りを見渡すが、あの特徴的な緑色の、美しい翡翠のような髪色は見当たらない。

「試験終わりにすぐ出て行ったわよ。笑っていたから自信はあったんじゃない?」

「そ、そっかぁ」

 ありがとう、を伝えそびれた、とアナはしゅんとなる。

 それを見て、

「あの様子だしまた会えるでしょ。あれで自信なかったらただの馬鹿だし」

 セリュはアナを慰める、が悪口も混じるところを見ると口はあまりよくない模様。

「ば、馬鹿ではないと、思うけど」

「なら、また会えるってこと。それじゃ、また会いましょ」

「……うん!」

「ほら、やっぱり自信あるじゃん」

「うっ」

 ツンとした表情を少しだけほころばせ、おさげの少女セリュは去って行った。アナはもう一度辺りを見渡すも、やはり姿のない翡翠の幻影を追い、

「合格、しているといいな」

 自分と、そしてもう一人の合格を祈る。

 きっと彼なら大丈夫。

 とても強そうな人だったから。とても優しくて、きっと色んな事を経験して、自分よりもずっと知識もある人だと思うから。

 そして、少女アナもまた試験会場を出る。


     ○


 なお、

「ぶっはっはっは! たぶん負けじゃ! 負け戦じゃ!」

 元無双にして無敗の剣豪アハト・オーテヤーデは、おそらく人生初の黒星を前にゲラゲラと笑っていた。

 勝つ自信より負けた自信の方が大きい。

 セリュの言う馬鹿者であったのだ。

「まあ、やり切ったがの。久方ぶりに楽しかったわい」

 おそらく自分がこの学び舎に、ファリアス国立学院へ通うことはないのだろう。だけど、楽しい戦場であったと男は思う。

 筆記の、学問の闘争、その妙味を教えてくれたのだ。

「さて、手土産でも買って帰るとするか。ママ上も待ち構えておろう」

 出立の様子を思い出し、苦笑するアハト。

 そんな感じで学院の出入り口の方へ向かうと、

「受験生?」

「む」

 そこで一人の男に声をかけられた。

 金髪碧眼、まさに王子様のような造形のイケメンであった。

(……いけ好かぬ顔立ちじゃの。あやつやソウのように女人にちやほやされとるのじゃろう。かー、爛れとる。これだから最近の若いのは!)

 勝手に想像を広げ、勝手に癇癪を起すおじいちゃん。

 年寄りの威厳も何もあったものではない。ちなみに今の彼は可愛い系であるが完全にイケメン側の住人であるため、その嫉妬はお門違いである。

「そうじゃが。何の用じゃ?」

「いや、警戒させてすまないね。私も一昨年受験し苦労したので労いたかったのだけれど……無用であったかな?」

「ふむ」

 アハトはまじまじと誠実そうな表情の王子様系イケメンを見つめる。端正な顔立ちに、どこか友の面影がある。

 ゆえに、

「いや、労い感謝じゃ。楽しい挑戦であった」

「それはよかった」

 少しばかり危うさがちらつくのは考え過ぎであろうか。微笑む彼、その柔和な表情はさらに友のそれと重なり、

「ぬし、よく人から頼られる性質か?」

「比較的、そうかな」

 つい、余計な口出しをしたくなってしまった。

「なれば、自分で背負い過ぎることなく、たまには友へ荷を預けることじゃ。仲間を頼り、友を頼り……さすれば――」

 本当に、余計なことを。

「いや、すまぬ。戯言じゃ。ではの」

 自分に、自分たちに出来なかったことを若者へ預ける。浅ましく、愚かな考え。老人の経験則ほど、若者にとって煩わしいこともないだろう。

 しかも、異世界の話である。

 ただ――


「心に留めておくよ。普段はあまり、人の言葉は響かない方なのだけれどね」


 王子様系イケメンの彼には響いたのかじっとこちらを見つめていた。興味深そうに、それでいて戸惑いも混じる。

「何故かな?」

 その涼やかな視線より向けられた問い、

「そりゃあわしの方が人生経験豊富じゃからな、がっはっは!」

 アハトは冗談めかして返す。

「さらばだ若いの。達者での」

 若いの、何を言っているんだ彼はと思う反面、

「……さようなら。いや」

 彼はそれをすんなり飲み込んでしまう。何故なら立ち姿が、歩く姿がとても美しく見えたから。スッと芯の通った立ち居振る舞い、一挙手一投足。

 彼がBコースで落ちている想像が出来ない。

 今の自分が及ぶかすら――

「またね、かな」

 まさかアハトがCコース受験者だと言うことは彼の頭にはなかった。だから、今焦る必要はない。どうせ来年度、会うことになるのだから。

 そう思った。

「生徒会……立場的にも彼女で決めようと思っていたが、どうしようかな。一年に二つの枠、はさすがにやり過ぎか。高等部とのバランスが。だけど――」

 そっちだと知っていたら、食事でもどうかと誘っていただろう、と王子様系イケメンならぬ、リーベル・ゼタ・ファリアス、ガチ王子様が後述する。

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