第0話【急】土蜘蛛 ep.4

◇◇◆◆


「あつ……」

 岩をも融かす青い炎を見上げながら、シャロンがシャツの袖を捲る。

 うっすらと顔に玉の汗を浮かべる。

「穂村シャロン、投降しろ。お前に勝ち目はない」

 パチパチと体に電気を纏った豊史郎が言うと、シャロンは豊史郎の方を見てため息を吐いた。

「ふう。ホント面倒」

「ふん、もう一度先ほどと同じく攻撃してきてみろ。何度やっても同じだがな」

「ちっ」

 シャロンが咄嗟に豊史郎から距離を取ろうとして結界の壁に背中をぶつける。思わず舌打ちした刹那、豊史郎の正拳が迫る。

 シャロンが両腕から針を出して防御姿勢を取るが、豊史郎は正拳を止めて手を開き、針を掴んで電撃を叩きこむ。

 バリ、と青白い電気が鳴り、シャロンの身体に熱い電気が迸る。

「つぅっ!?」

 体を横に逃がすが、脚がうまく動かずにそのまま倒れこむ。

 先ほども豊史郎に刺突しようとした針を掴まれて電撃を浴びたが、今度の電撃は先ほどよりも強く、体の自由が奪われた。

 相性は一番最悪だろう。針による攻撃は距離が離れていても届くが、同時に相手の電撃も針を伝ってこちらに届いてしまう。

(攻撃も防御もままならない!)

 シャロンが痛みに目を細めながら豊史郎の拳を見つめる。

 迷いなくその拳は褐色の肌の頬を殴りつけ、シャロンは倒れこむ勢いが増して地面に打ち付けられる。

「あ!!」

 シャロンが悲鳴を上げる。

 考える余裕もなく豊史郎の蹴りが飛んでくる。当然電撃を纏ったその足はシャロンの腹に直撃し、ゴホゴホと嗚咽しながら転がされる。

「これが最終勧告だ。投降しろ、穂村シャロン」

「はは、冗談。私が負けるなんてさ」

 あり得ないでしょ、と呟いて痛みに震える体をゆっくりと起こす。

「……そうか」

 豊史郎が頷く。トドメを差すために身構えると、猛然とシャロンに向かって駆け出す。

 シャロンは口から血を吐くと、手の平に数個の赤いビー玉が現れていた。

 その玉を向かってくる豊史郎に対してデコピンして弾く。

「むっ!」

 赤いビー玉をかわした豊史郎は、ビー玉が突然弾けて袈裟に付いた赤い雫を見やる。


   「捕まえた」


 シャロンが不敵に笑い、立ち上がる。

 豊史郎は油断なく構えるが、袈裟に付いた雫から細い赤い糸が伸びているのを見つけた瞬間、引き寄せられる。

「くっ」

 豊史郎が急激に引き寄せられた袈裟を破り捨てようとしたが、それより速くシャロンの投げた赤いスピアが右肩を貫く。

「――ぅぅ」

 歯を食い縛りながら痛みを抑え、豊史郎は赤い糸が付いた袈裟をびりびりと力任せに破く。

 その部分の袈裟を捨て去るも、右肩を貫いたスピアがどろりと溶けたかと思えば、再び赤い糸が伸びている。

「まずい」

 後ろに逃げようとするが、糸が力強く豊史郎の体を引っ張り逃げられない。

 シャロンがスピアの二投目を投げてくるのを、豊史郎は体を捻らせて胸を掠らせるに留めさせる。

「逃がさない!」

 シャロンが三投目を振りかぶるが、豊史郎は一瞬の合間に踏み込み、左手でシャロンの右腕を掴む。

「――――ぬぅあああああああああ」

「くぅっ!」

 全力で電撃を浴びせる。

 シャロンは意識が飛びそうになりながらもスピアを豊史郎の左胸に突き刺す。

 左肺が潰されて黒い血潮が飛び散る。

 ぐぅ、と食い縛りながらも、電撃を更に増す。

 互いの血液が沸騰しそうなほど煮え滾る。

「うあああああああああああああ」

「ぬぅおおおおおおおおおおおお」

 二人の獣のような叫びが轟き、凄まじい電撃が白く発光した。


(絶対に、負けぬ!)


