第3話 一歩踏み出す勇気
***
朝、起きるとやはり両親は帰宅していないようだった。2人とも仕事が忙しいと言い訳ばかりするが、そうではないことを私は知っている。
二人はそれぞれに家庭の外に恋人がいて、お互いの恋愛を楽しんでいる。私の事なんか見ていないし、それぞれ楽しそうに過ごしている。私のことなんか気にも留めていない。二人は薔薇色の逢瀬楽しんでいるのだ。
私は家庭にも恵まれていない子供なのだ。
*
今日から新学期。
新しい学年が始まり、新しいクラスが始まる。仲の良いメンバーで同じクラスになったら薔薇色の1年が始まるのだろう。そして新しいクラスメートと新しい人間関係が構築されていく日々が始まるのだ。楽しい1年の始まりだ。
――私には関係がないが。
春なのにどんよりと曇っている空の下をいつも通りに私は登校した。よく今まで登校できたものだと我ながら感心すらした。
いつもは辛い登校時間だが、『勇気』をもったせいか、開き直ったせいか、今朝はそれほど辛くなかった。
――『生き地獄』だったと思う。
新しいクラスの教室に入らず、そのまま校舎の屋上まで階段を上った。屋上への施錠はない。鉄製の重い扉をくぐった。簡単に誰でも入れることを私は知っている。
なぜなら私はこの場所でクラスの女子達から日常的に暴行を受けていたから。
このコンクリ―トの上で、倒れこんだ私は何度も蹴られた。屈辱的なこともされた。そして肉体的な暴行だけではなく万引きなども強要され、その動画も撮られた。金銭の要求も頻繁に受けた。
ゆっくりと辺りを見渡し、胸を撫でおろす。
やはり、屋上には誰もいなかった。今は始業前だからだろう。
あれほど恐ろしかった場所だったが、今は普通の屋上だ。
全方位に金網が張り巡らしてあるコンクリートがむき出しの空間だ。
――『生き地獄』から抜け出す手段はただ一つしかない。
昨日、新学年のクラス編成の発表があった。
新しいクラス名簿が発表されたのだ。それを見て私は目の前が真っ暗になった。絶望したのだ。
私を特にいじめている女子メンバーのほとんどと再び同じクラスだったからだ。去年よりも過激になると予想できた。
――『生き地獄』から抜け出す手段はもう一つしかない。
『勇気を持つことはできませんか? 一歩前に進みましょう。あなた自身が行動するのです。必ず周りも変わってきます。そうすれば新しい世界が広がるのではないでしょうか』
このメッセージを昨夜に貰った時に、自分で決着をつけようと心に決めた。教師には信じてもらえないし親は存在しないも同然だから。
相談員の人がくれたメッセージとは明らかに正反対の行動をとることにしてしまった。彼らは私が『こういう』行動をすることを望んでいないはず。
だから迷惑をかけてはいけないのでチャットの履歴は消しておくことにした。
私は金網にゆっくり登り、その向こう側に体を慎重に移動させた。
眼下に広がるのは運動場。遮るものはなのもない。
一歩前に踏み出せば体は自然の流れで墜落する。そして新しい世界に行ける。
『一歩踏み出す勇気』を持って、私は一歩前に進んだ。
了
一歩踏み出す『勇気』 山野小雪 @touri2005
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