相談
「よう」
デーブはバキ童みたいなシャカシャカのダウンジャケットを着ていて少し笑った。後からその話をすると遅いと叱責された。福袋を開けた時にバキ童過ぎるジャケットに電撃が走って今年のベストバイかもしれないと彼は言った。新年からすすんでバキ童の仮装をしている友人。
初めて会った時にも彼は言ってくれた。「俺はデブだからデーブって呼んでくれよな!」日和見の新入生の群れの中で、彼は1人自由だった。清々しい春を見た。デーブはそれ以来ずっと変わらず、太ったモテない愉快な友人だ。
「あけおめ」
「ああ、そうだな。あけおめ」
デーブはああ、と言って思い出さないと新年も忘れている。店を申し合わせる必要もない。私達は駅からすぐのラーメン屋に向かう。真新しいことなんて何もない。私は780円の醤油とんこつを買うために券売機に1,000円いれる。デーブは2,000円を入れて私の倍くらいの料金でたらふくカロリーを摂取する。入ってすぐのカウンターに2人並んで座る。
帰省中の話題を一通り終えると私は在坂先輩について相談を始めた。
「新年会、在坂先輩も来るじゃん」
「ああ、それで?」
デーブは真面目で世話焼きの在坂先輩が苦手だから相談相手としては頼りない。だけど新年会までに話しておける人は彼しかいない。
「在坂先輩さ、アナウンサー目指してたじゃん。最近のニュース見てるとさ」
「あー」
デーブはラーメンをずずっと啜ってから餃子を2つ喰った。それから水を飲みグラスを見つめた。めんどくさい。デーブはそう思っている。グラスを見つめて考えている風のポーズを見せ、しかし言葉が出ないという体をとりやり過ごそうとしている。デーブはそういう奴だ。
「まあそうだろうな」
私はデーブの態度に短く苦言を述べてから続けた。
「俺は就活のこととか相談しようと思ってたし、在坂先輩だったらほっといても俺等の就活の色々話してくれるだろ?」
デーブも当事者であることを伝えた。デーブはラーメンを2回啜った。それからやっと意見を言った。
「アナウンサーになってないんだから良かったじゃん!平和平和!」
デーブの無神経さに心が逆なでられたが一旦私は何も言わずにラーメンを啜った。醤油とんこつで落ち着いてから説明した。
「なってないけど、先輩まじで頑張ってたじゃん。就活も全国飛び回って、大学いるときはずっと練習と研究続けて。実力もすごかったと思う。最近のニュースって結局そんなの意味なかったのかもって思えちゃうじゃん。絶対しんどい。そんな心持ちでもさ、在坂先輩、俺等のこと熱心になってくれるぜ」
デーブはついに箸を置いた。
「先輩のもやもやを綺麗に取り払おうって言うんじゃないだ。俺等は何も言わない方がいいのかな?って相談」
デーブは頭を抱えた。彼は面白ければいいという男だ。しかし人を傷付けない善良さは最低限持っている。ただ心の機微を捉えるのは苦手で、だから苦労していてモテない。
「あれ好きじゃん。俺達のバカエピソードを聞いて、在坂先輩がアナウンサーモードでニュース風に変換して話してくれるやつ。めっちゃおもろいけど今は酷だから振るなよ」
「気をつける。気をつけるよ」
まるでアニメに出てくる優しいモンスターのようにデーブは繰り返した。私はここまできてこれが相談ではなかったことに気付いた。この話し合いがなければこいつは無神経で無遠慮に最近のニュースについて話してしまったことだろう。
「とりあえず触れないようにしよう」
そう言って苦しい話し合いからデーブを解放すると、彼は替え玉を頼んで食欲を爆発させた。
私は絶対だぞと念を押した。
自宅で歯磨きをしていると通知が鳴った。
新年会のグループに在坂先輩のメッセージ届いた。
-みなさん、明けましておめでとうございます!今年もよろしくお願いします!
私は参加辞退がよぎったからホッとした。
-9月以来だからみんな半年ぶりだね!楽しみにしてるよ!
いつもと変わらない様子に気にし過ぎかなとも思った、が同時にこれは有坂先輩の気遣いかもしれない。私にはどちらが正しいか判断することは出来なかった。だからガラガラとうがいして、洗面台に向かって大袈裟に吐き出した。気の利いたメッセージを返したりだとかは、何も出てこなかった。
今日のデーブにした口留めはどうしていいかわからない情けない自分への言いつけでもあったのだと気付いてしまって、私はなかなか眠りにつけずに普段通りの先輩のメッセージを何度か見返す深夜を過ごした。
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