第5話:とうちゃく!そして出陣!

 集合都市国家ファリアス。

 十二年前に集結した人と魔族の大戦、先代魔王との決戦を征した人類側の英雄ミーシャによって築かれた都市国家であり、平和の象徴でもある。

 人と魔、二つの懸け橋として人の都市ファリアスと魔の都市ミクトランを結ぶ転送装置、王樹リアに収められた神石『エリン』による奇跡が繋げている。それだけでなく他の都市も繋がっており、それゆえに集合都市と言われていた。

 悪用せず、独占せず、万民のために。

 それは人と魔族も分け隔てることなく――

 人の英雄と当代魔王の盟約の下、この都市は成立した。

 中心に王樹が聳え、その周辺を円状に広がるは集合都市の雑多な街並み。色とりどりの、何でもありの見た目はこの都市の志を表しているようにも見えた。

 世界有数の大都市、そんな場所に、

「こりゃあ噂以上じゃのお。大したもんじゃあ!」

 勢い余ってあれからずっと徒歩で、一週間もかからず到達したアハト・オーテヤーデが訪れていた。予定よりも随分と早い到着である。

 だって仕方がない。相乗りの馬車よりも歩いた方が速かったから。

「……ただ、ちと人が多いのぉ」

 別に急いだつもりはなかったのだが、昔から(前世)歩くのが速い、と仲間から注意されていたことをアハトはすっかり忘れていたのだ。

「まあ賑やかなのはええことじゃ」

 仕方がない、一度お爺ちゃんを経由しているのだから。

「……馬車代も随分と節約できたしのぉ」

 指をくわえて見つめるは屋台での串焼き。

 何の肉かはわからない。どんな味付けなのかもわからない。

 だけど、良い匂いがするのだ。

「毎度あり!」

「うんまいのぉ」

 良い匂いがしてしまったのだから、仕方がない。

 護身用の剣、その柄に荷物を括り付け、それを肩で担ぎながら片方の手で串焼きを食べる。やはり旅の醍醐味と言えば食だとアハトは思う。

 どうにも自分のいた世界、特に西方と似ていると思っていたが、

「うーむ」

 味付けに使われている香辛料が自分の知るどれとも異なり、やはりここは異世界なのだと理解した。ピリッと鼻に来る感じが珍しい。

 辛くもなく、しょっぱいわけでもなく、しいて言えば痺れるような感じか。

 これもまた、

「良し!」

 良し、と。

 しかし、さすがは大都市、ずらりと居並ぶ商店の数々は次々と目移りし、その度に好奇心をそそり、ちらちらと母から預けられた財布とご相談する羽目になる。

 全部購入していては路銀がなくなる。

(土産は絶対じゃ。それに全部使い切るのもはしたない。どれぐらい残すか、上手い塩梅に調整せねばならぬ。残し過ぎてもママ上のこと、怒るじゃろうし)

 ぐっと自制し、数多くの誘惑を剣豪の精神力で乗り越える。

 そう、これこそが剣豪ぱうわー、伊達に歳食っていないのだ。

「ふむ、それにしてもあれじゃな。統一感のない都市じゃのお」

 アハトはとりあえずいつものやり方、馬鹿と煙は高いところが好きを地で行く剣豪は高いところへ上り、一望するのが手っ取り早いと王樹の上に立つ。

 さすがは大剣豪、その俊敏な動きは誰の目にも止まらずに、数多の警戒を、防衛を気取られぬことなく突破して王樹の上でのんびりと昼食を取る。

 その際、

(まあ見張りをやらされておるような手合いは大したことないのぉ。わしもそれほど本気で抜き足をしたわけでもなし、気づく気配もなかったわい)

 大都市を守る衛兵などの力量も見極める。

 どうやら道中の猛者(モンスター)は相当上のレベルなのだろう。種族の差か、それとも単にあれがとてつもない上振れであったか、どちらにせよ――

(都市は魅力的じゃ。学びも刺激的ではある。が、やはり武に得るものを求める気にはなれんのぉ。あの者すら、既視感しかなかった)

 パンをかじり、少しばかり退屈な眼を浮かべる。

(日々瞑想、日々精進、時間はある。武はそれでよかろうて)

