第0話【急】土蜘蛛

第0話【急】土蜘蛛 ep.1

◆◆◆◆


 翌日の昼間、全員で昼食を食べようとしているときに土田家の屋敷に訪問者は現れた。

 召使いに連れられて居間にやってきたのは、少女が二人と中年男性だった。

 先頭を歩いていた尼さんの格好をした可愛らしい女の子が居間にいた五人に深々と頭を下げる。

「お昼時にすまんね。三吉家当主、三吉無明です。以後お見知りおきを。後ろののっぽが長男の三吉豊史郎、その隣のめんこいのが五女の野乃です」

 三十代半ばだろうか、豊史郎と呼ばれた男は体躯ががっしりとしており、修行僧のような法衣を身に纏っているが、鍛えられた筋肉が法衣と不釣り合いであった。対して野乃と呼ばれた少女は年相応の学生服を着ており、年の頃はおそらく十代半ばだろう。

「相変わらず年を取らんな、無明よ。とてもあと六、七年で還暦を迎える婆さんとは思えん」

「秋陽さんこそ相変わらず口が達者だな。あと四半世紀は元気そうで安心した」

 ははは、と和やかに笑い合う二人。だが、無明は格好こそ尼だが、傍目にはどう見ても学生にしか見えず、まるで祖父と孫が楽しそうに話しているようにしか見えない。

 一方で、野乃と呼ばれた少女がその横を通り過ぎて嬉しそうに辰次の横に駆けてきた。

「辰次さん、お久しぶりです。私、七月で十五になりました。だから、そのぅ……辰次さんにまだお相手がいないなら私をお嫁さんにしてください!」

 白いスイレンの形をした髪留めがついた、黒い髪を靡かせながら一生懸命に訴えかける。

 少し顔を赤らめながらも、野乃は真剣な眼差しで辰次を見つめる。

「ん、まあ俺は構わないが、お家的にはどうなんだ? 三吉家と言えば旧五老家だから前は遠慮したんだが……」

「それなら心配ありません!」

「そうだね。野乃から話は聞いたよ、辰次さん」

 無明がにこやかな笑顔を辰次に向ける。

「私の代までは確かにお家の事情もあったけど、私の子どもたちは自由にしてあげようと思ってね。かくいう私も旦那から『お前以外に考えられん』と言われて気が付いたら子どもが八人もいてね。幸せな家庭を築くには愛情が一番大事なのさ」

「辰次さんはダメ、でしょうか、私では……」

 少女がうるっとした目で不安そうに見つめるのを、辰次はため息を漏らしながら頭を掻いた。

「……俺はまだお前のことを妹弟子としか思えんし、お前のその気持ちも一過性のはしかみたいなもんだと思ってたんだ。だけど、お前の気持ちがそこまでなら、今はまだ婚約という形でだが、真剣に向き合っていこうとは思う」

