第0話【急】土蜘蛛 ep.3
◇◆◆◆
早朝、洗面所で顔を洗った有一郎は陰陽寮謹製の
これは通常の狩衣とは異なり、前身に切り込みがあり動きやすさが向上している。更に水や火に強い綿素材で作られており、耐久性においても抜かりはない。
有一郎が居間に着くと、秋陽、甚平、辰次が同じく狩衣を纏っていた。
大津兄弟はいつも通り時代がかった着物を着ており、腰には帯刀している。
無明は来たときと同じ尼の格好をしているが、息子の豊史郎も同じく袈裟を着ていた。
おとと野乃は着物を着て、召使いとともに支度を手伝っていた。
「揃ったな」
「はい、おじい様。宿陽士もあと数十分でこちらに到着するかと思います」
甚平が言うと、一同に緊張感が走る。
皆、腕に覚えはあるが、逆を言えばそれほどの戦力を集めなくてはならないほど、相手も強大。
秋陽は全員の表情を見回してから無言で甚平に目配せした。
甚平がそれに頷く。
「ネズミの偵察でわかっている限り、宿陽士は五人。宇部有礼、土田あみ、知久間竜太、穂村シャロン、岩伏桜雅。以上五人で間違いありません」
「むぅ、厄介だな」
豊史郎が呟く。
「吉野殿は穂村シャロンを頼み申す。手前と弟は知久間の勘当息子を相手致す」
「こなたと油瀬は岩伏桜雅が相手だな」
それぞれの相手を確認し合う。
無明は秋陽の方を見ていつになく真剣な表情をする。
「秋陽さん、本当にいいんだな?」
「はっはっは、構わん。あみのことはお前に任せる。儂と甚平はそんな余裕がないからな」
「そうかい? てっきり言うことがあると思ったが、余計なお世話だったかね」
「年頃の
秋陽が肩を竦めると、無明は「さてねえ」と嘯いた。
甚平が全員に「そろそろ……」と声をかけると、全員が頷いて居間を出る。
玄関から外に出て全員の目に飛び込んできたのは、大鷲が口を開けて飛び込んでくる姿だった。
「――ちいっ!」
正寛が咄嗟に刀を抜いて大鷲の嘴を止め、その顎下に飛び込んだ正志が思いっきり大鷲の頭を蹴っ飛ばした。
よろめいた大鷲は地面に倒れるが、大鷲の背後から人影が四人、いつの間にかそこに立っていた。
「お久しぶりです、おじい様。随分と老けて
「ぬかせ有礼。儂はまだ現役だ」
言うやいなや、秋陽が有礼に向かって飛び掛かる。
有礼は特に慌てるでもなく、泰然と立ち尽くしている。
甚平が印を結んで囲いを作ろうとする合間に、有礼の両脇にいた二人がそれぞれ動いた。
「どたまかち割るぞクソジジイ」
「相変わらず汚い言葉遣いだ、知久間」
髪を金髪に染めてモヒカンにしている知久間竜太が敵意をむき出しにして秋陽を睨む。
その横で、褐色肌でショートボブの穂村シャロンが嫌悪感を露わに竜太を見ていた。
間もなく秋陽の拳が届く直前で、シャロンが面倒そうに秋陽に向けて片手を突き出すと、手首から先がハリセンボンのように膨らみ、無数の赤い針が飛び出す。
「どきなさいシャロン。その程度ではおじい様の拳は止まらぬぞ」
「え」
有礼の言葉にシャロンが慌てたのも束の間、秋陽が笑いながら拳を振りぬいた。
白い壁が竜太とシャロンの前に飛び出て秋陽の拳を受け止めたが、壁は簡単に砕けた上に風圧で二人は数歩後ずさった。
「はっはっは、面白い壁じゃの、岩伏の」
秋陽が見た先、有礼の横に佇んだまま動かなかった少年が紫色の瞳を僅かに有礼に向けた。
「……有礼さん。ぼくの
「陰陽師最強は伊達ではないよ。三人とも私たちから離れてなさい」
