新年会
新年会は滞りなく進んだ。デーブはもちろん、誰もあの話題には触れなかった。恒例の在坂先輩のアナウンサーネタも振らなかった。
先輩からも触れなかった。いつも自分の経験を引き合いに出して励ましてくれるから、なんだか話しづらそうに感じた。
私はモヤモヤを感じた。何にか、はっきりとはまだ整理出来ないでいる。
先輩と同じ電車に乗るとまだ先輩が在学中の頃を思い出す。デーブの実家は繁華街の近くだからすぐに降りる。他の人も何駅かで降りる。田舎で暮らす私と有坂先輩はいつも2人で隣に座って30分くらい電車に揺られる。私が有坂先輩と仲良くなったのはこの時間のおかげかもしれない。この辺りまで来ると車内には殆ど乗客はいない。今日もたった1人眠っているおじさんだけだった。
「みんな気を遣ってくれてたかな」
先輩は2人になってすぐにそう言った。私は嬉しかった。だから正直に言った。
「たぶん。余計だったかもしれませんがデーブには俺から気を付けろと言ってました」
「山下くん、可哀想」
先輩は笑った。
「気にならないわけじゃないんだよね。気にしてる。なれなくて良かったと思うよ」
「はい」
私は先輩が搾取されるなんて許せない。だからいっぱいにそう思って、はいと言った。
「でもやっぱりなりたかった。夢が叶わなくて良かったなんてさ」
またはい、とだけ私は言った。
「ご活躍されてる方、被害に遭われた方に実力で勝ってるなんてとても思えない。みなさんすごい方で、私は足元にも及ばなかった」
2人にとって謙遜をだとかは野暮だから黙って聞く。
「もし私がもっと美人だったら、私より優秀なあの方達が美人じゃなかったらとか、嫌なことも考えてしまう」
何を話すにも原稿みたいに整理してくれる在坂先輩がとりとめもなく話していた。だから私は黙って聞く。
「ここまで話していて被害に遭われた方に寄り添う言葉も出てこない。一番に話すべきなのに。本当に自分が嫌。だけどやっぱり悔しい。今が悔しい。子供のころからずっとなりたかった。悔しい」
先輩の明瞭な声が曇った。私は向かいの窓を眺めた。都会はもう遥か彼方ですっかり夜の山や田畑や町工場、その間に時々公園の明かりが光って今来た方へ押し流されていく。
「私の悔しさを誰も知らないことが悔しい。研究とか努力とか実力とか。こう考えるたびに嫌になるけど、そうじゃなくて美人じゃなかったからかもしれない。そう思って自己嫌悪しながら悔しい私を誰も知らない」
扉が空いた。あと3駅しかない。
「私も被害に遭われた方を助けたい。あんなことやめさせないといけない。それが一番大切。だからよくわかる。私は誰にも助けてもらえないとわかる。だれも知らない。だから悲しい」
私は結局言葉を失って沈黙がしばらく続いた。先ほどまで眠っていたおじさんが立ち上がった。まだ電車は動いている。そして先輩の前に立った。私達は驚いて見上げた。
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