第3話 全てを奪われたダヤマイルズ子爵令嬢


 半年前、空が厚い雪雲に覆われた薄暗いある日。カマイラは、突如としてこの屋敷に姿を現した。


 そして、彼女はレイ一人だけを残して、この屋敷の全てを奪い尽くしたのだ。


 綺麗な服を。宝石を。日当たりのいい部屋を。父母を。屋敷の者たちからの寵愛を――。


 何人かの使用人は残されている。彼女の傀儡となって、レイを執拗に虐げるためだけの役割の者だ。


「だって、みんな奪っちゃうより、本当のダヤマイルズ子爵令嬢あなたの悔しがる顔を見た方が、わたくしの幸せを実感できるでしょ?」


 絶望するレイに、カマイラが嗤う。

 それは、半年前からずっと続いている。


 終わりの見えない苦境だった。だがレイは、彼女から取り戻せる限りの全てを奪い返す決意を胸に、毎日を過ごしている。


 とは言え、仕返しだけを生きる目的とした、ドロドロとした感情に支配される自分自身に嫌気も差していた。そんな中、雑木林に倒れていた青年を救ったのは、レイが他人を救うことで自分の心を救おうとした結果だ。


 ひとつき前のこと。金髪の麗しい青年・レグモンド伯爵令息は、道に迷い、ダヤマイルズ子爵家に隣接する雑木林に入り込んで力尽きていた。レイが意識の混濁する彼を屋敷まで引きずり、手当てを施した。彼が意識を回復したところで現れたのがカマイラだったのだが、青年は目の前で美しく微笑む彼女を命の恩人と捉えたのだ。

 カマイラは陽の下には現れない。だから外から彼を運ぶのは無理だろうが、手柄だけを横取りされるとは思ってもみなかった。

 本当ならレイが受けとるべき賛辞を、またしても横取りされたわけだ。


「レイ? 何をぼんやりとして居るの? さっさとお客様のお部屋を整えてちょうだい」


 カマイラの言葉にハッと我に帰れば、窓の外はすっかり暗くなり、轟々と風の吹き荒れる荒天となっていた。時折真っ白い光が差し込み、ほとんど間を置かずに雷鳴が響く。窓には大粒の雨が激しく打ち付けている。


 どうやらレグモンド伯爵令息と、随伴の黒髪の青年・ギャロップスは、雷雨の中、この町外れの屋敷から出ることを諦めたらしい。


 レイが客人を泊める部屋を整える間ずっと、カマイラと2人の青年は話し込んでいる。初対面で何をそんなに話すことがあるのかと、呆れもする。


 ただ、それだけ話したのなら彼女の違和感に気付く可能性もある。二人の青年が賢明な判断をもって逃げ出してくれることを祈りながら、レイはゆっくりと客室を整えた。

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