声
ぽんぽん丸
思い出
「東京に春の訪れです」
夕方のニュースが響いた。空の下、学内の広場にはテレビもラジオもない。アナウンサーの切り抜き動画を流しているわけでもない。目の前に座る聡明な女性からその声は発せられている。
秋口に差し掛かった大学の広場に桜の開花が知らされた。
「在坂がお伝えいたしました」
結びが終わった時には私の口はぽっかり開いてしまっていた。先輩の視線に慌てて閉じると拍手をした。
「すごい!すごいです!今春だと錯覚しました!」
とバカみたいに褒めると先輩を笑わせることができた。
「ちょろいね、まだ全然だよ」
先輩は普段の声で私の感性に合わせてちょろいと言ってから、胸ポケットに入れていたスマホを取り出して再生した。
-東京に春の訪れです
「アナウンサーは防音室で発声しない。スタジオだって沢山の人がいるし、ロケだったら環境音や周囲の人の声も入る。私の声がそんな中でどう聞こえるか、研究しないといけない」
再生が桜の話題に入ると
「うん、やっぱり弱く聞こえる。例えばここの発声は…」
先輩は再生された自分の声のダメ出しを2.3教えてくれた。私にはダメ出しを聞いたうえでも優れた声でしかなかった。だが満足している私も悔しさを感じるほど先輩は熱心にダメ出しを続けた。
「声を磨くなら発声だけでなく、耳も必要。私の声はどう聞こえているか。それに優秀なアナウンサーがどう発声しているかよく聞かなきゃいけない。発声だけ、片側だけではダメなんだ」
日が傾いて景色が色付くまで、先輩は原稿を変えて何度も読んだ。私はスマホの録音機能を使って録音係をした。
練習を切り上げる頃に「ありがとう」と先輩は言った。何もしてないのだが、いずれアナウンサーになる人の力になれたのだと私は誇らしく思った。
最近の雅さのかけらもない知らせに触れて私が真っ先に思い浮かんだのは在坂先輩との思い出だった。
そして次に考えなければいけなかったのは新年会で先輩になんと言おうかということだった。
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