第10話 みんな一緒にお風呂タイム
それからみんなと入れ替わる形で僕も部屋に戻り、無難な黒い水着に着替えて再び浴場へ。そこではみんなが学校指定という紺色のいわゆるスクール水着姿で待っていた。
「ふふ、こういうのも新鮮で楽しいね」
と、ウキウキな様子で僕の背中を洗い直してくれるメモリさん。
そんなメモリさんの背中を「なんかウケル!」とメアさんが愉快そうに洗い、メアさんの背中を「そうだね」とリリムさんが笑いながら洗い、リリムさんの背中を「最大効率です」とユイさんが真面目な顔で洗い、ユイさんの背中を「なんでこうなるわけ……?」とシアさんが戸惑った様子で洗う。全員で円を作るような体勢だ。
つまり僕の目の前には……シアさんの背中がある!
なんだかボディタオルを掴む手が緊張し始めた。ていうか背中を洗うといっても水着を洗うみたいな感じになるのでは……と戸惑いつつ、シアさんの背中に触れた。
「ひゃんっ!」
とシアさんが短い声を上げて背中をピンと伸ばす。そしてこちらに振り返った。
「ちょ、ちょっとあなた! そんなフェザータッチしないでよくすぐったい!」
「ご、ごめんなさい! どのくらい力入れていいのかわからなくてっ!」
「フツーよフツー! もう、ホントなんでこうなるのかしら……」
普通ってなんだろうナニモワカラナイ!
もはや日本語の難しさに苦難しつつ再びおそるおそるシアさんの背中へ手を伸ばし、フェザータッチになりすぎないよう軽く力を込めて洗い始める。今度は何の声も上がらなかったのでホッとした。
そもそも水着の面積が多くて直接肌に触れるわけじゃないから、多少は気が楽だったけれども、それでも手を動かすたびにシアさんの反応が気になってまったく集中できない。当たり前だけど女の子の体を洗うなんて初めてだし……ホントなんでこうなるの!?
──そんな
「ほあ……」
肩まで浸かると、思わずそんな声がこぼれた。
少し熱めのお湯は芯からじわ~と体を温め、ほぐしてくれているような感じがしてとても気持ちがいい。春先でもこうなんだから、冬に入ったらもう最高なんだろうな。
「ふふ。ソータ先生、気持ちよさそうですね。気に入ってもらえましたか?」
「うん……あらためて温泉があるなんてすごいね。みんな毎日入ってるんだよね?」
するとシアさんが、肩にお湯を掛けながら満足げに話す。
「もう当たり前だからありがたみも薄れちゃったけど、そうね。スポーツの後には欠かせないし、おかげで長年筋肉痛知らずよ」
「めっちゃ広くてサイコーだよね! 寮一番の自慢じゃないかなー? ウチ一人のときはよく歌っちゃうんだよねぇ~」
「リリム、お風呂でメアちゃんのお歌聴くの好きなの」
「新進気鋭のアイドル『Purely's』のデビュー曲をリクエストします」
「リーちゃんユーちゃん嬉しいこと言うね~! そんじゃリクエストにお応えして、一曲歌っちゃおかなっ!」
なんて流れで、メアさんが有名なアイドルグループの歌を歌い始めてくれた。その上手さにびっくりする僕。室内で声が響くせいもあったかもしれないけど、よく伸びる綺麗な歌声と愛嬌にちょっと感動してしまった。
一曲終わりに自然と拍手が出てくる。それはみんなも同じだった。
「すごいねメアさん! すごく上手で、プロの歌手みたいだったよ!」
「えーちょっとせんせ褒めすぎじゃん? 照れちゃうじゃんもー♪ この褒め上手! えいえいっ」
テレテレしながら僕のそばに近寄ってきて、肘でちょんちょんしてくるメアさん。
メアさんのおかげで空気感が良い感じに安らぎ、話がしやすくなったところでシアさんが切り出した。
「ねぇ。ところであなた、東京で大学生してたんでしょ? どうして急にこんな島へバイトしに来たのよ」
「あ、それウチも知りたかった! せんせなんでなんでっ?」
「お兄ちゃん、何か事情があるの?」
「普通の大学生は離島でのリゾートバイトはなかなか選択しづらいものでしょうし、やはり気になりますね」
みんなが僕に興味を持ってくれたみたいで、ちょっと嬉しいような恥ずかしいような気持ちで話す。
「んーと、大した事情じゃないんだ。在学中にたまたま小説家デビューできたんだけど、一冊だけで担当さんとの縁が切れちゃって。もう小説のことは忘れて勉強に集中して、就職して……って思ったんだけど、諦めがつかなくて。かといって、これが書きたいんだってものもなくって」
「ソータ先生……それで休学されたんですね」
「うん。どっちも中途半端になりそうだったから。でも何もしないでいるわけにもいかないからバイトを探してたんだけど、そのとき親戚のローラ叔母さんから管理人の話をもらったんだ」
簡単に事情を説明し終えると、みんなはそれぞれ納得してくれたようだった。
