第5話 優しいけれど、過保護な兄(2)

 ”ケモナン“という、琉斗からして全く可愛くない謎の生物のアイコン。ちなみに朱里によると、これは北海道限定ケモナンらしい。本当に可愛くはない。


【鯉だ。みんなパクパク。かわいい。でもなんで送ってきたのこれ?】


 その微妙にずれた朱里からのメッセに、琉斗は失笑した。すかさず、携帯を打つ。


【別に。お菓子食べてる時のお前そっくりだったから】


 そう返すと、猿が、ウキー、と叫びながら怒っているスタンプが送られてきた。むくれる朱里の顔が、容易に想像できた。


【今お父さんと旅行中なんでしょ。いいな、牛タン】


 その一言に、少し眉をひそめる。

 ちなみに琉斗は父とは度々こうして遠出しているが、琉斗と朱里が2人揃っては行ったことがなかった。


【出張な。牛タンってなんだ】

【あれ、宮城県じゃなかったっけ今日】

【違う、山梨】

【いいな……梨】

【すぐに名物思い浮かばなかったんだろ】

【そんな事ない。いいな、甲州牛】

【いきなりマニアック。ほんと、肉好きだな】


 そう、朱里はその見た目に反して肉が好きで、しかもよく食べる。


 去年8月の朱里の誕生日に焼肉屋に連れて行った時の話だ。どちらかといえば細身の朱里が思ったより食べたので、食べ放題の方が良かったか、と財布の中身を見ながらつぶやいたぐらいだ。

 ──本当、よく食べるな。と琉斗が呆れたように言うと、肉を頬に頬張りながら、弓道部は体育会系だから、と朱里は分かるようで分からない説明をした。


「腕、触ってみて。こう見えて私、人よりちょっと重い弓引いてるんだよ?」


 そう言って、朱里は卓に乗り出して二の腕を差し出してきた。琉斗の顔が、強張る。

 熱いから、早くして──。朱里の腕の下で、肉がじゅうじゅうと焼けていた。琉斗は目を逸らしながらその二の腕をそっと掴んだ。

 引き締まっているが、硬くはない。

 むしろ、柔らかかった。


「どう?」


 そう朱里が目を輝かせながら聞いてきた。その問いに、琉斗は眉間を揉みながらため息をついた。


「……もっと鍛えろ」

「えー。結構鍛えてるけどな?」


 彼女は腕を曲げて力瘤を作ってみせた。

 余談だが、琉斗はこの時の感触が3日間消えず、文字通り悪夢を見た。


「……まさか、他の男にもそう言って触らせたりしてないよな?」


 そんなような事を危惧して、目が吊り上がる。


「ううん。あ、でもこの間の合宿の時、触らせてはもらったな」

「はぁ?」


 思わず、持っていた割り箸が1本落ちた。


「うん、みんな酔ってたから。男子部員の中で1番誰の上腕二頭筋が凄いか言い争いになって。女子部員全員に決めてもらおうって。で、結局主将が優勝だった。やっぱり18kg引いてる人は違うね」

「お前な……」

「あ、はるき君も、比較的軽いの引いてるのに凄かった。やっぱりインターハイ3連覇はすごいな、って」


 朱里は白飯を食べながら、うんうん頷いた。琉斗はひどくつまらない顔をした。“はるき”とは、この頃会うと朱里が口にする名前だ。

 学生弓道界のエース、針ケ谷晴樹。朱里の試合を見に行った際、否が応でも見かけたので琉斗も知っている。確かに驚異的な的中率だった。それ以上に、奴はよく朱里のことを見ていたので覚えている。

 琉斗の従兄妹だから、という事もないが、はっきり言って朱里は美少女だ。他校の男子生徒からちらりと横目で見られる、なんて事はざらにあった。それを睨みつけて牽制してきた琉斗だからわかる。

 晴樹の朱里を見る目というのは、異様だった。

 そいつが同じ大学の、しかも同じ学部に入ってきた、と朱里が嬉しそうに言った時、舌打ちしたかった。絶対、妹が狙いだ。


 血が繋がってないからって、朱里に気安く近づくんじゃねぇ──。心底そう思う。


「気のない男に触んなよ」

「でも皆触ってたし」

「でも、じゃない。次からやめろ」

「だって私だけ触らなかったら、ノリ悪くなっちゃうじゃん。……琉兄、ほんと口煩い」

「あぁ?当たり前だろ」

「お父さんに合宿のこと聞かれたから、話したら笑ってたよ?……それに、お母さんも帰ってきてたからその時。早く彼氏作りなさい、って言われたし。……そんな気ないけど」


 あの女、余計な事を──。琉斗は1本だけになった割り箸を折った。


「──すみません。箸、1膳もらえますか」


 手を上げて店員を呼び止める。冷静を装ってはいたが、内心腑が煮え繰り返っていた。

 この態度から分かるように、琉斗は朱里のことを溺愛していた。妹、従兄妹として。そして、それ以上に。


 朱里は、知らない。

 琉斗とは実の兄妹ではないことも。

 本当は従兄妹であることも。


 そして他のことも。全て、知らない。

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