 照れ臭そうに言う辰次に、野乃はぱあっと満面の笑みで頷く。

「はい、きっと辰次さんを幸せにして見せます!」

「そういうのは普通男の俺のセリフだろうが」

 二人のやり取りに周りは微笑ましそうに笑う。

 召使いが改めて三人の席も用意をし、一同は会食という形で昼食を仕切り直すことにした。

 それぞれの前にご飯と味噌汁、焼いたさんま、山菜のごま油炒め、芋の煮っころがしなどが並べられる。

 野乃やおとが嬉しそうに箸を進める傍ら、無明は自分の皿を有一郎や辰次に分け与えて自分は甚平に直近の情勢を共有していていた。

 秋陽はさんまを肴にして酒を呑みながら豊史郎の方を見た。

「野乃は辰次に会うために来たんだろうが、次期当主の豊史郎まで来たのは意外だったぞ。お前らが有礼を嘗めてるとも思えんしな」

「さればこそ、次期当主として陰陽師の使命を果たさねば、下の者に示しがつきませぬ」

「はっはっは、三吉よ、何百年経とうと変わらず義理堅い奴らよ。だが、安心しろ。有礼とは儂が一対一サシでやる。皆は他の宿陽士を抑えてくれればいい」

「ですが……」

 豊史郎は何か言いたげだったが、それを辰次が横から手で制した。

「俺たちが割って入っても邪魔なだけだよ。俺の師匠なんだ、力の差は誰よりもよく知ってる」

「――そう……か……」

 豊史郎は辰次の方を見た後、明らかに気落ちして肩を落とした。

 次期当主としての責任感からだろうことは火を見るよりも明らかだった。そんな豊史郎を無明は愛おしそうに頭から抱きかかえる。

「無茶することはないさ。あんたの実力は誰もが認めてる。ただ、これはそういう次元の話じゃないんだよ」

 ゆっくりと、諭すように言う無明に、豊史郎はそっぽを向いた。

「む、私とて重々承知しています。いつまでも子ども扱いは止めていただきたい、母上」

「いつまでも可愛い息子さ」

 にこにこと笑う無明にばつが悪そうな豊史郎は、その手を振りほどいて立ち上がると、「座禅してきます」とだけ言い残して客間の方に去っていった。


 昼食を済ますと、辰次は有一郎を誘って屋敷の庭に向かった。

 互いの実力を確認するためだ。

「まだ完璧じゃないが、ここまではできるようになったぜ」

 蛍の光くらいの粒が辰次を包み込む。少し揺らぎながらも全身が光っていた。

 それを見た有一郎が「おお」と感嘆する。

「こなたも負けてられぬな。鍛え直した式神術をお見せしよう」

 手袋をつけたかと思うと、屈みこんで手の平を地面につける。

「こなたの呪は丙丁のロ、出でよ紫舌犬」

 土が膨らみ、犬の形に膨らんでいく。色は茶色から紫色に変わり、小熊と見間違うほどの大きさの犬になった。

 辰次は目を見張った。かなり強くなっている、と。

「よし、来い!」

 辰次の雄叫びに反応して、紫色の犬が風を切って走り出す。数秒とかからずに辰次に突進したそれは、辰次の体を五メートルほど後ろに吹き飛ばした。

 慌てて有一郎が倒れている辰次に駆け寄る。

「油瀬! 大丈夫か?」

「……少し痛いが、まあ何とか大丈夫だ。これなら前線でも戦えそうだ」

「相変わらず凄い奴だ、そなたは。天賦の才なのだろうな」

 手を引いて辰次を助け起こしながら有一郎は笑った。辰次はその言葉に肩を竦める。

「強くなるしかないだろ。強くなって、今度こそ伊吹童子に勝ってみせる」

「そうだな。だがまずは明日の戦いだ」

「ああ」

 互いに頷く。その時、

『たのもおっ!!』

 玄関の方向から大声が聞こえた。

 声の主はおそらく大津兄弟だろう。

 二人はそう思いながら玄関の方に向かった。


 召使いが案内をして連れてきたのは、時代がかった紺色の着物を着て刀を腰に差している二人の男だった。

 一人は顔や腕、脚にいくつもの傷跡があり、長い髪の毛でまげを結っている武士風の男。

 もう一人は細身で少年のような幼顔ではあるが、切れ長の目が鋭く光っており、ただ者ではない雰囲気を纏っている。

「よく来たな、正寛、正志。待ってたぞ」

 居間で二人を迎えた秋陽が屈託ない笑顔で言うと、兄弟は揃って一礼する。

「秋陽殿、こたびは共に戦えることを嬉しく思いますぞ」

「兄貴は秋陽殿に憧れてるからね」

 いたずらっぽい笑みで言う正志を、正寛がぽかっと軽く小突く。

「目標であり、尊敬する先達じゃ。正志も少しは畏敬の念を覚えよ」

「はっはっは、そうかしこまらんでいい。儂もお前ら兄弟の強さには一目置いてる」

「恐縮です」

 深々と頭を下げる正寛。

 正志は我関せずと床に座り込み、召使いが出したお茶を啜る。

 正寛もゆっくりとした動作でその隣に座って正面の秋陽に少しだけ膝を近づける。

「ところで、宿陽士の連中は恐らく五人ほどの見込みと伺っておりまするが、もし知久間家の勘当息子がおりましたら手前がお相手仕りとうございます」

「ほう、旧知か?」

 秋陽が不思議そうに尋ねると、正寛はこくりと頷く。

「因縁深き仲にて。彼奴だけは必ず殺します」

「ふむ、そこまで言うなら任せよう」

「ご采配ありがたく」

 頭を下げる正寛。

 正志は苦虫を潰したような顔でその様子を見ていたが、居間の先の縁に座っている甚平と少女に目がいった。

 占星術の修行だろう。甚平の指先に集まっている小さな光を見ていた少女が、光の流れる先を目で追って振り返る。

 色白の肌と翡翠色の瞳がとても美しく綺麗だった。

「めさカワ」

 呆けたように言って、正志は突然立ち上がると、縁に進んでおとの細く小さい手を握った。

「俺、大津正志。君を俺の妻にしたい」

「え?」

 突然の告白におとは目を丸くして顔を紅潮させた。

 それと同時に、「待て!」と廊下から叫び、居間の襖をバンっと開けて有一郎が現れた。

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