「ふぅん、そういうことだったの。ま、ローラさんが選んだ人だからある程度信用はできたけど。それにしても小説家なんてすごいじゃない」
「うんうんびっくりしたよ! ホントにせんせーじゃんすごーい! あ、もしかして島の図書館にもせんせの本って置いてあるかなっ?」
「お兄ちゃんの本、読んでみたいの」
「本は人生の友と言います。素晴らしいご職業だと思います」
「みんなありがとう。でもせっかくここに来た以上は、まず管理人として頑張りたいなって思ってるんだ。なんとなくだけど、この島での経験が良い本を書く糧になってくれるような気がしてて」
素直にそう話すと、みんなはなんだか嬉しそうに笑ってくれた。
シアさんが「ハァ」とわかりやすく息をついて言う。
「仕事を頑張るなんて、そんなの当たり前でしょ? 管理人って大変なんだから、責任と覚悟は持っておきなさいよね」
「う、うん。そうだよね。このお風呂の掃除だって管理人の仕事だろうし、みんなを支えられるように頑張るよ!」
「せんせ、気持ちは嬉しいけどヘーキだよっ。掃除は寮生みんなでやってるからさ! もちおフロもね! てか一人でなんて広すぎてムリだって~!」
「え? そうなの? それじゃあ料理……とか?」
「お料理もみんなでやってるんだよ、お兄ちゃん」
「メモリ先輩が得意ですから。私も日々手伝いで勉強させてもらっています」
「そうなんだ? ……えっと、それじゃあ管理人って何をするの?」
そんな僕のつぶやきに一転──今度はみんな、ちょっと困ったような顔になった。
なんだか妙にそわそわとした空気感である。メモリさんでさえ落ち着かない感じだった。
僕が呆然としていると、シアさんが「コホンッ」と咳払いをする。
「ま、まぁ詳しいことはそのうちわかるでしょ! それよりメモリ、露天風呂の方も案内してあげたら? あっちはそんなに広くないし、みんなではいけないでしょ」
「そうだねシアちゃん。ソータ先生、是非露天風呂も見ていってください」
「あ、うんっ。ありがとう」
メモリさんに続く形で浴槽を上がり、手を振るみんなに応えてから奥の方の扉へ。
「どうぞ、ソータ先生」
メモリさんがドアを開けると、外の涼しい空気がふわっと顔に当たる。
そして外に出れば、そこには立派な檜造りの露天風呂が設置されていた。無色透明なお湯は、湯口から新鮮なものが掛け流しとなっている。確かに内湯と比べるとこじんまりとはしてるけど、風情があってすごく良い感じだ。
「ソータ先生。どうでしょう、見えますか?」
「え? あ──」
メモリさんが指さす方──それは魅花島の夜空。
眩しいくらい大きく輝いて見える満月と、そしてたくさんの星々が煌めいていた。
「うわ…………すごい……こんなの見たことないや…………」
東京で見る星空とはまるで違う。
解像度がぐっと高まったように鮮明に輝く月と星々は、まるで散りばめた宝石みたいだった。いろんな色が混ざり合って輝いて、本当の夜空はこんな色をしていたんだと初めて知った。
「ふふ、これも魅花島の自慢の一つなんです。あちらも見えますか?」
メモリさんの指先を追って視線を下げると、夜闇にうっすらと山のシルエットが見えた。
「あれって、魅花島の中心にあった火山?」
「はい。明るいうちだとハッキリ見えて迫力がありますよ。なので、休日なんかはお昼のうちから入りにくる子も多いんです。メアちゃんはよく歌いながら眺めていますね」
「あはは、そうなんだ。それは気持ちよさそうだね」
「これからも、ソータ先生も遠慮なくきてくださいね♪ さぁ、温まってください」
「うん、ありがとうメモリさん」
見たところ、露天風呂は三人も入ればいっぱいという感じだ。だからこそみんな僕を気遣ってくれたんだろう。
みんなに感謝しながら入ろうとしたところで、メモリさんが言う。
「あ、ソータ先生。浴槽の縁には気を付けてくださいね。温泉の成分で滑りやすくなって──」
「え──?」
その話を聞いたとき、まさにその縁を踏んでしまっていた僕。ぬるっと足先が滑ってしまい、身体が浴槽の方へ傾いた。
「先生っ!」
そんな僕の片腕を、メモリさんが抱きしめるように掴んでくれた。でも完全に傾いていた僕の体重は支えきれなかったみたいで、そのままメモリさんごと──
「うわあっ!?」
湯船にドボンッと落下する。自分のことはともかく一緒に落ちてしまったメモリさんのことが気がかりだった。僕のせいで彼女に怪我でもさせちゃったら!
そう考えていたとき、唇に柔らかな感触があった。
ぶくぶくと沈んだ湯船の中で思わず目を開ける。無色透明なお湯のおかげで、僕は現状をすぐに理解出来た。
目の前に、彼女の顔。
メモリさんと僕の──唇が触れ合っていた。
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