第0話【破】宿穢 ep.4

◇◇◇


 有一郎たちが土田家に来て四日が経過していた。元々の才能もあり、有一郎は善戦とまではいかないまでも、秋陽のゲンコツを回避できる程度には体が動くようになっていた。

 おとも霊力を制御できるようになると、霊力でできていた脚や腹部の関節を体の内に閉じ込めることができるようになり、外見は少女のそれとまったく変わらなくなった。

 各自にそれぞれの修行の続きを行わせている間、甚平が書斎に秋陽を招いていた。

 書斎の机の向かいにある英国風のレザーチェアの手すりに秋陽は肘を突きながら険しい目を甚平に向けていた。

「辰次は、少々苦戦しそうだな」

「おじい様、護体術は才能ある陰陽師でも数年は修行に費やすもの。私だって六年かけてようやく形にはなってきましたが、それを戦闘で維持できるかというとそこはまだまだですから」

「あほ。甚平よ、才能のない儂の孫であるお前と違って辰次はドデカい才能の塊だぞ。それぐらい直ぐできてもらわんと困る」

「私はともかく、おじい様はある意味才能の塊では……」

「たまたま土田家の秘術と違う秘術を会得してしまっただけだ。才能じゃない」

 目を細めて、秋陽は銀色の顎髭をゆっくりとさする。若くして地獄を味わった日々、体の至る所にその傷跡が残っている。

 そんな秋陽の様子を見ながら甚平は一つ嘆息を吐いた。

「……奴らが既に近くまで来ております」

「む。ねずみを潰しながら近づいて来ておるからな。隠す気なぞ毛頭ないだろう」

 秋陽が苦笑する。甚平はそれに頷いて、手に持っている電報に目を落とす。

「おじい様に言われた通り、旧五老家である加茂家、日下部家、大津家、三吉家には伝達済で、加茂家と日下部家は今回の戦いに不参加です。大津家は当主に代わって大津正寛おおつまさひろ殿、大津正志おおつまさし殿兄弟が来ます。そして三吉家は三吉無明みよしむみょう女史、三吉豊史郎みよしほうしろう殿、三吉野乃みよしのの女史の御三方が来ます」

「陰陽師としてかなり高名な者ばかり、よくぞ戦う決断をしてくれたな。儂とて本気の有礼と戦うのは……ふふ、見よ甚平、半世紀ぶりに手が震えておるわ」

「武者震いですか?」

 甚平が冷や汗を垂らしながら秋陽を見る。秋陽は獰猛な笑みで頷く。

「血が沸いておる。陰陽師としての勘が言ってるな。明後日、かわいい孫と久方ぶりにじゃれ合えると!」

「頼もしい限りですね。少なくとも私程度ではあの化け物を直視することすらつらいことです。応援に来てくださる方たちも歴戦のつわものではありますが、あの化け物と比較するとどうしても人間という種の弱さを嘆いてしまいます」

「今回の戦い、どう転ぶか儂にもわからん。だから、これから儂が言うことをよく覚えておけ。宇部家と土田家の大事な話だ」

 真剣な面持ちの秋陽に、甚平は思わず姿勢を正した。

「よいか甚平。土田家は旧五老家に数えられる名家だ。血筋もはっきりしている。だが、明治維新の際に土田家は一度断絶しかけた。そこを宇部家に救われた。両家の親交はそこから始まった。だから我々土田家は宇部家に感謝こそあれど、疚しい気持ちなぞ何一つなかった。ある事件が起きるまではな」

「宇部家の一人娘であるかすみ様をあの事件で殺したのが、有礼様だったことが両家が断交をした理由と聞いておりますが……」

 おほん、と秋陽は一つ咳ばらいをしてから甚平から少し目を伏せてぼそりと普段にはない小さい声で呟き始める。

「……違う。宇部家の本筋には二人の娘がいたのだ。かすみは有礼のことをまるで兄のように慕っておったが、それと同時にあみという妹もおった。あみは養子縁組をして正一の娘、つまり有礼の義理の妹になったわけだが、今にして思えばそれが良くなかった。あみは有礼の狂信者で、有礼に尽くした。有礼のすることをすべて受け入れ、結果としてあみは妖になり、そして生まれたのがおとだ」

「――――待ってください。それでは、……それでは、なぜおと様は今まで権七殿が?」

「それが儂ら土田家の過ちだ。姉のかすみは有礼の妻だ、養子という書類上の兄妹に加え事実上も義理の兄妹となる。儂らは世間体を気にして生まれてきた娘のおとを鬼籍に入れ、当時陰陽寮を退く権七の実力と人柄を買って奴に預けた。だが、それがすべての始まりだった」

 ああ、と甚平は何となく今の事態が飲み込めてきた。そして有礼の立場も。

「かすみ様は政略結婚だったんですね」

「大人の思惑が絡んだことは否定せん。少なくともかすみは有礼といた時間を幸せそうにしておったし、息子の有一郎が生まれたときはわざわざ儂らに手紙まで送ってきたからな」

「ただ有礼はあみ様を選んだ、と」

「妹としてなのか女としてなのか、わからんがな……いや、わかろうとしなかった儂ら大人の怠慢が宇部家に悲劇を招いてしまった」

 甚平はふーっ、とため息を漏らした。化け物と思っていた男も、そうして事件の背景に何があったのか細かく聞けば人間くささというか、人情味が多少は湧いてくる。

 ――――本当に、腰が抜けるくらいに。


 秋陽はばつが悪そうにレザーチェアーから立ち上がって腕組みをしながら書斎を後にしようとする。

「これは報復なのでしょうか? おじい様」

 甚平の問いに、秋陽は振り向かずに数秒立ち止まって、しかしやがて扉を開けて書斎から出ていく。

「どうなんだろうな」

 捨て台詞のように一言だけ残して。

 残された甚平は一人天井を見上げて思いを馳せる。

 幼くして母も父も失った有一郎と、複雑な縁で繋がった腹違いの妹であるおと。

 ……偶然だろうか?

 そもそも権七の結界術は陰陽師の間でも右に出る者はいないほどに有名だ。おとを隠さなければいけないタイミングでそんな最適な人物が陰陽寮を引退するとなれば、当然おとを権七に預けようと思うことは誰の目にも明白だ。

「……有一郎殿はなぜ権七殿の元に向かったんだ?」

 明らかに何者かの意図が絡んでいる。

 そう思った甚平は慌てて書斎を出て、有一郎が鍛錬している屋敷の庭に向かった。

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