第4話 客室を油まみれに


「カマイラ嬢はこの小さな屋敷にずっと引き籠っていたとは思えぬほど話題の豊かな人だ。僕の興味は尽きないどころか、ますます貴女を知りたいと思ってしまうほど惹き付けられました! おお神よ! 今夜の荒天に感謝を捧げます!!」


 レイの祈りも虚しく、レグモンド伯爵令息の芝居がかった声が応接室の扉の向こうから響いてきた。


「お客様、お部屋の準備が整いましたのでご案内いたします」


 案内を告げるレイが、憮然とした表情を隠しきれないまま2人の青年に声を掛ければ、彼らの背後に見えるカマイラが獰猛な笑みを唇に刻むのが見て取れた。



 普段ならば陽の光がふんだんに届く角部屋。カマイラの要望通り、客室と定められたその部屋を整えたレイであったが――。


「この部屋は使えません」


 部屋へ入ろうとした2人の青年の前に、レイが小さな体を滑り込ませて進路をふさぐ。


「困ったな。なら僕たちはどこで休んだら良いのだろう? まさかカマイラ嬢の部屋だなんて言わないよね? 僕は構わないけど」


「冗談はやめろ。俺たちはここへ泊まらなければならない。邪魔をするな」


 当然2人の青年から非難を向けられて、レイは「理由があるんです……お願いです」と小さく呟き、ぐっと唇を噛む。長々と説明している間は無いし、カマイラに訴えられるわけにもいかない。迅速かつのだ。


 強い意思を感じられる瞳をキッと上げて青年らを一瞥し、あらかじめ用意していた、屋敷中の照明に注いで回る油の入った大きな甕を両腕に抱える。


 唖然とする青年らが我に返る前にと、レイは甕を勢い良く振り回して部屋中にまき散らした。


「危険だし、においも気になるし、ここはもう使えませんね。あいにく整えられたお部屋は使用人部屋しかありませんが、清潔なのでそこへご案内いたします」


 悪びれもなく、清々しい表情で言いのけたレイに、青年二人は更に呆然と目を見開いた。



 ◇◇◇



 レグモンド伯爵令息と、随伴の黒髪の青年・ギャロップスは、1階の階段下を利用した小さな窓が一つだけの部屋に案内されていた。


 どこか湿気が強く、壁や天井についたシミを見れば、日中の陽射しが望めないことは容易に想像がつく小部屋は、物置と言っても差支えが無い環境だ。

 板材を組み合わせただけの簡素な家具しかない部屋には、辛うじて硬いベッドと、急遽どこかの客室から運び込まれた豪華な長椅子が置かれている。


「有り得ん……」


 二人をこの部屋に押し入れて、さっさと立ち去ったレイが扉を閉めるや、ギャロップスが片手を頭に押し当てて、癖の強い黒髪をクシャリと握る。


「ねぇねぇ! これ見てっ。使用人服が掛かってる、オンナノコ用のっ」


「まさかあの娘の? 勘弁してくれ……」


「かわいいお嬢さんじゃないか。こうして2人が部屋を用意してくれたんだよ? 感謝しなきゃ、ね?」


 金髪のレグモンド伯爵令息は、どこか含みをもたせた胡散臭い笑みを浮かべ、黒髪のギャロップスは、仏頂面で大きく溜息を吐いた。

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