第0話【破】宿穢 ep.2

◇◆◆


 酒を呑み直した秋陽は真剣な顔で有一郎に向き直った。

「そもそも宿陽士が現れたのはいつからか明確な資料は陰陽寮にも残されておらん。奴らが暗躍し始めたのが家康公のおった江戸時代と推測されるが、確かではない。実際、陰陽寮は文禄の時代に京都で秀吉公を擁して全国の大名を裏から支配しようとしていたがそれに反抗する勢力がいたことを記録しておる」

「それが宿陽士だと」

 秋陽が首肯する。

「元々宿陽士というのは鬼の血肉を食らった陰陽師が起源であり、もしやすれば平安の時代からおったのかもしれんが……奴らが明確な目的を露わにして活動し始めたのがその時期なのだろう」

 ちびり、と酒を一口含んで息を整える。

「陰陽師が妖を体内に取り込む方法は二つある。一つはある陰陽術を用いて体に妖を宿す方法。もう一つは【妖と陰陽師が交わった結果】宿陽士を生むことだ」

「それ、は……つまり……」

「有礼も宿陽士であり、そして宿穢とは妖の王でありながら混血の王ともされておる。陰陽寮は、有礼が次の宿穢になると考え、奴の討伐を決断したが、結果十八人の陰陽師と十七人の一般人の命が奪われた。恐らく、宿陽士を今統括しているのは有礼だ」

 七年前、陰陽寮が選りすぐりの陰陽師による討伐隊を派遣したが、ことごとくが車に潰されたカエルのように圧死した事件。犯人の有礼は陰陽寮から追放され、同時に有一郎が宇部家の家督を継ぐことになった事件だ。

 有一郎の脳裏に、腕や首がひしゃげて変な方向に曲がった母親だったもの・・・・・・・と、それを冷たく見下ろす有礼の姿がよぎる。

(あの瞬間、あの眼を見た瞬間にこなたはあの男を殺さなければならぬと確信したが、改めてあの時の話を聞くと……)

 背筋が凍る。認めたくはないが、まがりなりにも自分の父親である。あの当時からミステリアスで掴みようのない男ではあったが、それでもこの国を滅ぼすことを目論むような、そんな大それた男には到底思えないからだ。

「有一郎、宇部家の家長として有礼を討て。それがお前の宿命であり連れている宿陽士を救うことにもなる」

「必ずや」

 深々と頭を下げて拝命する。秋陽はそれに満足そうに頷いた。

「敵は強大だからな。……そうだ、儂が稽古をつけてやろう」

 有一郎は秋陽の申し出に面喰いながらも、秋陽の訓練を受けることにした。



 翌朝、屋敷の庭で辰次、有一郎、おとの三人が集められた。

 秋陽はおとを見て少し驚いた様子はあったが、「権七は残念だったろうが、お前が無事だったなら多少は浮かばれるだろう」とだけ言ってそれ以上は何も言わなかった。

 おとは不思議に思いながらも今はその言葉を受け止めて、はいとだけ返事をした。

「――さて。陰陽師における陰陽術は主に五つの修行に分かれる。二人は今更だと思うが、おとは初めてだからな、順を追って説明しよう。まず基礎にして霊力を高めるため一生続ける修行が占星術だ。霊力は自然界の力を形作るために使うので、儂らは風や水、火をはじめとした星全体の流れを掌握せねばならん」

「次に習う式神術の大前提だからな」

 辰次が言うと、秋陽もそれに頷く。

「そうだ。占星術、式神術、結界術、護体術、そして各派閥における秘術、これら五大術の中で占星術が占める割合はとても大きい。故におとにはまず占星術の修行に入ってもらう。甚平が書斎で修行の準備をしているのでそこに行ってくれ」

「はい、わかりました」

 頷いて、おとが屋敷の書斎に向かう。

 それを見送ると、秋陽は有一郎と辰次に振り向いた。

「お前たち二人は元々の才能も含めて霊力は十分にある。問題は使い方だ。まず有一郎、お前は陰陽師の中でも五指に入るほど霊力が高い。そのお陰で普通は不可能な式神の同時召喚を可能としているが、組み合わせと使う場面選びを鍛えればもっと戦闘向きになるだろう。まあ、宇部家は本来運営寄りの家だからな、戦闘の訓練なぞ日頃はしておらんだろう……だが今は鉄火場だからそうも言ってられん」

「有一郎が式神術で後方支援なら俺が前衛か」

「辰次、お前の式神術はそれ以上鍛えようがないからな。こと式神術に限れば陰陽師の中でお前に勝てる奴はおらん。だが、お前がまったく手をつけていない護体術と油瀬家伝来の秘術は別だ」

「そう言えばこなたは油瀬の秘術を見たことがないが……」

「あー……、油瀬家の秘術は俺にあまり向いてないんだ。イタコに近い技で、死霊を召喚できるんだが、これが厄介でさ。死後の世界ってのは基本的に何も見えない真っ暗闇で、そっから何が出てくるかまったくわからん」

「……それはつまり、自身で何を召喚するかは選べないと?」

「そうだ」

 あっけらかんと言うが、有一郎は開いた口が塞がらない。

「何が出てくるかわからんから戦略に組み込めないし、そもそも俺に制御できる奴が来ればいいがそうとも限らない。よっぽどのばくち打ちじゃなきゃこんな秘術を好き好んで使わないだろうな」

 なぜそんな術を……、と有一郎は考えるが、秋陽は楽しそうに笑う。

「はっはっはっ、運が良ければ儂より強い死霊が出るやもしれんし、そう捨てたもんでもないだろ。だが、まずは護体術だな。護体術の完成形は霊力の服を纏うこと。若者たちに老骨の技を少し見せてやろう」

 秋陽が右手の拳を構えて足をオープンスタンスで広げる。蛍の光と錯覚するような白い光が右手から右肩までを包み込み、やがてそれが白い炎となって燃え盛るように煌めく。

「儂の場合は全霊力を右腕に集めて敵をゲンコツ一発で仕留める。術者によっては体全体を薄く覆って防御に徹したり、あるいは足に集めて移動速度を高めたり、自分の流派・流儀に適した運用を心がければよい」

「俺は基本的に式神で移動するし、攻撃は刀を使うしな。体全体を覆って防御を強化した方がよさそうだ」

「よし、じゃあこれで決まったな。辰次は水被り修練で霊力の流れを把握し、それを体全体に満遍なく行き渡らせる修行を、有一郎は儂と実践に近い形で式神術の修行をしていこう」

「「はい!」」

 二人が勢いよく返事をした。

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