有礼が言った瞬間、豊史郎が飛び込んで振り返っていた穂村シャロンの左腕にストレートを見舞った。
「くっ!?」
シャロンは衝撃を逃がすために後方に飛び跳ねるが、豊史郎が構わず追い打ちをかける。
「オッサン、死ねえええっ!!」
その横からナイフを構えて竜太が飛び出してくるのを、いつの間にか距離を詰めていた正志が足払いをして転倒させる。
「このクソチビ!」
「はっ、釣れたよ兄貴♪」
突き出されるナイフを避けながら正志が言うと、「よくやった」と言いながら刀を閃かせる。
ザシュッと刀は竜太の脇腹を抉り、赤黒い血が飛び出す。
「う"あ"っ!」
竜太が腹を抱えて蹲り、大津兄弟が悠然とその前に歩み寄る。
「観念しろ、知久間。大津正文の仇敵よ、その首もらい受ける」
正寛が刀を振りかぶった瞬間、竜太の全身に鱗が浮かび上がり、三本の指で正寛の刀を受け止める。
硬質な金属音が鳴り響き、竜太は真っ赤な唇を歪めて笑いだした。
「ゲヒャヒャヒャ、何かと思えば身内の敵討ち! くだらねえよ、クソ侍さんよお。ヨエエから死ぬ、この世の
「竜人化、相も変わらずヘビの如き男よ。正志、こ奴の頭を今日こそたたき割って故郷に飾ろうぞ」
「錦鯉じゃないんだからさあ……兄貴趣味悪すぎでしょ」
うへえ、と舌を出しながら正志が竜太の傷ついた脇腹を狙って蹴りを放つが、硬い鱗に覆われたそこはいとも容易く正志の蹴りを弾いた。
「かっっっ、た!」
正志が驚く。正寛がふん!と刀を振り下ろそうとするが、その三本指は刀を離すことはなく、逆に闘牛士のように刀を振り回すと、正寛の体が地面を離れて宙を回る。
「ぬぅ!」
「クソ兄弟、死ね」
竜太が正志に向かって刀ごと正寛をぶん投げた。
秋陽が白い壁をぶち破ったとき、同時に甚平も屋敷に仕掛けておいた結界を作動させ、それぞれの囲いを形成していた。
結界は全部で三つ。秋陽と有礼、岩伏、有一郎、辰次を囲む巨大な結界が一つ。そして他の小さい二つはシャロンと豊史郎、竜太と大津兄弟をそれぞれ囲んでいる。
ここまでは甚平の狙い通りだ。
そして当然、結界を維持するために身動きが取れない甚平をアリアが狙ってくることも予想済みだった。
甚平を守るようにその横に無明が立っている。
――だが、アリアはここには来なかった。
甚平が戦況を確認しようと周囲を見回すと、隣にいた無明が顔を顰めながら後ろの屋敷を見た。
「やられたね、まさか最初から本命狙いなんて」
慌てて無明が屋敷に向かって駆け出す。
「無明様、お願いします」
甚平は無明を送り出して、結界の維持に意識を集中させる。
戦局を改めて確認すると、中央では岩伏が有礼の陰に隠れていた。
「……!?」
甚平は目を疑った。
のそり、と蠢くものが見えたかと思ったが、人の三倍の大きさはあるであろう岩巨人が秋陽たちを踏み潰そうと片足を上げていたが、一瞬で青い炎が燃え上がり岩が脚から順に熔解していく。
途轍もない火力に、少し離れた位置にいる甚平すらが汗を流す。
「これは、有一郎くんの式神……なのか?」
岩巨人を燃やし尽くした青い炎が四肢を形成し、巨狼の形になっていく。
巨狼は体内で完全に岩を融かし尽くし、目の前の有礼を睨む。
有礼がそれを見上げながら不敵に微笑んでいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます