第0話【急】土蜘蛛 ep.2

 秋陽は顎髭を摩りながら四人を見ていた。

 向かって右には大津兄弟が座り、左には有一郎とおとが座っている。

「それで、有一郎さんはどんな権利があって俺とその子の間に割って入ったんですか?」

 正志が有一郎を見据えて尋ねる。有一郎は息を整えてから正志に向き合う。

「そなたがおとを美しいと思う気持ちはわかる。しかし、こなたはそれ以上におとの心の強さを知っている。故に、こなたの方がおとのことを想っておる」

「おとさんって言うんだね。俺のことを呼ぶときは正志さんでもあなたでもどっちでもいいよ」

 有一郎を無視して正志はおとに向かって話しかける。おとがそれに返事をしようとするも、有一郎が間に身を乗り出してきた。

「こなたは真剣に話しておるのだ」

「俺も真剣だよ。決めるのはおとさんだ。有一郎さんじゃない」

「あの、お二人ともお気持ちは嬉しいです。ですが、あたしの中には化け物がいます。関わりを持つときっと後悔します」

 おとが二人を見ながら心配そうに言うが、有一郎は頭を振り、正志は手を振ってそれを否定した。

「おと、こなたはこの数日間、どんな危険があろうと一度も後悔はしていない」

「愛しい人を護ることを後悔するなんて、そんな安い男じゃないよ俺は。だからおとさんにも真剣に選んでほしい。有一郎さんか俺かを」

 おとは二人の力強い視線に柔らかく微笑み返した。

「お二人ともあたしにはもったいないほどの御方だと思います。大変申し訳ないのですが、少し考える時間をいただいてもいいでしょうか」

「わかったよ。まあ、俺を選んでくれるって信じてるけどね」

 正志が自信満々に言うのを聞いて、有一郎は内心で焦りはしたが努めて冷静を取り繕っていた。

 恥ずかしそうに顔を赤らめているおと、息巻いて自分の家のことを語る正志、それを腕組みしながら黙って聞いている有一郎。

 三者三様の様子を傍から見ていた秋陽は目を細めて宙を見上げた。

(そう言えば腹違いの兄妹だと伝え忘れてたな……)

 今更言い出しにくいので、秋陽は黙って事の成り行きを見守ることにした。


 夜も更けて、おとは縁側で満月を見上げていた。

 白く輝く月を見上げながら、内側で蠢く【モノ】の気配に対する吐き気を抑えている。

 甚平から霊力の操作の方法を教わってから、かなり楽にはなった。だが、これは同時に霊力を留めることによって宿陽士に自分の居場所を知らしめることにもなる。

 秋陽をはじめとした高名な陰陽師たちが集っているからこそできることであり、今後は彼らから離れるために自衛の手段を模索していかなければならない。

 右手をぎゅっと握る。

「おと、ここにいたのか」

 背後から有一郎が声をかけてきた。

 振り返ると、彼は少し照れ臭そうに頭を掻いた。

「すまぬ、夕方はそなたを困らせてしまった」

 有一郎は隣に腰をかけると、月を見上げる。おともそれに連れられて月を見る。

「……こなたの父親はとても不思議な男だった。どんな妖が出ても眉根一つ動かさず瞬殺し、こなたに陰陽師としての教育を行った。およそ親子としての会話はなく、常に陰陽師としての心構えを教えられた」

 有一郎が息を整えて間を置く。おとは有一郎が何を話そうとしているのかわからなかったが、その表情を見て押し黙った。

「権七がこなたの家庭教師をしたのは、一年だけだった。権七は陰陽師としてではなく、一人の人としてこなたに一般常識や人としての情を説いた。そんな権七と父親の確執があり、権七は一年で家庭教師を辞めた。いや、もしやすれば辞めさせられたのが正しいのやもしれん」

「はい、権七様はいつも世話焼きで、とても情け深い方でした」

 おとがかつての日々の懐かしさから朗らかに笑う。

「こなたは、権七が家庭教師を辞める日に酷い言葉をぶつけてしまった。それなのにあの日突然訪ねたこなたを権七は笑って迎えてくれた。こなたは、怖かった。権七に嫌われていると思って避けていた。だが、何一つ変わっていなかったのだ。そして……」

 あの日のことを謝る前に権七は死んでしまった。自分たちを守って。

 最期まで一度も有一郎を捨てたりはしなかった。

 その権七は、もういない。

 頭が理解すると、突然有一郎は目頭が熱くなり、咄嗟に顔を伏せた。

 見られたくないのだろう。

 声を押し殺して肩を震わせる有一郎を、おとは優しく抱きしめた。

「生きてください。権七様の分まで、生きて笑ってください。戦時中、権七様はいつも神棚に手を合わせていました。きっと、有一郎様の無事を祈っていたのだと思います」

 有一郎の頭を撫でると、そこで決壊したかの如く泣き崩れた。

 ずっと耐えていたのだろう。あたしを守るために、自分を殺して。


 ――お前あたしのせいで。だから彼らから離れるべきだ。


 内なる【モノ】が脳内で囁きかけてくる。

 泣き咽ぶ有一郎を抱きしめながら、おとは明日、ここを離れる決心を固めた。

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