 毎日朝夕の瞑想。肉体を鍛える修練はまた別に行うも、それとて最低限必要な分をこなすだけでいい。今更力だ、技だ、そういう次元で剣を振っていない。

 とは言え、新天地へ期待が微塵もなかったかと言われるとそれは嘘になり、それがどうにも見当たらない様子への失望がないわけもなし。

 ただ、

(平和なのはええ。それで充分、素晴らしい世界じゃあ)

 平和で賑わう街並みには笑みが浮かぶ。その分、自分がいるべき場所ではないとも思ってしまうが――


     ○


「どうしましたか、姫君」

「いえ。今、王樹の上に人影が」

「まさか。『エリン』を守る鉄壁の防衛網を破れるのは、それこそ姫君の御父上のような七大貴族、当代様、そして人ならば英雄ミーシャくらいでしょう」

「あなたの叔父上」

「ふふ、ただの親戚。私は普通の学生ですよ」

 二つの人影は学び舎から王樹リアの上へ視線を向ける。青々とした生命力に満ちた枝葉の中、人影は見受けられない。ただ、白昼あんな場所に登る者がいるとすれば、よほどの使い手であろう。真夜中でさえ蟻一匹通さぬ防衛体制なのだ。

 そんな人間がいるわけがない。そんなモンスターも数えるほど。

 ただ、

「……?」

 ほんの少し、青々とした中に美しい翡翠が流れているように見えた。

 次の瞬間には青の中に消えていったが――


     ○


 早朝、日課の瞑想を行うも今日ばかりは剣ではなく学業を想う。積み重ねた二年間を丁寧になぞり、母から授けられた裏技も幾度も反芻する。

 調子は悪くない。

 心音は落ち着き、鼓動は常に一定を刻む。

 呼吸に揺らぎ無し。

 ゆえ、

「……」

 凪の如し集中に至る。

 完全無欠の静謐、無敗の剣豪が至った集中力の到達点。

 記憶を巡り、経験を反芻し、

「征くか」

 アハト、覚醒し座禅より立ち上がる。剣であれば負ける気が微塵もしない絶好調まで自分を引き上げた。数日の瞑想で調整し此処まで持ってきた。

 あとは己が力を試すのみ。

 どれほどに高い壁か、己が眼で見定める。がっかりさせてくれるなよ、とアハトは血沸く笑みを浮かべ、母が調べてきた宿よりも格段に安い、安酒場の屋根裏より出陣する。調査結果、ここが近隣で一番安かったのだ。

 その分は、

「朝、食ってくかい?」

「全体止まれ! んふぅ、気が利くのお、マスターよ。わしゃああれじゃ、さんどえっちがええの。あの、ぷくぷくの燻製もの、もそっと入れてほしいんじゃ」

 かなり多く、すでに腹の中へ収まってしまったが。

「サンドイッチな。プクプクの燻製なんて酒のつまみだろうに……その歳でまさか飲んでないよな? うち、摘発されたくないんだけど」

「案ずるな。わしゃあ禁酒しておる」

「……禁酒ってのは、つまり飲んでいたってことなんだが」

 一週間近く滞在したことで酒場のマスターともすっかり顔見知り、受験生と言えば空きがあるから、と割引までしてくれた人の良い店主である。

「今日ぐらいは泊ってきゃいいのに」

「ふはは。戦の後は昂っての。走って帰るわい」

「そうかい。じゃ、さようなら、だ。受験の合格を祈っているよ」

「感謝する。いずれこの借りは返させてもらう」

「大人になったら飲みに来てくれ」

「心得た。では、さらばじゃ」

 朝食を美味しくぺろりといただき、颯爽と出陣するアハト。

 その眼に見据えるは、

「あれが戦場じゃな」

 本日のお受験会場、一応第一志望(格上挑戦)の寺子屋ならぬ学び舎、ファリアス国立学院である。

 王樹にほど近い、都市の中枢に居を構える。集合都市の理念を体現する学び舎。来る者拒まずの精神で、全てに開けているがゆえ、レベルは極めて高い。

 なにせ、世界中から受験者が押し寄せているのだ。

 それゆえ、

「……ちと、人が多いのぉ」

 実は、

「……多過ぎるのぉ」

 人見知りである元無敗の剣豪アハトはちょっぴり尻込みしてしまった。まあ人見知りでもなければ長年一人で旅などしていないし、晩年は一人で洞窟の中に引きこもったりしていない。人ごみを眺めるのは好きだが、

「……お腹痛くなってきたのぉ」

 人ごみの中はあまり得意ではない、そんなアハト・オーテヤーデであった。

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