 左肺からの酸素供給は途絶え、息も絶え絶えだが、口からゴボっと黒い血を吐き出しながらすべての力を振り絞る。

 シャロンの体が力なく崩れ、白目を向いていることを確認した。

 豊史郎はシャロンの体をゆっくりと地面に寝そべらせると、流血が止まらない左胸を左手で抑えながら膝から崩れる。

「むう。まさか、相打ちとはな……面目ない……」

 無念そうに呟いた後、豊史郎は顔から地面に突っ伏した。


 三吉豊史郎と穂村シャロンの決着が着いた横で、大津兄弟は肩で息をしながら竜太を睨んでいた。

 当の竜太は隣の結界にいるシャロンを見つめて歯ぎしりする。

「……あのクソ坊主、ぶっコロす!!」

 大津兄弟には目もくれず、結界の壁に向かって拳をめり込ませる。

「チクショウ! 邪魔だなコレ」

「余裕のつもりかな?」

 そんな竜太の延髄を正志が後ろから蹴るが、それを物ともせず結界に向き合ってる。

「兄貴、いい加減準備できた?」

「うむ、あ奴の霊力に合わせて研ぎ終わった。ここから反撃しようぞ」

 薄らと黄色い光を放つ刀を構えて正寛が言う。

 大津家は元は陰陽師の家ではなく鍛冶を生業なりわいとしていた。

 その後偶然陰陽師としての力に目覚めた祖先が刀を霊力で研ぐようになると、陰陽師たちから刀剣の手入れについて依頼が殺到するようになり、陰陽寮御用達ごようたしとして有力な家に成り上がった。

 正寛はこちらに一瞥すらくれない竜太に向かって背後から斬りかかる。

 硬い鱗に覆われた竜太は背後に迫る気配に気づきながらも構わず結界を殴り続ける。

「貴様は手前たちを見誤ったぞ」

 刀は鱗を切り裂き、背中から袈裟斬りする。

「ぬあっ!?」

 刃の感触と熱い背中に驚き、竜太は目を見開く。

 自分の体が斬られることなど万に一つもあり得ない――その慢心が一気に崩れ去り、慌てふためく。

 そんな竜太に構わず正寛は胴を突き貫こうとする。

 竜太が咄嗟に刀から逃げたため、切っ先は右脇を浅く掠っただけだった。

「先刻までの余裕はどうした?」

 笑う正寛。

 竜太が忌々しげに歯ぎしりする。

「このクソどもがあ……」

「正志、行くぞ」

「ほいさー」

 正寛が振った刀の反りを正志が蹴ると、刀が加速して竜太に襲いかかる。

 回避しようとした竜太は刀の加速に追いつけず、見事に左肩から左脇までを深く斬られた。

「――がああッ!」

 右手で左肩を抑えながら倒れこむ竜太。

 正志がその顎をサッカーボールキックをして跳ね上げると、正寛はその首を横から斬り飛ばした。

「南無三」

 正寛は左手を合唱の形にして斬り飛ばした頭を見つめた。

 正志も敵討ちを見届けて目を瞑るが、次の瞬間に聞こえた悲鳴に目を開ける。

「何でだよ……兄貴!!」

 確かに斬り飛ばしたはずの竜太の頭はしっかりと胴体に付いており、正寛の足にその鋭い牙を突き立てていた。

 困惑する正志の目の前で正寛が倒れる。


 青い巨狼がその口を開いて襲いかかってくる。

 有礼が不敵に笑いながら周囲を見れば、シャロンが結界の壁まで追い詰められており、その反対側では大津兄弟の猛攻を歯牙にもかけず竜太が二人を殴り飛ばしていた。

「シャロンも竜太も頑張ってるぞ。桜雅もそろそろやる気を出せ」

 桜雅が頭を掻きながら渋々有礼の陰から姿を現し、迫り来る巨狼を見上げて白い岩を持ち上げる。

 複数の白い岩が連なり、大きな岩の棒で青い巨狼を頭上から打ち据える。

 怯んだ巨狼を横殴りにした後、桜雅は有一郎と辰次を見つめる。

「ぼくより強そうだなー」

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