第2話 来訪者
レイが応接室を整え終わるのと、客人が来たのは、ほぼ同時だった。
馬車の音が聞こえれば、まだ反応できたのだが、生憎と客人は馬に跨ってやって来たのだ。
最後の仕上げにと、陽のもとで腕いっぱいに抱える量を摘んだ花を花器に生け、香油を一滴水に垂らしたところで、顔色の悪い無表情な執事が扉を開けた。
執事の後ろには、カマイラと、客人である二人の青年が続いている。
あの日と違い、晴れやかな笑顔を見せる金髪の美貌の青年の姿に、胸がほわりと温かくなる。影のように付き従う黒髪の青年は、この屋敷に彼を迎えに来たのと同じ人物だ。心配も、嬉しさも、何の感情も出さない仏頂面は健在のようだ。
「あら、まだ居たの? 困った娘ねぇ。早く行って、お客様へのお茶を運んでちょうだいな」
わざと、客人と鉢合わせる時間を伝えられたのだろう。レイが、カマイラから伝えられた来客の時間はまだ一時間も先だった。
「いや、慌てなくて大丈夫だよ? 僕たちが早く来すぎたのかもしれない。何せ、命の恩人であるだけでなく、女神の如く美しいカマイラ嬢に会えるのが、楽しみでならなかったからね」
すかさず金髪の青年が明るい声を上げ、カマイラに煌めく笑顔を向けた。黒髪の青年は、微かに片眉を浮かせて金髪青年にじっとりとした視線を送っている。
「まぁ、レグモンド伯爵令息様ったら。お上手でいらっしゃいますこと。そのように熱のこもったお顔で、甘い言葉を囁かれるなんて。余程手慣れていらっしゃるのね」
「そんなつれないことを言わないでいただきたいな。僕は本気ですよ。貴女の婚約者に名乗りを挙げようとするほどには」
「まぁ! またそんなご冗談を」
ホホホと、上品な笑い声を響かせるカマイラが、レイだけに見える角度で底意地の悪い視線を送ってくる。頬に当てた手は指先まで、貴族令嬢らしく良く手入れされている。指先を彩る爪は、薄紅の薔薇色に染められて艶やかに輝く。
カマイラが貴族として誰かと婚約することなど、絶対に有り得ない。彼女は半年前に突如として、この屋敷に現れただけの、当主と何の繋がりもない赤の他人なのだ。
「王都の華々しい社交界にほとんど姿を見せず、ひっそりと辺鄙な屋敷に住むだけのわたくしを揶揄わないでくださいまし。その辺の使用人よりも初心なわたくしなのですから」
だからこそ、この屋敷に住むダヤマイルズ子爵家は、カマイラに狙われたのだろう。レイは使用人らしく、部屋の壁側でそっと頭を伏せたまま、ギリと奥歯を噛んだ。
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