第6話:そっちのコースは悪手じゃろ
今回、アハトが受験するのはファリアス国立学院の中等部である。今回は初等部からの持ち上がり組とは別の外部受験、その倍率はゆうに十倍を超える。
主に二つのコースがあり、
「っしゃあ!」
「この日のために研鑽を積んだ。我に死角なし!」
「勝つぞ勝つぞ勝つぞ勝つぞ勝つぞ勝つぞ!」
最も人気が高く、倍率は受験者の多い年だと二十倍を超える世界最難関のBコース。またの名をBMと呼ばれるバトルマスターコースは、卒業後の進路に各国の騎士(国家公務員)や世界を股にかける冒険者(国家資格持ち)など、花形とされる職業が目白押し。ただし、高等部まで到達できる者はさらに限られており、卒業するのも難しい。が、卒業後はその苦労に見合う進路が用意されている。
今年度も腕自慢が世界中から集っていた。
心なしか街の人々に比べ、顔面が劇画調のような気もする。
「はい、じゃあ受験生はこちらへ。筆記から始めますので」
「「「え!? 筆記あるの!?」」」
「当たり前でしょう?」
なお、毎年腕しか自慢のない者が受験し、筆記の段階で心折れて実技を受験しない者もぽつぽつ出る。Bコースは実技が半分以上占めるとは言え、よほど突き抜けていない限り、筆記ゼロでの合格者はありえない。
事実、学校が設立されて九年。ただの一度もそんな合格者はいない。
「……文字、書けぬ」
死角しかなかった劇画連中、頓死確定。
そんなBコース、花形の皆さまが試験会場へ案内される中、
「ほっ、ようやっと人が減ったわい」
アハトはのんびり構えていた。
それもそのはず、Bコースは彼が受験するコースではないのだ。
「……ちとしっこしたくなってきたのぉ」
彼が受験するのはCコース、クリエイターコースである。こちらはBコースと異なり筆記一本の受験になり、進路はBコースよりも多岐に渡る。Bコースの面々をサポートする形での武器防具アイテムのクリエイターはもちろん、建築や土木系を学び各国の文官(国家公務員)としての採用や、果ては芸術家まで排出するオールジャンルのクリエイターを輩出するコースである。
どうしても花形職業の多いBコースより人気は劣るが、それでも昨今の平和によって徐々にこちらを選ぶ学生も増えている。
一応、その性質上一芸入試も存在するが、それで合格を勝ち取れる人材は年に一人か二人、すでにクリエイターとして活躍している、ぐらいの実績が求められる。
なのでアハトには微塵も関係がない。
「ではCコース受験の皆さま、こちらへ移動お願いいたします」
「わしじゃわし!」
「げ、元気ですね」
「うむ。あと、わし尿が近くての。先にしっこに行きたいんじゃが、トイレはどこにあるんじゃ? まさか……外でする感じかの?」
「あ、ありますよ、当然」
尿が近いっていくつだクソガキ、と思う教師であった。とは言え、どんな受験者もこの時点では大事なお客様である。
ニコニコと案内する。
それなりの受験料が支払われているのだから当然なのだ。
そんなこんなで場所を移し――
小便を完遂し、席に着くアハト。皆、かなりの緊張感である。先ほどの腕しか自慢が混じるような受験と違い、筆記一本となれば皆それなりに積んできた者ばかり。必死で学び、積み上げてきた者だからこそ張り詰めているのだ。
その道理、アハトには痛いほどわかる。
自分も久方ぶりに心地よい緊張感に包まれていた。勝つか負けるか、思えば剣でその緊張感を味わったのはいつが最後であっただろうか。
三十代にはもう、ほとんど味わうことはなかったはず。
二十代前半、やはり、
(……あの時かのぉ)
想起するは人生最大の激戦、おそらくは最強の鬼であった。敗北を幾度も覚悟した。あの頃にはまだ仲間もいた。
そんな青春の思い出に浸る、ぐらいにはやはりアハトは上手く緊張感を乗りこなしていた。そこはまあ、若者とは場数が違う。
勝負の場における心構えで、この男の右に出る者はいない。
用紙が配布され、皆がソワソワする中でも一人悠然と構えていた。
それは完全に、
(あ、あの緑色の髪の受験者……出来る!)
(相当な手練れね。自信が漲っているわ)
(もしかしたら彼が首席かもしれない。くそ、負けるわけには)
猛者の出で立ちであった。開始前に堂々と教師相手にトイレを所望したのも猛者ポイント的にはプラスである。
この男はものが違う、そう思った者は少なくない。
事実、
(さて、一丁かましてやるかの)
アハト自身、結構やる気と自信もあった。この二年、母と共に二人三脚で駆け抜けてきた受験勉強。人生でこれほど『頑張った』ことはない。
前世を含めて――剣は感覚として頑張ったと思ったことがないのだ。好きなことを息を吸うようにやり続けただけ、そんな感覚である。
ゆえに彼もまた落とし穴にはまる。
彼は凡夫側であったことがないから――
「時間です。試験を開始してください」
皆が一斉に人生を決める勝負のために答案用紙をめくり、問題に目を通し始める。アハトも同時にそれを行い、威風堂々と問題に目を通した。
そして、
「!?」
元無双の剣豪、目ん玉が飛び出るほどびっくりする。危うく「んぴょ⁉」と声を出しそうになったがギリギリでこらえた。
前世が剣豪でなければ声を抑え切れなかっただろう。
危なかった。
(……わし、ダメかもしれぬ)
ってか、危ない。まさかまさかの、無敗の剣豪にとうとう土が付く時が来てしまったのかもしれないのだ。母が十中八九落ちると言った意味が理解できた。
普通に問題が難し過ぎた。
そこからはもう、他の受験生同様血眼にして我武者羅にやった。
これほど厳しい戦いもまた久方ぶりである。
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